第116回 ブドワールの密かな楽しみ
ランジェリーは単なるインナーウェアではない。
ランジェリーは、リアルな現実をファンタジーに変えてくれる魔法の道具である。
誰かに見せるためではなく、自分のために装う究極のファッション、それがランジェリー。
20代の頃、ガーターベルトに凝っていた。
いまでは余程の趣味の人でない限り、ガーターベルトを使ってストッキングを履くことはないだろう。現在ストッキングと呼ばれているのは、所謂パンスト、正式名称パンティストッキングであり、ストッキングにパンティの部分が一体化しているものである。
パンストが普及したのは、マリー・クワントのミニスカートが大流行した1969年頃からと言われている。それ以前のストッキングは、後ろ中央に縫い目があるセンターシームの、左右別々に分かれているものであった。スパンデックスなどの弾力のある素材が入ったものが出たのは1980年代前半なので、それより前のストッキングは伸びないし止まらない。そこでガーターベルトの出番なのである。
そもそもストッキングとは、中世ヨーロッパの聖職者が履いていた編物製の靴下のことであった。それまで靴下というと織物製しかなかったので、編物の靴下はフィット感が抜群でさぞ履き心地が良かったことだろう。17世紀に英国のエリザベス1世がシルクのストッキングを履いた時、今後はもうこれしか履きたくないと言ったといわれているほどだ。
もちろんシルクのストッキングは超高級品であるので、普通のストッキングはコットンかウールで編まれていた。それでもそれなりに高価であったに違いないストッキングは、破れたり穴が開いたりした場合はきちんと縫って修復して使われた。
昔のストッキングは大腿辺りまでの長さ(今で言うところのニーハイ)で、またゴムが入っていないためそのままだとずり落ちてしまうのため、ガーターと呼ばれる靴下留めで吊って使用していた。ガーターは、コルセットが一般的だった時代にはそれに付属していることが多かったが、コルセットが廃れると独立したガーターベルトとして使われることになった。
パンストが一般的となったいま、ガーターベルトは実用品としての存在感を失った代わりに、ランジェリーとして愛され続けている。
ガーターベルトでストッキングを吊ったことがある人はおわかりだろうが、前後合わせて4箇所で薄いストッキングを留め具に挟み込むのにはコツと慣れがいる。それでもその面倒くささも含めて、ガーターベルトでストッキングを”装着”するのは、20代の私にとっては戦闘準備のようで気持ちが引き締まったものだ。
その20代初めの頃、アルバイト先の更衣室で年上の社員の女性が、真っ赤なペチコートを履いているのを見て、目からウロコの思いをしたことがある。上に着ているのが一見地味なカジュアルであろうがお堅いフォーマルであろうが、真っ赤なランジェリーを下に着ていて悪いことがあるわけがない。お気に入りの美しいランジェリーを着ているというだけで、なにか根拠のない自信が湧き出るように思うのは私だけだろうか。
シュミーズやスリップそしてキャミソールやペチコートも、単なる下着ではなく、繊細なレースやリボンがついたお洒落なアイテムを、密かに服の下に仕込んでおく。もちろんゴージャスなブラやショーツでもいい。必要不可欠なアイテムだけを身につけるでなく、過剰と思われる程いろいろ着込んでみよう。そういえばこの連載の第7回「少女服という概念」で言及したワンダフルワールドというブランドの場合、ペチコート3枚重ねなどは普通であった。実用一点張りを横に置いておいて贅沢をするのもいいではないか。
ランジェリーは服の上に重ねて着こなすこともできる。一見難易度が高そうだが、意外とガーリーになるのでお勧めだ。そういったファッションには、セクシーでもエロティックでもなくコケティッシュという形容を捧げたい。
ランジェリーは下に着ても上に着ても、少女にとって立派な装甲になる。
明日はクリスマスイヴ。
誰かのためではなく自分のための、とっておきのランジェリーを着て過ごそう。
登場したランジェリー:ガーターベルト
→よくカタログなどでは、ガーターのベルトをショーツの上に垂らした写真が載っているが、実際はショーツの下にベルトを通さないとトイレに行く際に大変なことになるのでご注意を。
今回のBGM:「Pillow Talk」by 佐藤奈々子
→この人の声ほど、コケティッシュという言葉が似合う人はいないのではないか。「コインランドリー」と「ブラック・ペッパー・ジェラシー」は絶品。