【台本書き起こし】シーズン３「千利休と天下人たち」第１話　少年利休：ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

◯京都聚楽第利休の屋敷
NA：その日は大荒れで、京都では雹が降ったといいます。天正19年(1591年)2月28日、千利休は聚楽第敷地内にある官邸にて、切腹して果てました。関白秀吉の逆鱗に触れ、死を賜ったというのです。

利休：人生七十(じんせいしちじゅう)力囲希咄(りきいきとつ)吾這寶剣(わがこのほうけん)祖佛共殺(そぶつともにころす)提(ひっさぐ)る我得具足(わがえぐそく)の一太刀(ひとつたち)今此時(いまこのとき)ぞ 天に抛(なげうつ)。

NA：これは『遺偈(ゆいげ)』と言って禅僧が末後に残す辞世の句です。千利休こと千宗易は、臨済宗大徳寺に帰依していたのです。この時代、名前に『宗』の字が付く場合、たいていはこの大徳寺から授けられたものでした。利休と並んで茶の湯の『天下三宗匠』と称えられる今井宗久、津田宗及もまた大徳寺より『宗』の字を戴いており『禅』と『茶』は『茶禅一味』と言って密接な関係があったのです。ちなみに大徳寺は織田信長の墓所でもあります。さて、利休の辞世はおおよそこんな意味でしょうか。『人生70年、今も力はみなぎっている。私の宝であるこの剣には、祖霊や仏さえも殺してしまう威力がある。この身につけた一太刀を、今こそ、天に向けて投げ放とう』・・・茶の湯の道を武士道に例えて詠んだのでしょうか。だとしたら己の磨いてきた茶道をもってして、天下に訴えたい何かがあったのでしょうか？なぜ利休が秀吉から死を賜ったのか、その理由は今もはっきりとは判っていません。豊臣家内部で、利休の政治的な発言力が大きくなり、政敵に陥れられたとか、あるいはそれこそ大徳寺の山門に設置した利休の木像が無礼であるとか、色々と言われていますが、これまでこれだという決め手がありませんでした。しかし近年、その謎を埋めるミッシング・リンクが少しずつ見つかっているのです。そしてその新たなリンクとは、信長以前の天下人として脚光を浴びつつある『三好長慶』と利休との関係なのです。

◯堺南宗庵
NA：千利休と三好長慶は共に1522年に生まれています。世界に目を向けると、マルコポーロの艦隊が世界一周を成し遂げた大航海時代の真っ只中です。この時代、日本もこの世界の潮流の中にあり、グローバルな視点を持てるかどうかが、天下人たる資格であったと言えるかも知れません。ともあれ利休と長慶は共に大徳寺の高僧である大林宗套(だいりんそうとう)が港町・堺に開いた南宗庵という『いおり』に参禅していました。お互いを、少年の頃のから見知っているとも考えられます。とはいえ、利休は『魚屋(ととや)』という小さな魚問屋の跡取り息子で、長慶はというと、今をときめく堺幕府の実権を握る三好一族の嫡男ですから、身分が違います。けれども堺という町は当時、武士や商人といった身分の違いを超えた価値観、ダイバシティに溢れる自由都市でしたので、幼いふたりが生まれや育ちを超えた友情を育んだ可能性は、大いに考えられるのです。

与四郎：ぼんさんがへをこいた。ぼんさんがへをこいた。ぼんさんがっと・・。
仙熊：あっ、与四郎、またズルして切り上げたな。ちゃんと数えろよ。
与四郎：もうええやろ仙熊、百も二百もへをこいてたら臭くてかなわへんわ。
仙熊：あはは。
与四郎：宗套様のへはくっさーい、ぶっぶうぷー。
仙熊：くくく、あ！
宗套：さて与四郎、誰のへが臭いじゃと？
与四郎：宗套様！いえ、ではなく。仙熊です。
仙熊：違います。与四郎がまたズルして百を五十で切り上げたのです。
宗套：与四郎、仙熊。ふたりとも罰として、もう千の間そこに座っておれ。
与四郎：宗套様、足が痺れてしまいました。千を三百に負かりませぬか？
宗套様：アッハッハ。さすがは『魚屋』千家の跡取りだけあって、与四郎、そなたの利心まことにあっぱれじゃがな、たまには商いも休みにして、この大林宗套の言う通り、禅の味をたっぷりと味おうてみよ。

NA：利を休めると書いて『利休』という名の命名者はいくつかの説がありますが、この大林宗套がつけた愛称起源説が有力です。

与四郎：宗套様、禅とはそないに旨いもんですか？
宗套：さて、まだふたりは味おうたことがなかったか？

NA：座禅が終わると、大林宗套は8歳の与四郎と仙熊、すなわち後の利休と三好長慶に薄茶を振る舞いました。

仙熊：結構なお手前で。

NA：四国阿波国が本拠地である三好一族は文化芸術にも造詣が深く、幼い仙熊にも多少の嗜みがあります。しかし与四郎にはまだ早かったようで・・。

与四郎：うっ、にがっ！
宗套：『茶禅一味』と言うてな、茶と禅とは同じ味すなわち同じ道だと言う先達の教えじゃ。
与四郎：うへー。
宗套：ほほほ。与四郎を見ているとなぜか我が祖師である一休宗純様を思い浮かべる。随分と型破りなお方だったと聞かされたが、なぜか憎めぬお人柄だったそうじゃ。
仙熊：あの足利義満様に仕えられたと言う一休様ですか？
宗套：さよう。私も実際には会うたことはないが、我が大徳寺の先達じゃ。
仙熊：では今日から私は与四郎を利休と呼びましょう。
与四郎：俺が利休なら、仙熊の弟は休んでばかりいるから、実休やな。ウフフ。

NA：日本でお茶が庶民の間にも広まったのは室町時代と言われています。しかしそれは侘茶ではなく、会所に集って賭け事に興じる闘茶が主流でした。闘う茶＝闘茶とは茶の銘柄を当てる遊びで、風紀が乱れると幕府が禁じるほど大流行しました。そんな中、大徳寺などの禅寺を中心に侘茶の様式が整えられ茶禅一味の風雅が徐々に説かれるようになっていきました。

◯堺の街・通り
男1：おらおら！
女1：きゃあー。
男2：どけどけ！
男3：いてまうぞ、こら。

NA：永禄5年(1532年)6月、大事件が起きました。自由を謳歌する町・堺を、10万人とも言われる一向一揆が取り囲んだのです。いわゆる天文の錯乱です。この頃、一向一揆は時に暴徒と化し、街を破壊し略奪を働きました。南無阿弥陀仏と唱えるだけで必ず成仏できると信じる人々が、集団催眠にでもかかったように死を恐れることなく、破壊行為を繰り返すのです。堺の町衆たちは恐ろしさのあまりパニックを起こして逃げ惑いました。

◯同・櫓
与四郎：仙熊、見えるか？
仙熊：ああ。なんだあれは？

NA：利休と仙熊は町外れの櫓に登っていました。一揆宗徒の様子を知るためです。

与四郎：子供の骸骨や。戦さで殺されたんやろうか。

NA：骸骨を抱いた女を先頭に、物凄い数の人の群れが、太鼓の音に合わせて近づいて来るのでした。

仙熊：あれは、釣り餌だ。
与四郎：え？
仙熊：宗徒の怒りを誘い群集を操るための道具だ。この一揆、誰かが裏で操っている。
与四郎：そういえば、一向一揆は法華宗と対立している。そして堺幕府は法華宗や。
仙熊：誰かが堺幕府を狙って一揆宗徒を煽っているのか・・。
与四郎：あの怒り狂った人たちが堺の町に雪崩れ込んできたら、とんでもないことになるぞ。
仙熊：それだけは、避けなければ・・。
実休：兄上！
仙熊：実休！どうした？
実休：父上が、お父上が！
仙熊：なに！

◯同・通り
与四郎：仙熊、そこ右。次、左。
仙熊：もっと速く走れ、利休。
与四郎：仙熊、こっちが近道だ。

NA：仙熊と利休は堺幕府のある法華宗顕本寺(けんぽんじ)へと急ぎました。弟・実休の報せによると、間も無く仙熊の父・三好元長と一族家臣80名ほどが自刃するというのです。

◯同・顕本寺
与四郎：これは！
仙熊：父上、父上！

NA：ふたりが駆けつけた時、仙熊の父・三好元長は既に腹に刀を突き立てていました。

元長：仙熊！この恨み必ず・・頼んだぞ。あうっ！
仙熊：父上！

NA：三好一族は次々と切腹して果てました。堺幕府要人たちの首と引き換えに、町の安全を保証するという一向一揆側からの要求を飲んだ結果でした。堺を戦火から守るため、三好一族は反抗せず自刃を選んだのです。これにより堺公方・足利義維を擁立した堺幕府は崩壊したのです。仙熊が看破したように、この10万の一向一揆は操られたものでした。実は堺幕府側の管領職であるはずの細川晴元が、主君である堺公方・足利義維を見限り、さらには力を持ち過ぎた部下である三好元長を追い落とすための謀りごとだったのです。細川晴元は主君と部下を陥れるために、一向一揆宗徒の法華宗徒に対する憎しみを煽ったのです。それがあの女が抱いていた子供の骸骨でした。実に卑劣な手口です。

仙熊：一体誰がこんなことを・・許さない！
与四郎：仙熊・・。

NA：与四郎は仙熊にかける言葉が見つかりませんでした。ただ真っ青に血の気の引いた仙熊の震える睫毛を見つめることしか出来ません。睫毛の先に次々と大粒の涙が溢れては落ちてゆきます。

宗套：仙熊！
仙熊：宗套様！父が、我が一族が！
宗套：元長様や皆のご遺骸はワシがしかと引き受けた。そなたは一刻も速く、堺から脱出するのじゃ。三好の残党狩りが始まる前に。
与四郎：港に天王寺屋さんの船がおる。あれに乗れば三好の本国阿波まであっという間よ。俺、天王寺屋さんへ行って話を通してくるから、仙熊はお母上たちを港へ。
宗套：急げ。
仙熊：利休、すまん。
与四郎：仙熊、きっとまた会おう。
仙熊：ありがとう。

NA：こうして堺衆の機転により、三好仙熊は危機一髪、堺を離れたのでした。

◯海
NA：本国阿波国で体勢を整え直した仙熊は、若干12歳で元服し、再び畿内に戻って戦国武将・三好長慶として名乗りを上げました。そして破竹の連勝を重ね、1542年太平寺の戦いで、ついに父・元長を陥れた仇の一人である木沢長政を討ち果たしました。ただしそれを成し遂げるため三好長慶は最大の仇である細川晴元の家来となる道を選んだのでした。

与四郎：仙熊、いや三好長慶様の仇、細川晴元は子供の骸骨を使って味方を陥れるような卑劣漢や。お父上の仇を討つという大願成就のためとはいえ長慶様が毎日そんな奴に頭を下げて耐えているかと思うと切なくて心が張り裂けそうや。

NA：その間に利休はというと、侘茶の師匠である武野紹鴎に師事し、大徳寺より千宗易という名を貰い、本格的に茶の湯の道を歩み出したのでした。それに先立ち、利休は頭を剃髪した僧形となり、師匠に求道者としての覚悟を示したと伝わっています。

作・演出：岡田寧
出演：
　与四郎⇒伊藤美緒
　仙熊⇒井上あすか
　千利休⇒西東雅敏
　三好元長⇒吉川秀輝
　大林宋套⇒梅崎信一
　ナレーションと実休⇒大川原咲
選曲・効果：ショウ迫
音楽協力：甘茶
スタジオ協力：スタッフ・アネックス
プロデューサー：富山真明
制作：株式会社PitPa