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ある9月の日の日記

最近Instagramに鍵付きアカウントを作って、たまに日記を書いている。そこからの抜粋。

昨日採り始めたひまわりの種。軍手をしないで作業をし始めてしまったので、右手の人差し指に小さな棘が刺さったままとれなくなってしまった。触るとチクッ痛い。

月曜日の月イチのセッションでは、その前日から自分の中でザワつきはじめた感情について話をした。薄々それは親に対する気持ちなんだとわかっていて、話すうちにハッキリと言語化できるくらいになったー自分がこんな風に親から見守られたかったけれど親の選択は違っていて、自分の気持ちがわかってもらえないことについて長年かけて辿り着いた諦めの背後にある寂しさや悲しさーといったような。

これまで累計すると数百人になるザビーの通訳の機会の中で、ほぼ毎回といっていいほど、親の在り方と子供が受けたいサポートの形が交わらないケースを訳してきた。そこで涙を流すクライアントも数え切れないほど見てきた。頭の中で、親子ってそういう学びをするんだな、という理論が出来上がり、自分ももれなくその体験をしていることをわかっていながらも、感情だけ置いてけぼりだったんだな、ということが、このセッションでもわかってしまった。

自分が望む親からの愛され方と親が選択する愛し方が一致しないことへの諦めは、こんなにも悲しみと痛みが伴うことなんだなあ、と今更ながらに感じている。そして、この諦めには様々ことが包括されていると思う。ヘリンガーが言うところの、親は親でかつては子供だったという歴史の中で、彼らもかつて子供として同じ種類の体験をしている。そうやって、この場合わたしである『子』が『親』から担いでいく感情があるということ。つまり、わたしが感じている痛みや悲しみは、どこかで親二人に属す痛みや悲しみでもあること。その繰り返しが起きるのも、わたしたちが親子である証なのだということ。

そんなこんなで、この二日間は珍しく何もやる気が起きなかった。昨夜セッションが終わった後は、これまた珍しく軽い頭痛を抱えながら眠りについた。浄化のプロセスだなあ、と感じている。そして、まさにわたしの意識にとってのまさに『自立』のステップだなあと感じる。この指のトゲのチクッとした痛みは、このプロセスと繋がっていると感じる。天体配置だけみるとほぼ土のないわたしは、体感が至極鈍いことを自覚している。悲しみや痛みといった感情も苦手ですぐになかったことにする術を身に着けている。だからこその、わかりやすく小さなそれでいて確実な痛みとして『あえて感じる必要性』をわたしのPsycheから与えられている気がする。

菅総理の会見を見た。辞任会見かのようだったこのコロナ禍の振り返りの言葉もまた、わたしの繊細になっているところに触れた。現政権に対する異論反論あれど、少なくともここまで国を統率してきてくださったことに感謝の気持ちになる。宣言解除が国境再開に早くつながることを祈りつつ、その時が近づきつつあることに期待を抱きつつ、このコロナ禍はわたし個人にとっては、とても大切な歩みが、プロセスが、進んでいく時間だったことを再度自覚した。


仮にもこの時期にアミンとひとつ屋根の下にいたら、こんなに自分に深く潜れたり、寄り添えたりできなかったと思う。もちろん、ものすごく会いたかったけれど、時にはもう会えないのかと不安になったり、ふと寂しい気持ちに襲われたりしたけれど、でもわたしは、まずこのわたしと密に居て、これまで認知する準備のなかった自分の一部を知っていく必要があったんだなあ、と骨身に染みている。

ここまで来たからか、ようやく自分の中の溜め込んだ寂しさや悲しみに触れてあげられるのかなあ、とも思う。そんな風に後回しにしながら感じていくのも、自分で創り出した仕組みなんだろうな。

事実、親ー特に母との居心地の良さがこれまでと全然違ってきているのは体感としてある。今更ながら、甘えることを楽に感じたりもしていて、時々母の背中を見ながら、この人にこれまでたくさん愛されてきたし、そしてもっともっと愛されたい自分がいるなあ、なんて時々ふと思ったりしている。わたしの5Hキロンが、Never enough! と言っているかのよう。

こうして言語化することはすごくわたしにとって助けになっていて、安心して言語化するためについ最近ザビーが提案してくれたことがきっかけでここを🔒垢にしてみたのだけれど、これまた一本取られました、くらいの効果を感じる。パイセンからは色々お見通しだなあ!そして言われたら取り敢えずやってみる自分の素直さも褒めておこうっと(笑)

わたしにとって、とても貴重なプロセスの記録。

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