【台本書き起こし】シーズン4「赤穂事件 内蔵助の流儀」 第4話 江戸下向 ~ 最悪を考え、最高を手に入れる:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史
◯箱根・箱根神社
出雲N:浅野家再興が不首尾となり、浪士たちは、次々と内蔵助のもとから離れていく。内蔵助と生死をともにすると誓った同志は、最盛期には百名に迫ったが、その数は、いまや半数近くに減っている。そんななか、内蔵助だけが、眠れる獅子が目覚めたかのように動き回る。吉良家討ち入りに方針転換してからというもの、その瞳に力が宿る。十月七日、ついに、内蔵助は、山科の仮住まいをたたんで、江戸へ向かう。供は、寺坂吉右衛門である。
内蔵助:途中、立ち寄りたいところがある。
寺坂吉右衛門:かしこまりました。
出雲N:東海道をくだる途中、内蔵助は箱根神社に立ち寄った。仇討ちで有名な曽我兄弟が、この地で戦勝祈願をしたことで知られる神社で、内蔵助は、内匠頭の恥をそそぐことを誓った。
内蔵助:縁起物だから、みくじでも引こう。
吉右衛門:そういたしましょう。
内蔵助:・・・大吉だ。
吉右衛門:良うございました。
内蔵助:旅、急がぬが吉、願望、正しければ叶う、子宝、恵まれる。
吉右衛門:子宝・・・奥方様は、お元気であらせられますでしょうか。
内蔵助:・・・そうさなあ。
出雲N:江戸下向に先立つ半年前、内蔵助は、りくを離縁していた。
<赤穂事件―内蔵助の流儀 第四話 江戸下向 ~ 最悪を考え、最高を手に入れる>
◯回想・京・山科・大石仮宅
内蔵助:これが離縁状である。
りく:はい。
内蔵助:これが、大石家とはなんの関わりもないという証になる。大事に保管するように。
りく:はい。
内蔵助:実家のお義父上にも文を書いた。『万事、よろしく』と認めてある。堅固で暮らせよ。
りく:はい。
りくN:旦那様は、そう言って、私の腹にそっと手を添えました。
内蔵助:・・・。
りく:・・・。
吉右衛門:内蔵助様?
内蔵助:・・・。
吉右衛門:奥方様?
りく:・・・。
吉右衛門:私は軽輩ですから、御家老様のような立派なおうちのしきたりは存じあげません。けれども、長年連れ添ったご夫婦がそのような紙切れ一枚でお別れだなんて。本当によろしいんですか。
りく:良いのですよ、お気持ち、ありがとう。
吉右衛門:いつわりでございましょう。世を欺くための・・・。
内蔵助:日の暮れぬうちに、出立いたそう。里まで送る。
りく:はい。
内蔵助:吉右衛門も、口ばかり動かしていないで、荷物を運んだらどうだ。
吉右衛門:・・・かしこまりました。
主税:父上!
内蔵助:主税か。母上の実家である豊岡までは長旅だ。たいそう山深い地だとも聞いている。母上も、普通の体ではない。頼むぞ。
吉右衛門:普通の体ではないって・・・?
りく:・・・旦那様からおっしゃって。
内蔵助:・・・りくが言いなさい。母親ではないか。
吉右衛門:え。ということは・・・?
主税:母上は、五人目のお子を宿しておられるのです。
吉右衛門:さようでございましたか。それは、めでたい。おめでとうございます。
りく:ありがとうございます。
主税:父上、主税は、豊岡にはまいりませぬ。
内蔵助:いかがしたのだ?
主税:私は、昨年末に元服いたしました。もう、どんなお役目も立派につとめることができます。父上とともに、浅野家のために働きとうございます。
内蔵助:ならぬ。
主税:なぜでございますか?
内蔵助:・・・母が、悲しむ。
りく:・・・私は・・・。
内蔵助:主税が、三平のように苦しまないとも限らない。
りく:旦那様は卑怯です。何もかも私のせいにして。本当に悲しいのは旦那様でございましょう。
内蔵助:・・・。
りく:主税、お父上は、おまえが心配でたまらないのですよ。可愛がって育てたおまえに、辛い思いをさせたくないのですよ。
主税:父上、母上――おふたりのおかげで、主税はこんなに大きくなりました。だからどうか、心配なさらないでください。お家のため、父上のために、母上が、ひとりでお子を産むのあれば、大石家の長男である私も、覚悟を決めるときだと存じます。もう、これからは、大人として扱ってください。仇討ちに参加させてください。
りくN:そういって主税は、深々と頭をさげました。内蔵助は、ひとり背を向けて、しばらく無言でおりました。きっと、息子に涙を見せたくなかったのでしょう。内蔵助は息子に背中を向けたままで問いました。
内蔵助:同じ志を抱く同志として生きるからには、これよりは父でもなければ息子でもない。よいか。
主税:はい!
内蔵助:容赦はしないぞ。
主税:はい!
りくN:こうして内蔵助は、息子の願いを聞き入れました。
◯回想・但馬・石束家
りくN:私が豊岡の実家に戻ってからまもなく、元気な男の子が生まれました。内蔵助との五人目の子、大三郎と名づけました。内蔵助が、浅野の殿様の名誉を回復するために何をするつもりなのかは見当もつきませんでした。ただ、なにかあったときに、私たち家族に類が及ばないよう離縁した。その心は、ずいぶん前からわかっていました。その証に、内蔵助からは、赤子の誕生を喜ぶきめこまやかな文が届きました。そして、内蔵助が文を認めたのは、妻の私ばかりではありません。
◯回想開け・江戸・日本橋・旅籠
出雲N:十一月上旬、内蔵助はついに江戸に入り、一足先に江戸入りしていた主税とともに日本橋の旅籠に腰を下ろした。着くなり、内蔵助はせっせと筆を走らせた。文の内容は、同志に向けて討ち入り時のこしらえや武器にについて細かに定めた指図書から、これまでにかかった費用を記した会計帳簿。今回の討ち入りの理由と目的を記した口上書まで多岐に渡った。
浪士A:なぜ、ここまで細かくお決めになるのですか?
出雲N:指示の細かさに辟易した浪士が尋ねると、内蔵助は筆を走らせながら答えた。
内蔵助:最悪の事態を想定して備えることが、望みを叶える早道だ。
◯江戸・本所林町・堀部の長屋
主税:堀部様、ごめんくださりませ。
安兵衛:おお主税殿か。どうぞお入りください。
主税:父・・・ではなく、内蔵助より伝言があり、まかりこしました。本日、暮六つより会合を催しますので、ぜひ堀部殿においでいただきたいとのことでございました。
安兵衛:承った。
主税:・・・。
安兵衛:まだなにか?
主税:ひとつ、お伺いしたいことがありました。
安兵衛:私も、いちど主税殿と話したいと思っていたところだ。
本来なら酒を酌み交わしたいところだが、大願成就の酒断ちをしている。茶でも進ぜよう。
主税:高田の馬場で、真剣で果し合いをしたというのは、本当ですか?
安兵衛:そのことか。
主税:ええ。十八人もの剛の者を倒し、江戸中に堀部安兵衛様のお名前が轟いたと聞きました。
安兵衛:実際に戦ったのは二人だ。時が経つに連れて尾ひれがついて、話が大げさになっていく。
主税:このたびの討ち入りでは、実際に人を斬ったことのある者は、堀部安兵衛様と不破数右衛門様、おふたりのみと聞いております。
安兵衛:そうらしいのう。
主税:先日の会合によると、吉良邸には百人ぐらいが常駐しているとのことでした。敵が百人で、我らは五十人あまり。そのうち、真剣を抜いたことがあるのは、わずかふたり。弱音を吐くわけではないのですが、これは、本当に大変なことだなあと・・・覚悟を新たにしている次第でして・・・。
安兵衛:怖いか?
主税:・・・怖くはありません。
安兵衛:俺は怖い。
主税:え?
安兵衛:先のことに思いをめぐらせても、怖くなったり、不安になったり、ろくなことはない。だから、俺は、今できることやる。今だけに集中して、やるだけのことはやる。
主税:はい。
安兵衛:勝ち負けは時の運。とうてい、人にあやつれるようなものではない。人間にできることは、目の前のことに全力で取り組むことだけだ。
主税:そうか!『常の勝敗は現在なり』とはそういう意味だったのですね!
安兵衛:なんだね、それは。
主税:山鹿素行先生の教えで、父の口癖なのです。
安兵衛:俺は、他家から仕官して赤穂に入ったから、素行先生のことは存じ上げないのだが・・・そう言われてみると、内蔵助殿も、たしかに今に生きていらっしゃるなあ。
主税:私は、父から薫陶を受けてきたにも関わらず、まったく身についておりませんでした。
安兵衛:主税殿。無事、討ち入りを果たした後は、たんと酒を酌み交わそう。
主税:はい!
◯日本橋・旅籠
出雲N:浪士たちは町人になりすまして吉良屋敷の偵察を続け、ついに屋敷の絵図面を手に入れる。絵図面を見ると、吉良上野介の寝所は裏門近くにあることが判明した。内蔵助は、浪士たちを表門と裏門、ふたつの部隊に配置したが、裏門が激戦になることが予想された。
内蔵助:各々方表門から討ち入る表門組と裏門から突撃する裏門組、それぞれの配属をお伝え申す。
一同:かしこまってござる。
内蔵助:まず表門隊の大将は、私、内蔵助が相勤める。
一同:承知。
内蔵助:続いて裏門隊の大将は、大石主税・・・。
間:お待ちくだされ。
内蔵助:なにか。
間:ご身分からして当然だとも思うし、口を出すのも憚られるが、重要なことなので、あえて、お尋ねする。主税殿は、われら浪士のなかで最も年が若いと聞いている。いくら内蔵助殿のご子息とはいえ、裏門の長には、荷が重すぎるのではないか。
内蔵助:このたびは、親子で加わっている方も多くいらっしゃる。実際、間殿、貴殿もお父上、ご兄弟とともにご参加のこと、誠にいたみいる。差配にあたっては、表門と裏門で、極力、親子、兄弟が、別々になるように配属した。
間:親子兄弟、万が一、どちらか一方倒れても、もう一方は残って家名を残すことができるようにという兵法か。
内蔵助:そのとおりだ。その結果、主税を裏門に回すことになった。これでも極力、私情をはさまずに、采配したつもりだ。
間:わかっております。内蔵助殿の深いお考えには、いつも恐れ入るばかり。また主税殿の、大将としての器を疑っているわけでもないのです。主税殿は背丈もあり、お若いのに落ち着いておられて、まさに大器。しかし裏門は上野介の居室に近く、ということは守りも厚く、激しい戦いになることは明らか。せめて主税殿だけでも、内蔵助殿のお近くに置かれたほうが・・・ご心配であろう。
内蔵助:そのために、裏門には吉田忠左衛門殿に、副長として立っていただく。忠左衛門殿は、これまでも、私の右腕として、陰に日向に支えてもらった御仁だ。さらに実戦の経験がある不破数右衛門殿にも裏門隊として主税の未熟を補っていただくつもりだ。
安兵衛:内蔵助殿、ひとつお願いがある。
内蔵助:安兵衛か。
安兵衛:私も、裏門に配備していただけないか。のう、主税殿。
主税:・・・はい。
安兵衛:この堀部安兵衛が、責任を持って主税殿をお支えする。
間:安兵衛殿がついておられるなら、鬼に金棒。
安兵衛:俺は、鬼か。
内蔵助:お頼み申しあげまする。
主税:お願いいたします。
◯朝の道
主税:やぁぁああ!!
堀部:脇が甘い!
りくN:以来、討ち入りの日まで、主税は、堀部安兵衛様から毎日、剣術の稽古をつけていだくようになりました。
主税:やぁぁああ!!
堀部:腹に力を入れる!
主税:やぁぁああ!!
堀部:良い、良い太刀筋だ。立派な剣士だ。
主税:本当ですか!
りくN:十五で母の手を離れた息子です。しばらくは、あの子のことを思うだけで、涙がにじみました。ただただ、不憫に思っていたのでございます。けれども赤穂浪士の方々に、弟のように可愛がられていたと聞くと、主税には楽しいひと時もあったのかと思い、少しは胸のつかえがおさまるような気がいたします。
出雲N:元禄一五年も師走を迎えた。
すでに十一月の時点で、藩の金も借財も底を付いた。討ち入りが先か、餓え死が先かという極限状態。日を追うごとに脱落者が増えていく。ついに浪士の数は、四十七人にまで減った。四十七士のいちるの望みは『吉良の首を上げる』その一点のみ。内蔵助は、最後の仕事に精を出す。すなわち、四十七人が逆賊にならないための知恵を、蜘蛛の糸のように張り巡らせていく。凍てつく寒さのなか、討ち入りの日が、刻一刻と迫る。
脚本:齋藤智子
演出:岡田寧
出演:
大石内蔵助:田邉将輝
大石りく:柏谷翔子
竹田出雲:吉川秀輝
寺坂吉右衛門:大東英史
大石主税:大内唯
堀部安兵衛:本山勇賢
浪士:濱嵜凌
間重次郎:望生
選曲・効果:ショウ迫
音楽協力:エィチ・ミックス・ギャラリー、甘茶
スタジオ協力:スタッフ・アネックス
プロデューサー:富山真明
制作:株式会社Pitpa
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