228回 夢をバッグにつめこんで
来る3月11日は「International Fanny Pack Day」だそうである。
「Fanny Pack」というのはアメリカ英語で、所謂ウエストバッグのことを指す。2007年のある日、一人のアメリカ人がパーティー帰りにホームレスに出会う。彼はそのホームレスに、自分のFanny Packからフルーツケーキを取り出して渡した。
それがきっかけとなり、そのアメリカ人・Nick Yatesは、必要とされるところに食べ物を寄付するチャリティキャンペーンを始めた。それがこの「International Fanny Pack Day」であり、毎年3月の第2土曜日がその日にあたる。
さてこの話に登場したウエストバッグ、日本ではウエストポーチ(これは和製英語)とも呼ばれたこの小さなバッグは、かつて1980~90年代に大流行した。丁度海外旅行ブームの到来した時期であり、大事なものはウエストポーチに入れて身につけよう的な風潮があった。実際はスリの格好の標的になるだけなのだが。
その後その反動とも言えるように、2000年代になるとすっかりダサい中高年のアイテムとされ、ウエストバッグは廃れてしまう。確かに全体的なバランスから見ても、ウエスト周りにぽこっと出っ張ったシルエットは、あまり格好の良いものではなかった。
それが面白いことに、2018年頃からハイブランドが次々とウエストバッグを発表し始め、それをまたセレブと呼ばれる人たちがこぞって身に着けることで、再び人気が出ているそうだ。
ウエストバッグ自体は、その形も以前とそれ程変わってはいない。一番異なるのは、その装着方法だ。ウエストバッグという名前を裏切って、ボディバッグのように斜め掛けをする。そうすることでなんとなくお洒落に見えるのだから、勝手なものである。
思えば人類は長らく、どうしたら荷物を携帯しながら両手を空けることができるかに苦心してきたように思われる。
バッグの歴史は紀元前まで遡れるとは言うものの、つい最近までは巾着袋のようなものが主であった。ユーロッパ中世の貴族は「オモニエール」という装飾された巾着袋をベルトに吊るして使っていたそうだ。ルネッサンス期になると、縫製技術が進歩して男性の服にポケットが付けられるようになったため、小物の携帯にはこのポケットが用いられた。16世紀の女性は、巨大化したスカートの内部に隠しポケットを付けて香水などを持ち歩いたとのこと。18世紀後半になると服装が次第に簡素化されたため、小物やお金を携帯するためにバッグが必要となる。そして19世紀に入ると、バッグは物を持ち歩くのに欠かせないものとして人々の間に定着した。
日本でも平安時代には既に巾着袋が用いられていたようだ。江戸時代になると、印籠や薬籠といった小ぶりの物入れが使われるようになる。これらは実用品としての側面の他に、様々な細工を施した装飾品・贅沢品としての側面もあり、現在も見事な芸術品として残されているものが多い。
20世紀に入ってからは、女性の社会進出に伴いハンドバッグが大流行する。確かに私の母親(銀行員だった)が若い頃の写真を見ると、みんなハンドバッグを持っている。20世紀も後半になると、今度は交通手段の発達により移動する機会が増えたことで、ショルダーバッグが主流となってくる。
ポシェットは1975年のパリコレで初めて登場したという記事を読んだが、どのブランドが最初だったのか調べてもわからなかった。おそらくルイ・ヴィトンあたりだろう。ポシェットというのは、フランス語の「pochette」で”小さなポケット”の意味である。英語ではpurseと呼ぶらしい。因みにサイズや形を問わず、斜め掛けバッグはcrossbody bag(そのまま!)である。あ、大容量のものだけはmessenger bagなので、お間違えなく。
ポシェットとサコッシュの違いは、おおまかにマチのあるなしと考えていい。もう少し詳しく言えば、ポシェットの方はマチがあってファスナーなどで開閉し、素材も革など比較的丈夫なものでできている。一方サコッシュはマチがなく布製など軽い素材で、上部はオープンであることが多い。サコッシュはそもそもツールドフランスなどの自転車レースで、レーサーがドリンクなどを入れていたバッグが発祥だそうだ。
どちらも多くの物は入らないという点は共通している。
バブル期に一部の男性に大流行したクラッチバッグについては、言及したくないので割愛。こちらもたいした物は入らない。
そして昨今流行っているのが、スマホショルダーだ。
これをバッグと言えるのかはこの際横に置いておく。スマホケースにショルダーストラップが付いているだけのものであるのだが、これを斜め掛けするスタイルを昨年頃からよく見かけるようになった。
確かに今のスマートフォンはかなり大型になっているので、ポケットに入れると重さで服が型崩れしやすい。またすぐに見たいのでいちいち取り出すのが面倒、置き忘れたりなくす心配がないなど、実利的な理由にも適っている。スマホで決済もできるため、財布を持ち歩かないという人が増えているのも理由の一つだろう。
荷物を持たない。手ぶらで出かける。この100年の間にバッグはどんどん小型化し、ついに手ぶらになったのだ。
やはり我々は荷物はできるだけ持ちたくないのである。
登場した英語:fanny
→アメリカ英語のスラングでは「お尻」の意味。お尻の上にちょこんと乗せるというイメージでfanny pack。しかしこれがイギリス英語のスラングになると、fannyとは女性の外性器を意味するというのだから、要注意だ。イギリスでウエストバッグのことはbum bagと言う。
今回のBGM:「君をのせて」作詞/宮崎駿・作曲/久石譲・歌唱/井上あずみ
→『天空の城ラピュタ』の主題歌である。「さあ でかけよう ひときれのパン ナイフ、ランプ かばんにつめこんで」とあるが、ランプを入れるのはかなり難しいのでは。