251回 ソーダ色の夏
一年を通して、冷たい飲み物は殆ど飲まない。
外出先で飲み物が出される場合も、氷抜きができるならそうしてもらう。
それでも流石に夏場は、風呂上がりなどに麦茶を飲んでいるが、これも冷蔵庫で冷やさなくても一向にかまわない。常温でOKである。まあ、開栓後は安全のために冷蔵するが。麦茶は一年中売られているが、なぜか暑い時にしか飲む気にならないのが不思議だ。秋風が吹く頃になると、今年の麦茶もこれでおしまいだな、などと思ってしまう。
そんな私が通年飲んでいる唯一の飲み物、それが強炭酸水。
炭酸飲料ではない、甘味などの味が付いていない只の炭酸水である。
当初は微かにレモンのフレーバーが付いているものを選んでいたが、今では何も入っていない、正真正銘の強炭酸水を好んで飲んでいる。強炭酸なので、刺激は強い。
一時期「微炭酸」というのが流行って、どれもこれも本当に炭酸が入っているのか!というくらい微かになってしまったことがある。これでは炭酸を飲む意味がないとがっかりしていたものだが、いつの間にか今度は「強炭酸」が流行り出してくれた。
いずれにせよ、選べるのはありがたい。
炭酸水自体は世界各地で湧き出ているため、古くからミネラルウォーターとして愛されてきた。
西欧諸国で「水」と言ってデフォルトで出てくるのが炭酸水であるのは、ご存知の方も多いだろう。英語なら「gas」と呼ばれ、炭酸でない方の水が「non gas」であることからも、炭酸入りの水が一般的なミネラルウォーターとして認識されていることがわかる。
因みに炭酸というのは、水と二酸化炭素の気体である炭酸ガスに圧力をかけたものである。圧力をかけて二酸化炭素を水に溶け込ませているため、圧がなくなればすぐに気体になってしまう。炭酸水の蓋を開けると「シュワー」と泡が出るのは、二酸化炭素が気化しているのだ。
炭酸ガスの溶解量の単位は「ガスボリューム」と言う。1気圧15.6℃の標準状態で、1リットルの水に1リットルの炭酸ガスが溶けている状態が、1ガスボリュームと定められている。
圧力をかけて、言うなれば無理やり炭酸ガスを溶かしているため、炭酸水を入れる容器はその圧力に耐えられる構造が求められる。やわな容器では、漏れるか爆発するかになってしまう。しかしいくら容器がしっかりしていても、どうしても時間が経てば蓋とのごくわずかな隙間から炭酸ガスは抜けていくだろう。時折気が抜けた状態のものにあたることがあるが、それはおそらく充填から時間が経ってしまった古いものと思われる。
強炭酸水と銘打つには、ガスボリュームは5GV以上を保ってほしいものである。
実はこの炭酸水、3種類に分けられる。
炭酸ガスを豊富に含んだ湧水だけで何も加えていないものを「ナチュラルミネラルスパークリングウォーター(天然炭酸)」と言う。これはほぼ外国産に限られており、殆ど日本国内では売られていない。外国産と言っても、通常流通しているお馴染みのペリエやサンペリグリノといったものは、炭酸ガスが含まれたナチュラルミネラルウォーターに、更に二酸化炭素を加えて強化したタイプ(人工炭酸)である。そして最後は普通の飲用水に二酸化炭素を加えたタイプだ(本当の人工炭酸!)。
贅沢は言わないので、普段飲んでいるのはこの最後のなんの変哲もない「強炭酸水」である。住んでいる安曇野は、水道水自体が北アルプスの湧水からできているので、言ってみればミネラルウォーターなのだ。なので敢えてミネラルウォーター由来のものでなくても、炭酸を味わえれば良いのでこれで十分である。
古代ローマの時代から西欧では、炭酸水が湧き出る鉱泉を飲むと傷が癒えると言われて、炭酸水は主に医療用として親しまれてきた。
古代エジプトは?と思われるだろう。ご期待通り、世界で最初の炭酸飲料は、クレオパトラが飲んだ真珠入りの葡萄酒だそうだ。真珠は炭酸カルシウムでできているため、葡萄酒に含まれる酸に反応して炭酸ガスを発生する。物凄く豪華な炭酸飲料だ。
日本の炭酸水の歴史も古い。
時は平安時代中期。清和源氏の祖とされる源満仲が城を築くため、現在の大阪にある住吉神社に祈念したところ、「矢の落ちたところを居城にせよ」とのお告げがあったという。満仲が矢を射ると、矢は火を吹きながら飛んでいき、多田沼に住み着いて住民を苦しめていた九頭の龍に命中した。そこで満仲はその地に城を築き、矢を見つけた男に領地と三ツ矢の姓と紋を与えた。
ある日満仲が鷹狩りに出かけたところ、城の近くの谷間の湧水で、一羽の鷹が傷を癒して飛び去るのを見た。その場所が、多田村平野(現在の兵庫県川西市)で、その天然鉱泉は長く温泉郷として栄えたそうだ。
明治時代になると、この鉱泉の水を使った「三ツ矢平野水」「三ツ矢タンサン」が発売される。もうお分かりだろう、これが「三ツ矢サイダー」のルーツである。「三ツ矢平野水」は炭酸水なので、味はついていない。これに甘みを付けた「三ツ矢印の平野シャンペンサイダー」が、1968年「三ツ矢サイダー」と名前を変えて売り出されたのである。
炭酸水は噯気(おくびと読む、所謂ゲップのこと)が出るので嫌だ、お腹が張るから苦手、と言う人もいるだろう。確かにあまり大量に飲むものではないと思う。
食欲増進や疲労回復に効果があるとかないとか言われているが、単純にパチパチしたこの刺激が心地よいので飲んでいると言ってもいい。
そしてやはり飲む時はあまり冷えていない方がいいのだが、それだとあっという間に炭酸が気化してしまう。悩ましいところである。
温かいけどシュワシュワの炭酸水求む。誰か発明してくれないかな。
登場した炭酸飲料:平野シャンペンサイダー
→宮沢賢治はサイダーが大好きだった。給料が入ると行きつけの蕎麦屋に行き、天ぷら蕎麦とシャンペンサイダーを注文したそうだ。天ぷら蕎麦が15銭、シャンペンサイダーが23銭であったが、必ずセットで頼んだという。
今回のBGM:「Conga」by Miami Sound Machine
→グロリア・エステファンの声を聞くと、夏!と言う気持ちになる。多国語に堪能であったことから、大学時代CIAにスカウトされたという才女。交通事故で脊椎損傷になるも、不屈のリハビリで再起した。