【台本書き起こし】シーズン4「赤穂事件 内蔵助の流儀」 第3話 円山会議 ~ 情には厚いが、流されはしない:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史
◯江戸
出雲N:元禄十五年が開けた。浅野家が断絶し、藩士たちが流浪の民となって九ヶ月が過ぎた。かつて内蔵助と生死を共にする証として血判状に名を連ねた赤穂浪士それぞれにも、変化が訪れる。ある者は、他家へ仕官し。
高田:殿への恩義を忘れたことはない。しかし裏切り者とそしりを受けても、仕官しか道はない。それが、生きるということだ。
◯大阪
出雲N:ある者は、恋に落ち。
京雀A:ま~た、曽根崎新地で心中やて。女は、遊女。男はお武家らしいで。
京雀B:ちゃうわい。男は浪人や。しかも赤穂の浪人やで。
出雲N:そして、ある者は・・・。
<赤穂事件―内蔵助の流儀 第三話 円山会議 ~ 情には厚いが流されはしない>
◯京・山科・大石仮宅
吉右衛門:ご家老。内蔵助様。
りく:吉右衛門様ではないですか。
吉右衛門:奥方様、先日はおとりなしありがとうございました。内蔵助様はご在宅でしょうか。
りくN:寺坂吉右衛門様は、もともと赤穂藩郡奉行の吉田忠左衛門様の家来でしたが、先日、内蔵助のもとを訪れ、血判状のお仲間に加えてほしいと直訴されました。しかし内蔵助は・・・。
内蔵助:それはならぬ。
りくN:吉右衛門さんの申し出をきっぱり断ったのです。理由は、吉右衛門さんが足軽だからということでした。
りく:吉右衛門様。
吉右衛門:はい。
りく:内蔵助は、口では厳しいことを申し上げたかもしれませんが、それは吉右衛門様を思ってのことでございますよ。
吉右衛門:わかっておりまする。内蔵助様は、仇討ちという仕事は、武士の役目だとおっしゃりたいのです。足軽は、お武家様の手となり足となるのが本分で、武士とは違う軽々しい身分だから、仲間には加えたくないというのでございましょう。
りく:そのように腐らずとも。
吉右衛門:腐ってなどはおりません。
りく:たとえば、このようにお考えになってはいかがですか?内蔵助は、言っていました。吉右衛門様は、よく気がつく、仕事のできる御仁だと。だからその気になれば、いくらでも他のお家でお役がつとまりましょう。有能な男を、わざわざ赤穂浪士の手伝いで埋もれさせるには忍びない――そのようなお考えなのだと思いますよ。
内蔵助:騒々しいと思ったら、またおぬしか。
吉右衛門:内蔵助様。
内蔵助:先日の儀、なんど参っても答えは同じだ。
りく:差し出がましいようですが。
内蔵助:なに。
りく:もし旦那様が推薦状など書いてさしあげれば、吉右衛門様の他家への仕官も、たやすくなるのではないでしょうか。
内蔵助:なるほど、それが良い。では一筆つかまつろう。
吉右衛門:違うのです。内蔵助様、奥方様。
内蔵助:なんと。
吉右衛門:本日は、萱野三平の文を持参しました。
内蔵助:三平?
りく:江戸から赤穂まで四日で駆けつけて、殿の変事を伝えてくださった、あの若者ですね。
内蔵助:こ、これは・・・。
三平モノローグ:忠と孝のはざまで、いささか当惑しております。
りくN:萱野三平様からの、それは遺言状でした。
◯摂津・萱野村・茅野屋敷
りくN:内蔵助は、吉右衛門を伴って、摂津の萱野三平の生家へ駆けつけました。
七郎左衛門:前夜の息子は、いつものとおり家族と談笑してから、自室に引き上げました。父親である私の目には、いつもの三平であったように思われます。翌十四日、陽が高くなっても三平が起きてこないものですから、様子を見に行きますと、三平は九寸五分の脇差を腹に突き立てて、果てていました。
内蔵助:・・・十四日。
吉右衛門:殿の月命日ではないですか。
七郎左衛門:いかにも。浅野の殿様のおそばに仕えていた三平にとって、殿様の存在がそれほどまでに大きかったとは。私は、息子の一途な思いにも気づかず、息子の仕官話を進めていたのです。
内蔵助:これ以上、ご自身をお責めになりませぬよう。
七郎左衛門:ご家老。うちの息子は、ご家老との間に、なにか密約があったのでしょうか?七郎左衛門:町の噂では、赤穂浪士が吉良を討つなどと言われていました。私は、それを単なる噂話だと思っていました。率直に申し上げれば、うちの息子を、そんなことに巻き込みたくはなかった――。
内蔵助:よくわかります。
三平:息子は、たった二十七歳です。新しい人生を生き直してもバチは当たらないはずだ。
内蔵助:申し訳・・・ありませんでした。
七郎左衛門:ご家老、お手をおあげください。
内蔵助:申し訳・・・ありませんでした。
りくN:三平様のお父上の前で、内蔵助は、たたただ首を下げることしかできませんでした。
◯道
吉右衛門:内蔵助様、内蔵助様。
りくN:茅野家からの帰り道、吉右衛門さんが何度呼びかけても、内蔵助は、無言で歩き続けたそうでございます。
◯回想・赤穂・大石内蔵助邸
三平:聞いたところによると、殿は、刀を抜き放ち、こう叫んだそうでございます。
内蔵助:うむ。
三平:『このあいだの恨みを晴らすぞ』。
内蔵助:恨みを晴らす・・・?
三平:はい。殿の叫び声は松の廊下に轟いたそうでございます。しかしながら、殿と吉良殿の間にどのような遺恨があったのか、その理由は、たれもわからないのでございます。
内蔵助:恨みを晴らす・・・
◯回想・赤穂・城内
内蔵助:お家再興のために、切腹する。それしか我らの筋道をみせる手立てはない。ともに覚悟のあるものは、この血判状に署名なされよ。
三平:私を、この萱野三平を、お仲間に加えてください。
◯回想明け・道
内蔵助:そうであったそうであった。
吉右衛門:内蔵助様?
内蔵助:三平は、仇討ちの血判に真っ先に加わってくれた男であった。
吉右衛門:三平様は、本当に勇気のある御方だったのですね。
内蔵助:吉右衛門、これでも仲間に加わりたいか――武士が命を預けるというのは、こういうことだぞ。
吉右衛門:・・・。
内蔵助:ちょうど良い。目の前に二股に別れている道があるではないか。ここで別れよう。
吉右衛門:いいえ。
内蔵助:まだ歯向かうか。
吉右衛門:三平様は、託されたのでございます。ご家老様、そして不肖、私、寺坂吉右衛門に。私はそのように承ってございまする。
内蔵助:いったい、なにを託されたというのだ。
吉右衛門:殿の無念を、そして三平様の無念を晴らすという仕事をです。
内蔵助:下郎、生意気を言うでない。
吉右衛門:お言葉を返すようですが、私のように三両二人扶持の足軽風情も、内蔵助様のように千五百石の御大身でも、志に変わりはございませぬ。
内蔵助:口の減らぬヤツめ。
りくN:殿の無念を晴らす約束と、親の望みとの板挟み。心が張り裂けた三平の死を目の当たりにして、めずらしく動揺した内蔵助を励ましたのは、意外にも足軽の吉右衛門でした。それ以降、吉右衛門は、尻尾を振り続ける子犬のように、内蔵助の後をどこまでも着いてくるようになりました。
◯京・山科・大石仮宅
りく:吉右衛門様、薪まで割っていただいて、本当に助かります。
吉右衛門:なんのなんの。力仕事なら慣れております。
りく:主税、主税はどこにいるのですか?少しは吉右衛門様をお手伝いなさい。
主税:いま、ちょっと・・・忙しいのです。
りくN:このところの主税は、父の姿を見ると、避けて通るようになっていました。内蔵助の相変わらずの色街通いに、不信感を募らせているのです。
吉右衛門:坊っちゃん。
主税:なにか。
吉右衛門:最近、お父上とお話なさっていますか。このところ主税が目を合わせてくれないと、内蔵助様が気にかけていらっしゃいました。
主税:私は、もう元服をした大人です。父は不要です。
吉右衛門:坊っちゃんは内蔵助様のことをなにもご存知ないのです。内蔵助様ほど、やさしい人はいないのですよ。
主税:その、坊っちゃんという呼び方、どうにかなりませんか。
吉右衛門:坊っちゃんは、坊っちゃんだ。前髪を落としたぐらいで簡単に大人などなれませんよ。
りく:吉右衛門さんは、なぜ内蔵助をそんなに好いていてくれるのですか。
吉右衛門:それではお話しましょう。
りく:お願いします。
吉右衛門:藩の御取り潰しが決まり、お城を明け渡す直前のことです。内蔵助様をはじめ、ご家老の方々は藩の財政を整理して藩士ひとりひとりに手当が出るように取り計らってくださいました。その分配方法について意見が分かれました。ほかの御家老が知行高に応じて、つまり身分の高い武士から順番に分けるとおっしゃったのに対し、内蔵助様は下の者から順番に厚く配分せよとおっしゃいました。そのおかげで、私たち下々の者は、無一文で放り出されるようなことはなくなったのです。実のところ、三両二人扶持の足軽に、気軽に声をかけてくださる一五〇〇石の御家老など、これほど情に厚く、身分の区別なく接してくださるご家老など、ありません。
りくN:主税は、ただ黙って、吉右衛門様のお話を聞いておりました。
◯京・山科・大石仮宅
出雲N:季節が変わった。内匠頭の恥をそそぎ、浅野家の面目を立てるためにお家再興だけを願ってきた内蔵助は、元禄一五年七月に、ついに幕府からの最終回答を得た。
内蔵助:おのおの方、公方様よりお家再興の正式な回答が届いた。ついては、みなさまの存念をうかがいたい。
出雲N:内蔵助が、京都円山で、京阪と江戸に散らばっていた同士、計一九人を一同に集めて会合を開いたのは、七月二八日のことだった。
安兵衛:して、ご首尾は?
内蔵助:浅野家のお家再興・・・不首尾。七月十八日に、幕府のお裁きを取り決める評定所において内匠頭様弟・浅野大学様の処分がくだされた。すなわち『大学様の閉門は許されるが、大学様の浅野家再興はならず』とのことだった。
安兵衛:やはり。
内蔵助:これをもって、浅野家存続の未来は正式に絶たれた。浅野家の名誉を回復するための、これまでの働きかけは、すべて徒労に終わったということだ。
安兵衛:・・・おそれながら。
内蔵助:いかがした安兵衛殿。
安兵衛:この二月、綱吉公のご母堂・桂昌院さまが、従一位を朝廷から賜ったのはご存知か?
内蔵助:風の噂で聞いておる。
安兵衛:従一位は、朝廷が与える女性最高位の官位でござる。わが殿様の刃傷事件から約一年、これで、すべての謎が解けたように思います。
出雲N:将軍綱吉は、生母・桂昌院との絆が深かった。そもそも生類憐れみの令も、桂昌院の一言がきっかけで始まったと言われるほど、桂昌院は、表向きに影響力をもっていたのである。綱吉は、身分の低い実母に、なんとしても朝廷からの官位を授けたがっていた。そのために朝廷への貢物を欠かさず、良好な関係を築いてきたのだ。その最中に起こったのが、浅野内匠頭の刃傷事件であった。朝廷との関係が崩れることは、喉から手が出るほど官位を欲していた綱吉にとって、許すまじき出来事だったのではないか。つまり、綱吉が、後先を考えず、感情にまかせて内匠頭を処分したのではないか、と、安兵衛は見た。
安兵衛:要するに綱吉公の虚栄のために殿は切腹をなさり、我々は露頭に迷うことになったのです。
内蔵助:口がすぎるぞ、安兵衛殿。
安兵衛:いつも沈着冷静な内蔵助殿には、この憤りがおわかりにならぬか。
吉右衛門:ご家老は、きめこまやかなお心をもつ、情に通じた御方です!
内蔵助:控えよ、吉右衛門。
内蔵助:安兵衛殿、私が幕府の回答を得て、まっさきに何をしたかおわかりか?
安兵衛:なにをなされた?
内蔵助:腹の底から笑ったのよ、これで、晴れて敵を討てる、とな。
出雲N:内蔵助、はじめてその心底を堀部安兵衛に見せた。大きく笑う内蔵助にすっかり呑まれている。高田馬場で叔父の助太刀をして、その名を天下に轟かせた熱血漢・堀部安兵衛は、やっと複雑な内蔵助の心を垣間見たのだった。
浅野:このあいだの遺恨、覚えたるか。
内蔵助:目指すは上野介の首ただひとつ。
一同:おー。
出雲N:内匠頭切腹から一年以上が経ち、暦の上では秋も近いこの日、ついに内匠頭は吉良を討ち取ることを決意した。
脚本:齋藤智子
演出:岡田寧
出演:
大石内蔵助:田邉将輝
大石りく:柏谷翔子
竹田出雲・萱野七郎左衛門:吉川秀輝
寺坂吉右衛門:大東英史
大石主税:大内唯
堀部安兵衛:本山勇賢
萱野三平:秋谷柊弥
高田郡兵衛:濱嵜凌
京雀:平塚蓮
選曲・効果:ショウ迫
音楽協力:エィチ・ミックス・ギャラリー、甘茶
スタジオ協力:スタッフ・アネックス
プロデューサー:富山真明
制作:株式会社Pitpa
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