170回 レスキュー119
救急車には6回乗ったことがある。
2回は医者になりたての頃、救急センターで研修をしていた時に指導医と共にドクターカーに乗った時。2回は患者さんの搬送に同乗した時。そしてもう2回は母親と義父をそれぞれ救急搬送した時である。
ありがたいことに自分が搬送されたことはない。
理由はどうあれ救急車に乗ったことがある人の割合はどれくらいだろう。
一度はやってみたい救急車走行、などと無責任なことを言う人がいるが、救急車で赤信号の交差点を突っ切るのは、かなり危険なことなのだ。サイレンを鳴らしてスピーカでアナウンスしているとはいえ、聞こえていなかったり指示に従わないクルマもいる。
本当は救急車のサイレンが聞こえたら、速度を緩めるなりいったん路肩に停止するなりしなければならないのだが、そんなことは知っちゃいないというクルマも多く、交差点でも進行方向は青だからと平気で突っ込んでくることもあるので、救急車だからといって赤信号を突っ走るというわけにはいかない。
恐る恐る交差点に進入するというのが実際だ。
乗った人はおわかりになると思うが、救急車はかなり揺れる。
ドクターカーでは搬送する患者さんの処置をしなければならない。処置というのは概ね下を向いてするものである。揺れる車内でずっと下を向いていると例外なく酔う。
もちろん救急隊の方々は慣れているので酔ったりはしないが、たまにしか乗る機会がない指導医と私は、病院に帰るまでの間にすっかりクルマに酔って気持ちが悪くなってしまった。
到着した時、処置を施されて元気を取り戻した患者さんよりも、青白い顔でよろよろと降り立ったのがドクター2人だったのは言うまでもない。情けない話だが。
救急車を呼ぶ時は119番に電話する、というのは誰もが知っているだろうが、つながった際にどうなるかは、かけたことのない人は意外と知らないのではないか。
119番というのは緊急通報用電話番号という特殊な番号で、地方自治体の消防本部につながるようになっている。電話料金も救急車の利用料も無料という日本の方が特殊で、世界各国利用料は殆どが有料であることは覚えておいた方がいい。基本料金に走行距離に応じた金額が加算されることが多いというのだから、タクシー並みである。
119番につながるとまず「火事ですか?救急ですか?」と尋ねられる。結構これで混乱してしまうことがあるようだが、「救急です」と答えよう。そうすると「では救急につなぎます」と答えて救急隊に変わる。それから状況や住所など細かい話をすればいい。
固定電話からなら場所も向こうで探知できるが、今はモバイルが殆どなので住所もしっかり言わなければならない。
慌てるなという方が無理な状況だと思うが、慌てずしっかり伝えるのが大事だ。
救急車の歴史は古い。
18世紀のナポレオン戦争の時に救急搬送システムが発明されたと言われている。アメリカの南北戦争の時には、馬車を使ったhorse ambulanceが活躍した。自動車を用いた救急車は、1899年シカゴの病院で使われたのが始まりで、その後自動車の普及と共に世界的に救急搬送の手段として広まっていく。
日本では1931年に日本赤十字社大阪支部が、最初の救急車を大阪市に配備運用を開始する。そして1933年には、消防機関としては初となる救急車が横浜市山下町消防署に配備された。この救急車はキャデラックの改造車だったとのこと。ちなみに救急車の法令で決められている正式名称は「救急自動車」である。
救急車のデザインは、意外と統一されていない。自治体ごとにスター・オブ・ライフなどのマークやキャラクターが付いていることも多いが、基本的に車体は白である。現在ではドクターカーや救急救命士制度、ドクターヘリも活躍しているが、要請に運用が追いつかない状況が続いている。
タクシー代わりに救急車を呼んだりすることは避けてほしいが、必要な場合は躊躇なく呼ぶことも大切だ。
事故で救急搬送されたことがある友人が、救急車の中で外傷の状態を確認するために着ていた服を切られたそうだ。お気に入りの服だったので、意識のあった友人は「切らないでー」と叫んだそうだが、それどころではない。負担をかけるのでいちいち脱がせるわけにはいかないのだから、切られるのも仕方ない。
事故にしろ脳梗塞などの突然の病気にしろ、何処で何が起こるかわかったものではない。何もないにこしたことはないにせよ、自分だけが大丈夫ということはないのだから、救急車のお世話になる可能性も大いにあり得る。
その際はいくらお気に入りの服といえども、あきらめてほしい。
命には変えられないので。
登場したマーク:スター・オブ・ライフ
→アスクレピオスの杖という蛇の巻き付いた杖の絵を中心に青い6本の柱が描かれているマーク。救急医療のシンボルマークとして世界中で使われている。6本の柱にはそれぞれ意味があるので、興味がある方は調べてみるといい。
今回のBGM:「Diamonds」by プリンセス プリンセス
→救急車が到着するまでの間に心臓マッサージができるかが勝負。1分間に100〜120回やるので、bpm111のこの曲が最適とか。替え歌まである。