304回 のどごしさわやか、くちあたりなめらか


つるつる、もちもち、サクサク、カリカリ。
どんな食べ物でも、味のみならずその食感が美味しさに関与していることは間違いない。
我が家はガスレンジでご飯を炊いている。専用のお釜に米と水を入れてセッティングすると、プログラムされた温度管理で最適に炊き上げてくれるのだ。先日のこと、理由は不明だが不具合があったらしく、さて茶碗によそおうとしたら炊けていない。仕方がないのでもう一度セットしてなんとか食べられる状態になったが、本来もっちりふっくらしているはずのご飯が、ベタベタしていて美味しくない。
お米自体はアルファ化しているので、成分としては同じはずなのだ。味は確かに普通のご飯である。しかし食感が全く違う。それだけで、いやそれだからこそ、美味しさが半減どころか殆ど感じられない。お粥ならお粥の食感があるが、粥でもなく飯でもない中途半端な食感が、どうしようもなく不味く感じられて、食欲をそそらない。
食感は大事とあらためて感じさせられた出来事であった。

では食感とはなにか。
食感とは、食物を口の中に入れたときに口腔粘膜・舌・歯・喉で感じる感覚のことを言う。味覚が化学的な味なら、食感は物理的な味と言えよう。具体的には、舌ざわり、歯ざわり、歯ごたえ、喉ごしと表現されるような感覚を指す。
食感のセンサーには2種類ある。ひとつは口腔粘膜と舌で、なめらか・ざらついたといった表面の状態や、粒状・筋状などの形状、パサついた・しっとりという湿り気を感知し、口あたり、舌ざわり、喉ごしに関係する。
もう一つのセンサーは歯に存在する。歯を支える歯槽骨と、歯の根元との間に存在する歯根膜という繊維が重要な役割を果たしているのだ。歯根膜の厚さは0.2mm前後とごく薄く、歯槽骨に歯を固定する役割のほかに、歯にかかる圧力を吸収するクッションの役割を担っている。そしてそれだけでなく、硬さや軟らかさ、ベタベタやサラサラといった粘度、くっつきやすいという粘着性などの情報を受け取り、歯ごたえや歯ざわりといった食感を伝えるという大事は役割がある。
歯が抜けてしまうと歯根膜も一緒に剥がれ落ちるため、上記のような情報が得られなくなる。義歯だと噛むことはできるが美味しくないというのは、このような理由によるのだ。
いつまでも美味しく食事を摂るために、自歯は大事にしなければならないと痛感する。

職業柄、入院している患者さんたちの食形態を栄養士と検討する機会が多い。
嚥下機能が低下している患者さんも多く、常食や普通食と呼ばれるような通常の形態では飲み込めない場合、どうしても食下げをせざるを得ない。だいたいどこの病院や施設でも、普通食(常食)が食べにくいなら軟菜食、粥刻み食、それが駄目ならミキサー食やペースト食、ゼリー食と下げていく。
粥刻み食ならまだ元の食感が残っていたり料理によって違いもあるが、ミキサーやペーストになるともういってみればドロドロなので食感の違いも何もありはしない。嚥下機能の評価からすればそれらを選ぶのが妥当だとしても、食べる楽しみがかなり落ちてしまうことは否めない。いくら味覚は保持されているとしても、全部同じ食感では食欲も出ないだろう。
視覚的な面では、近年ソフト食などといって、食材や料理の形状を保ちながら噛まずに食べられるような食形態も普及してきた。ソフト食は、軟菜食をペースト状にしたものにとろみ剤を加えて形を整えたものである。一見普通の料理のように見えるが、口に入れればたとえ歯が無くても、歯茎や舌や上顎ですりつぶせて飲み込めるようにできている。
食感もできるだけ再現できるように工夫されているソフト食もあるようだが、歯が無かったり嚥下機能が顕著に低下していれば、誤嚥しないようにという安全面がどうしても優先されるので、食感は犠牲にせざるを得ない。
食感を楽しめるのは、健康であるからこそということを噛み締めたい。

食感は食品業界ではテクスチャーと呼ばれているそうだ。テクスチャーというのは表面の質感のことだと思っていたが、こういう使い方もするのか。
液体より固形の食品では特に、食感が嗜好性を決定付けることが多いと考えられている。食材の粘度や弾性・凝集性・粘着性、水分や脂肪分の含有量によって食感は左右されるが、この物質の粘弾性を研究する学問をレオロジーという。「クリープメータ2軸物性試験システム」といった測定機器を使って食感を数値化し、食品の開発に利用しているそうだ。
食品添加物の中には、テクスチャー改良素材として使われているものも多い。でんぷんもそのひとつだ。近年はハイドロコロイドを用いたテクスチャーの改良も盛んで、今や加工食品の殆ど全てに用いられていると言ってもいいだろう。食品に使われるハイドロコロイドの多くは天然物由来である。カラギナンは海藻、ヴァーガムは植物の種子、ペクチンは柑橘や林檎の皮、キサンタンガムは発酵微生物、キトサンは甲殻類の甲羅から作られている。
単に食感を良くするだけでなく、嚥下機能が低下した人の介護食のために、こういった素材を使ってテクスチャーデザインが行われているのだ。

日本語には食感を表す言葉が多い。
なんと445語もあるというから、驚きだ。他の言語ではせいぜい100~200語程度だというから、極端に多い。そしてそのうちの70%が、擬態語と擬音語である。確かに日本語にはオノマトペが異常に多いが、それが食感の表現にも良く現れているということだろう。
その中でも特に、粘り気や弾力性を表現する言葉が多いとのこと。粘性は「ねばねば」「ねっとり」「にちゃにちゃ」、弾性は「ぷりぷり」「ぷりんぷりん」「ぷるぷる」といったところか。「ぷにぷに」という言葉は昔はなかったが、「ぷるぷる」 の弾力に 「に」 の字が表す付着のイメー ジが加わってできたと言われている。
もとより日本食には、納豆、とろろ、こんにゃく、かまぼこといった、粘り気と弾力性がある食品が多く、このような食感を好む国民性があると考えられる。グミが日本で脅威的な進化を遂げたのも、さもありなん。
このところはご飯でもパンでも、麺類にも菓子にさえも、「もちもち」が美味しさを表す褒め言葉として使われている。粘り気と弾力性を兼ね備えた食品、日本人好きすぎだろう。

米はあまり「もちもち」よりもさっぱりしたササニシキ系が好きだったのだが、最近見かけない。パンも「もちもち」とした軟らかく粘り気のあるものよりも、ドイツ系のがっしりと硬いライ麦パンが好きだ。大好きな人が多い芋・豆・南瓜の「ほくほく」した食感は苦手である。
「つるつる」の麺類や「サクサク」したクッキー、「ぷにぷに」のマシュマロは大好物。「ねばねば」はだいたい大丈夫だが、納豆はそう好きではない。「パリパリ」のポテトチップスがしけて「しなしな」になったら当然美味しくない。
食感、奥が深い。


登場した食品:グミ
→1920年にドイツで設立された菓子メーカー「HARIBO」。創設者のハンス・リーゲルは、子供達の噛む力を高めようとして、1922年にクマの形をした硬いフルーツグミを開発した。「グミ」という名前は、ドイツ語の「Gummi」に由来し「ゴム」を意味する。そのゴムのような独特の食感から「Gummi」と名付けられたが、ここでの「ゴム」は、ゼラチンが普及する前は増粘剤として使用されていたアラビアガムというアカシアの木の樹脂を指す。日本では1979年に「明治製菓(現・株式会社明治)の開発担当者が視察に訪れたヨーロッパでグミと出会い、1980年に「コーラアップ」という国産初のグミを発売、大人気となった。粘弾性のあるグミは日本人大好きなので、その後はもう味や食感を進化させて多種多様のグミが登場し、2021年には国内市場規模がとうとうガムを抜いた。いまやコンビニでは菓子売り場の半分近くをグミが占めている。私が好きなのは「果汁グミ もも」。
今回のBGM:「HARIBO macht Kinder froh und Erwachsene ebenso」
→1962年から続くHARIBOのTVCM曲。ドイツ国歌よりも国民に知られているというメロディーだそうだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?