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【台本書き起こし】シーズン2お市の方「戦国一の美女」第1話 兄・信長との決別:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

NA: 『戦国一の美女』と謳われた女性がいた。織田信長の妹お市の方という。戦国時代、姫君たちは平時には政略の道具として嫁がされ、また戦の折には戦利品として、奪われていった。女性に自由など全くないこの時代、美女として生まれたことが、お市の運命を大きく変えた。

お市の方: 人はわたしを美しいというけれど、美しいことに如何程の意味があるのだろうかと思いまする。

NA: お市の方は織田信長より十三歳年下の妹である。
尾張の国の生まれで、信長と同じ母から生まれた。お市の方が物心ついたときには、父・織田信秀は亡くなっていた。織田の家は家長である信長があとを継いでいた。お市の方にとって、織田信長は、父がわりであった。だがお市の方は、母や叔父たち、つまり信長の兄や弟たちとは、別に暮らしていた。お市の方はながい間、その理由を知らなかった。清州城の奥に住んでいると、合戦や騒乱とは無縁だからである。母や叔父たちが、信長に謀反を起こしていたのだった。

●桶狭間直前 清洲城本丸・表座敷
NA: 永禄三年(一五六〇年)五月。お市の方は十四歳、織田信長が二十七歳のときであった。その日、信長は表座敷で一日中、軍議を重ねていた。

信長: されば、これにて軍議は終了いたす。
家臣1: されど御館様、軍議もなにも、ただ戯言しか仰せになっておりませぬ。
信長: いかにも。一同、帰れ帰れ。
家臣1: つまり御館様が何をなさりたいのか、さっぱりわかり申さぬ。
家臣2: 尾張を統一なされた素晴らしき戦ぶりに、明るき鏡のごときおかただとばかり思うたが、鏡も曇られたのでございましょうか。
信長: 勝手に申すがよい。帰れ。
家臣達: さればこれにて、ご無礼つかまつる。
家臣1: いったい何をお考えなのじゃ。
家臣2: 今川2万の軍勢はすでに織田領内に達するというに・・。
家臣1: 籠城していかほど持つというのか・・。

NA: この様子をお市は奥座敷から聞いていた。

お市の方: 何を軍議にはかったのでしょう。家臣たちがあれほど兄上に口答えをするのは、たえてひさしかったはずなのに。

NA: と、独り回廊に残された信長がこちらを見た。

お市の方: いっけない!

NA: お市は慌てて奥に引っ込んだ。

●同・奥座敷
信長: お市、戻ったぞ。

NA: 織田信長は、清洲城にいるときは、奥座敷にはいり、お市の方の前で、いつも柱に背をもたれかけ、無防備な姿でくつろぐのが常であった。お市の方が、信長に謀反を起こさない人物だと安心していたのだろうが、それにしても信長はこの年の離れた妹を格別に可愛がった。

信長: 市はまた盗み聞きしておったな。
お市の方: 盗み聞きなど致しませぬ。兄上の家臣どもの声が大きいゆえ、勝手に聞こえてしまうのです。いい迷惑です。
信長: フフ、それは済まなかったな。いやこの通りじゃ。
お市の方: お戯れを。お顔をお上げくださいまし、兄上。
信長: アッハハハ。
お市の方: 兄上?何かありましたか?
信長: なぜそう思う?
お市の方: 今日の兄上は普段にも増して、一段とお美しい。
信長: ロウソクは消える間際がいちばん美しく光るものだ。
お市の方: 兄上。
信長: 市、もし、今日、これから俺が死んだらどうする。
お市の方: どういう意味でございましょうか。
信長: 駿河の今川義元が攻めてくる。総数2万という大軍だ。だが、織田の家臣のほとんどが、すでに今川義元に内通しておる。軍議で何も話せなかったのは、今川に俺の動きが漏れるのを防ぐためだ。織田が動かせるのはせいぜい二千、といったところか。これでは織田は勝てぬ。俺は、今日、死ぬ
お市の方: どうせ死ぬ。ならば、兄上らしくなさいませ。
信長: 俺らしく、とは?
お市の方: 兄上はお若いころ、『うつけ者』『かぶき者』として知られておられましたが、兄上がずっと美しく生きてこられたのを、市は存じておりまする。

NA: お市の方が幼いころ、織田信長は尾張統一の真最中だった。織田信長は、骨肉の争いをしていたのだ。異母兄織田信弘の家臣の謀反を鎮圧し、弟の織田信之を二度の謀反で処刑し、母・土田御前を謀反で追放していた。
その一方、織田信長は、謀反を起こした家臣たちを、次々と許した。兄・織田信広をはじめとして、柴田勝家や林秀貞、佐々成政などである。謀反を起こした重臣たちを処罰すると、織田の人材はなくなり、織田の領地経営はたちまち行き詰まる。つまり、信長は、信用できない重臣を、周囲に置かなければならない、という状態にあった。織田信長は、激しく孤独であったのだ。

信長: なあ、市よ。俺から申しておきたいことがある。決して忘れるな
お市の方: どのようなことでございましょう。
信長: 美しくあれ。生きるときも美しく、死すときも美しく。美しいとは、自分で自分を決めることだ。
お市の方: はい。
信長: 市、そなたは美しい。
お市の方: はい!
信長: ハッハッハ!腹が決まった。
お市の方: どのように?
信長: 出陣する。
出陣する! 馬をひけーっ!

信長: 人間五十年、化天のうちにくらぶれば 夢幻の如くなり。

NA: 織田信長はこうして出陣していった。後世にいう桶狭間の戦いである。
織田信長が奇跡の大勝利をおさめ、その名を天下に轟かせる戦いであった。

●清洲城 奥座敷 七年後
NA: 七年後の永禄十年(一五六七年)、織田信長は美濃全土を制圧し、本拠地を美濃国岐阜に移した。そして同じころ、お市の方の縁談が決まった。相手は北近江の国主・浅井長政であった。戦国時代の結婚の常として、お市の方は、浅井長政の顔すらしらなかった。

信長: お市、安心せよ。浅井長政は、美しい男である。
お市の方: どのように?
信長: とにかく肉親の情にあつい。浅井長政の父・は愚鈍で、家臣団に見放され追放されることになった。
そこで嫡男である長政が後継者となって、父を追放する形をとった。それ自体はよくあることだ。
お市の方: 兄上。聞いていて、あまり美しい話とは思えませぬが。
信長: だが、長政は家臣団と交渉したのだ。父親の追放先は国外ではなく、近江・琵琶湖上の竹生島。そして次々と合戦で勝利して家臣団の信頼を得、地盤を固めたところで、父親を小谷城に呼び戻したのだ。
お市の方: それは、
信長: ともかく長政は情にあつい。それが、武将にとっていいかどうかは、なんとも言えぬが。
お市の方: お市にとっては幸せだと仰せなのですね? その熱い情けが。
信長: 市・・織田と浅井の楔となってくれ。
お市の方: つまり、織田と浅井の血を引く子を産めということですね。
信長: お、おう・・

NA: 浅井氏は越前国朝倉氏と縁が深く、家臣には越前朝倉の縁者も多かったが、織田氏と浅井氏はそれまでほとんど縁がない。これは信長にとって国境を接する北近江と美濃とを守るための典型的な政略結婚である。

お市の方: 兄上らしくもない、まわりくどいのです。『市、嫁に行け』それで良いのです。兄上のお役に立てるのなら、市は喜んで嫁ぎます。

●小谷城本丸・表座敷
NA: 小谷城は北近江・琵琶湖畔の小谷山の頂上にある、けわしい山城である。けっして広くないが手入れの行き届いた小谷城本丸表御殿で、お市の方は平伏した。このとき、浅井長政二十三歳。お市の方二十一歳。

長政: 浅井備前守長政である。面を上げなされよ。
お市の方: はい
家臣一同: おおっ!
長政: かねてより、そなたの噂は聞いておった。されど、噂以上に美しくいらせられる。
お市の方: ありがたきお言葉、身にあまるばかりにございまする。されど御館様もまた、美男にいらせられまする。けれど・・
長政: けれど?
お市の方: 信長の兄上様の、冷たくて切れるような美しさとは、おおきく異なるような・・
長政: この長政が信長様に勝ろうべくもない。
お市の方: いえ、御館様はもっと大きくて、暖かい・・
長政: 長政は暖かいか。愉快な姫様じゃの、アハハ
家臣一同: ハハハ

NA: 親子の情というものをあまり知らずに育ったお市にとって、長政は初めて出会うタイプであった。

長政: 浅井の家臣は、隣国・越前朝倉と縁が深い者が多い。そして、織田と浅井の縁は、本日はじまったばかり。小谷城に、そなたの知る者はいない。しかし案じるな。決して、そなたは孤独を感じることはない。拙者は全身全霊でそなたを守る。
お市の方: ありがたきお言葉、いたみいりまする。

NA: こうして、お市の方と浅井長政は、政略結婚でありながら、会った瞬間に互いに恋におちたのであった。

●同・奥座敷
NA: お市の方が浅井長政のもとに輿入れしてしばらくは平穏な日々が続いた。織田信長は足利義昭の後見人となった。浅井長政は同盟者として、織田信長の上洛に加わり、信長から絶大な信頼をかちとった。北近江・小谷城は、信長の本拠地・岐阜城と京都へ向かう道との中程に近い。信長は京都へ往復するたびに小谷城に立ち寄って浅井長政と会談した。
織田信長は小谷城に足を運ぶと、奥座敷の、お市の方のところにも必ず顔を出しては、こう言った。

信長: お市、でかした! また、子が産まれたそうな。
お市の方: はい。お初と申します。
信長: おお、よしよし。男子は万福丸、女子は茶々、お初。織田と浅井の血を引くそなたらは我が宝じゃ。
お市の方: 兄上
信長: 夫婦仲がよいのは、良いことだ。本当に良いことだ。お市、そなたは、美しく生きておるようだな。
お市の方: ふふふ、兄上は天下人となられて、少しお変わりになられましたか?
信長: そうかもしれぬな。バア!

NA: だが、その幸せな日は長くは続かなかった。浅井長政の最大の同盟者・越前国・朝倉義景が、織田信長の上洛せよとの命令を拒否したからである。

NA: 元亀元年(一五七〇年)四月二〇日、織田信長は若狭攻めの名目で三万の大軍を上洛させた。若狭国は織田に従う様子を見せず、その征伐のためだという。
浅井長政は、織田信長へ使者を遣わし、何度も確認した。

長政N: 信長様、若狭国は北近江の隣国にございます。越前国朝倉であるなら攻めることはできませぬが、若狭であれば、われら浅井がよろこんで加わりまする。
信長N: 織田の目的は若狭攻めである。それ以外の意図はない。長政殿の加勢は無用でござる。
長政N: さりながら、こたびの若狭攻めでは、三河の徳川家康殿も加わっておられるとか。遠国の徳川殿に出陣を要請なされたのに、隣国の浅井に声をかけてくださらぬのは、なにゆえでございましょうか?
信長N: 長政殿の加勢は無用でござる。

NA: 織田信長の反応は、異常であった。浅井長政はただちに家臣たちを小谷城本丸表座敷に家臣団をあつめ、軍議を開くこととなった。お市の方も、その軍議に同席することになった。

●小谷城本丸・表座敷
長政: このようなわけで、信長様の真意がよくわからない。お市は拙者以上に信長様をよく知っている。信長様が何を考えておられるのか知恵を貸してもらうために来てもらった。
お市の方: わたくしでよろしければ。
長政: 若狭攻めの軍から浅井が外されるのは、いささか不審である。信長様は『浅井は織田に必要ない』とおっしゃりたいのだろうか。
お市の方: それは違うとおもいまする。
長政: なぜ。
お市の方: 『こっそり浅井を外す』というやりかたでは、織田は美しくないからでございます。わが兄・織田信長は『美しく生きる』ということに、こだわりまする。それに・・・
長政: それに?
お市の方: わが兄は、不要となった者に対してはたとえ身内といえども冷酷でございます。わが兄の本当の目的は、若狭攻めとは違うのではありませぬか?
長政: とは
お市の方: 越前国朝倉攻めであろうとおもいます。
家臣1: やはり!
家臣2: まことに?
家臣3: 信長なら、やりかねぬ。
お市の方: わが兄・織田信長が『浅井は欲しい。ただし意に従わぬ朝倉は要らぬ』と考えたとき、どうするでしょうか。越前朝倉と浅井は切っても切れない関係にございます。『越前朝倉を攻めるから浅井も力を貸せ』と言ったら、浅井が二つに割れてしまう可能性もございます。
家臣1: うーむ
家臣2: なむさん
お市の方: この場合、兄上・信長がとる方策は一つ。つまり、浅井に内緒で出兵し、浅井が判断に迷っている間に、一気に越前朝倉を攻め滅ぼすことです。これによって浅井は『織田が朝倉を攻めるとは思わなかった』という名目が立ち、『越前朝倉を裏切った』と謗られることを避けることができ、織田は浅井を無傷で手にいれられまする。
長政: まさか
お市の方: 兄・織田信長にしては、美しい方策ではありませぬ。

NA: しかしお市の方の予測は的中した。五日後の元亀元年四月二十五日、織田信長は越前国にむかって進軍をはじめた。越前国天筒山城を攻めたのだ。

●小谷城・表座敷
NA: ふたたび小谷城表座敷で軍議が開かれた。織田をとるべきか、越前朝倉をとるかで重臣たちの意見が分かれた。浅井家は長政の祖父の時代に朝倉氏の支援によって成り立った。浅井の家臣団には朝倉の親戚の者も多い。

家臣1: 我らに黙って朝倉を!織田こそが裏切り者だ!
家臣2: 信長など将軍家のお墨付きがなければただの田舎者よ!
家臣3: うつけものが上洛せよだと、片腹痛いわ!

NA: と、一同が静まり返った。お市の方がそこに来たのである。

お市の方: 長政様、お呼びでございますか?
長政: お市、われらがとるべき道は二つだけだ。一、そなたと離縁して朝倉につくか、二、そなたとの縁をそのままにして朝倉につくか、のいずれかしかないのだ。
お市の方: 長政様は、織田と朝倉のどちらにつくのが、戦国武将として美しいと思われますでしょうか。
長政: ・・・朝倉だ
家臣一同: おお。
長政: 『名こそ惜しけれ』と申すとおり。われらをないがしろにする、信長殿のやりかたは美しくない。虎は死して皮を残し、武将は死して名を残すのが大切だと考えている。己の命を惜しんで、おめおめと織田につくことが、美しいとは思えない。──ただし
お市の方: 『ただし』なんでございましょう?
長政: 市、そなたと離れたくないのだ。
お市の方: 長政様・・

お市の方N: 長政様にとって、私ひとりと浅井の家臣たち全員の重さが同じだ、というのでしょうか。どういう生き方を選べばいいのでしょうか。
信長N: 美しくあれ。生きるときも美しく、死すときも美しく。美しいとは、自分で自分を決めることだ。

お市の方: わたくしが、織田を捨てて、殿につきます。
家臣1: 奥方様には恐れながら、我ら家臣一同、その身の証を頂戴したくお願い申す。
お市の方: 身の証?
家臣2: この織田家の家紋をここで燃やしてくだされ。
お市の方: これは私の輿入れの昇り・・ではこれに火をつけよと?
家臣2: 誰ぞ火を持て!
お市: 長政様!?
長政: お市、許せ。これも戦国の習いじゃ。
お市: なんと!
家臣1: できぬと仰せられますか?
お市: いや・・
家臣1: いや、さ
お市: あ、さあ
家臣2: さあ
家臣1: さあ
全員: さあ
お市: ええい、この通り!

お市の方: 皆聞けぇ! 仁義をはずれた信長は美しくあらぬ。浅井の名を残すことこそ肝要ぞ!
家臣団: おおう!
長政: 勝鬨を上げよ!
家臣団: えいえいおう!
お市の方: 私は、美しく生きる。

NA: 元亀元年四月二十六日、浅井長政軍は小谷城を出て、越前・金ケ崎を攻める織田信長を襲った。後世にいう『金ヶ崎の戦い』である。地形的に、浅井長政軍が、織田軍を挟み撃ちできる場所にあった。織田信長は、浅井長政が織田を離れたと知るやいなや、ただちに戦線を離脱した。浅井長政を恐れたためである。
退却に際して、織田信長は後衛軍として木下秀吉・明智光秀・徳川家康らを置いた。木下秀吉らは浅井長政の猛攻をよく防ぎ、織田信長の戦線離脱を助けた。
元亀元年四月三十日、織田信長は京都に帰還し、そして岐阜に帰還して、ただちに浅井長政討伐の軍勢を整えた。これにより、浅井長政と織田信長の戦いがはじまる。そして、お市の方の波乱の人生が、始まったのだ。

脚本:鈴木輝一郎
演出:岡田 寧
出演:
お市の方:北條真央
織田信長:濱嵜 凌
浅井長政:秋谷柊弥
家臣:田邉将輝
家臣:大東英史 
ナレーション:萩原一葉
選曲・効果:ショウ迫
音楽協力:甘茶
スタジオ協力:スタッフ・アネックス
プロデューサー:富山真明
制作:株式会社Pitpa

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