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【台本書き起こし】シーズン4「赤穂事件 内蔵助の流儀」 第2話 山科閑居 ~ 味方に敵あり:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

◯回想・江戸城松の廊下
浅野:このあいだの遺恨、覚えたるか。

出雲N:藩主・浅野内匠頭の刃傷事件によって、御家断絶を余儀なくされた赤穂藩士一同は、筆頭家老・大石内蔵助の意見に従い、四月一九日に赤穂城を明け渡した。城を明け渡す寸前まで『吉良を討つべし』と、いさむ急進派が、内蔵助に詰め寄った。が、内蔵助はあくまでも、お家再興という筋道を主張した。そのうえで内蔵助と生死をともにすると誓った藩士、おおよそ百名が、血判状に名を連ねた。

◯道
出雲N:内匠頭切腹からひと月あまり。赤穂五万石の侍は、あっという間に根無し草の浪人に成り果てた。生まれ故郷に暇乞い、三々五々に落ちていく。

<赤穂事件―内蔵助の流儀 第二話 山科閑居 ~ 味方に敵あり>

◯京・山科・大石仮宅
松之丞:母上、この書物は、どこにしまったらよろしいですか。
りく:これは・・・旦那様の出納帳ですね。内蔵助様ったら、このような大事なものを。旦那様に聞いておくれ。
松之丞:その父上の姿が見つかりませぬ。
りく:いったい内蔵助様は、どこへ行かれたのか。ゆうべ大高源吾様とお話があると出かけたきり・・・。
松之丞:まだお戻りではないのですか?
りく:聞きたいのは、私のほうです。
松之丞:昨日の昼間は、日がな庭へ出て、牡丹の花を丹精していらした。
りく:ええ。私も驚きました。
松之丞:尋ねてもいないのに、牡丹の花の手入れについて丁寧に説明してくださいました。花を愛でるなど、まるで楽隠居の翁です。
りく:ほんになあ。
松之丞:父上は、ここ、山科に越してからというもの、別人になってしまわれたようです。たしかに、これまでも穏やかなお人柄ではありましたが、あのように腑抜けてはいらっしゃらなかった。
りく:これ、松之丞。
松之丞:山科があまりに人里離れた田舎だから、父上は大望をお忘れになってしまわれたのでしょうか。
りく:大望?
松之丞:そうです。殿のご無念を晴らすという大望です。『常の勝敗は現在なり』という教えに照らしあわせれば、毎日の積み重ねこそが、勝利につながるのではないのですか。
りく:松之丞。
松之丞:はい。
りく:お前ももう、前髪を落として元服する年頃ですね。
松之丞:はい!これまで早く父上のような立派な大人になれるように、毎日を生きてきました。自分で言うのも憚られますが、私は、もう充分大人だと思います。

りくのN:昔から、父上が大好きな子でした。腹を痛めた我が子、松之丞は気がつけば私の背を超えていました。

◯京・色街
りくN:同じ頃、旦那様が、京の伏見の撞木町で遊んでいるなど、知るよしもありませんでした。巷では、内蔵助は、郭で遊び呆けて、殿様の仇討ちなど忘れてしまったと噂になっていたようです。その頃から、浅野の殿様と家来たちの受難は、赤穂事件として町衆の目耳を集めていました。内蔵助を始めとした赤穂浪士たちは、いつ吉良を討つのかと、常に好奇の目を向けられていたのです。

◯京・山科・大石仮宅
内蔵助:いま帰った。
りく:まあ、おかえりなさいませ。
内蔵助:足を洗いたい。
りく:ただいま桶をもってまいります。

りくN:ふらりと出かけた旦那様が、山科のわび住まいに戻ったのは、それから二日過ぎた朝のことでした。

松之丞:父上、どこへお出かけになっていたのですか。
内蔵助:ああ、松之丞か。
りく:お御足をお出しください。
内蔵助:ああ。
りく:お疲れさまでございました。
内蔵助:大高源吾と話が弾んでなあ。少し遅くなった。
りく:・・・さようでございますか。
松之丞:とんだ茶番だ。
りく:これ松之丞。
松之丞:父上、どこへ行っていらしたのですか?
内蔵助:だから、大高源吾と・・・。
松之丞:その大高様は、父上がご不在の間に、こちらへおいでになりました。『内蔵助様はご在宅か』とのお尋ねでした。不在だと申しあげると、『それでは郭遊びの噂は本当なのですね』と肩を落とされていました。
内蔵助:なるほど、そうであったか。
松之丞:笑いごとではありません。母上もお気づきでしょう。この酒臭さはなんなのですか?
りく:松之丞、もうそのくらいで。
松之丞:いったいどうなされたのですか、父上は!
内蔵助:そうさなあ・・・京の都はいかにも誘惑が多い。俺も一介の男児だったということだ。
松之丞:父上は、赤穂五万石の筆頭家老であらせられた。赤穂藩士、そしてその家族も含めれば二千人の暮らしを守る立派なお仕事をされていた。
内蔵助:それが、いまやしがない浪人暮らしよ。
松之丞:父上、だからこそ、殿のかたきを討って・・・。
りく:あっ!
松之丞:母上、お怪我はありませんか。桶が顔にあたったのではないですか。
りく:・・・大丈夫です。
松之丞:父上、何をなされる。なぜ桶を蹴った。
内蔵助:湯がぬるい。これでは、足が冷えてしまうわ。
りく:松之丞、いい加減になさい。
松之丞:母上。
内蔵助:もう寝る。
りく:はい。
松之丞:父上!『常の勝敗は現在なり』。
内蔵助:・・・。
松之丞:父上、『常の勝敗は現在なり』という教えはどこへ行ったのです。いまの父上の日常はあまりにも無様です。
内蔵助:松之丞、大きくなったのう。
松之丞:揶揄うのは止めてください。私はもう大人です。
内蔵助:このような父には、失望したであろう。
松之丞:はい。
内蔵助:もはや離縁しかあるまい。
りく:旦那様。
内蔵助:とりあえず、寝る。
りく:松之丞、言いたいことをすべて吐き出して、気がすみましたか。
松之丞:私は・・・。
りく:わかっていますよ。母をかばってくださったのですね。ありがとう。
松之丞:父上は、本気であのようなことを仰せになったのでしょうか。
りく:離縁、ですか。
松之丞:ええ。
りく:・・・あなたの父、大石内蔵助殿は、すでに覚悟をお決めになっているのでしょう。
松之丞:・・・覚悟?

りくN:私には、内蔵助の堕落が本心からとは思えませんでした。離縁は、いざというときに、私や子供たちに類が及ばないための偽装ではないでしょうか。町の衆が、赤穂浪人に注目しているいま、大仕事を成し遂げるために、敵ばかりでなく身内さえも欺くおつもりだったのでしょう。それこそ、これは身内贔屓の見方かもしれません。でも、私には、覚悟を秘めているからこその放蕩、に思えました。少なくとも、これまでの内蔵助は、山鹿素行先生の教えを一日たりとも忘れるような人物ではありませんでした。

松之丞:母上、お願いがあります。
りく:はい。
松之丞:私を元服させてください。一刻も早く大人になって、父上を超えてみせます。

りくN:この年の暮れ、松之丞はついに、前髪を落としました。名も主税と改め、以後、名実ともに大人になったのです。

◯江戸にいたる街道
出雲N:元禄十四年十月、内蔵助は、数名の同士とともに江戸へ向かう。赤穂城開場後、江戸で暮らす赤穂浪士のなかに、急進派がいた。一刻も早く吉良を討ち取るべしと怪気炎を上げる浪士たちは、内匠頭の弟を立てて御家再興を嘆願するという内蔵助のまどろっこしい筋の立て方に腹を立てている。内蔵助は、この急進派を説得し、内匠頭未亡人・瑤泉院に挨拶をするため、江戸へくだった。

◯江戸市中
内蔵助:なるほど、上方には上方の、江戸には江戸の賑わいがある。これは相当なものだなあ。
高田:ご家老。
内蔵助:これはこれは高田殿。迎えに来てくださったのか。

出雲N:高田郡兵衛。赤穂藩江戸屋敷において殿の変事を知り、江戸急進派の最右翼として、たびたび内蔵助に文を送り続けている。

高田:ご家老、私の文はお手元に届いておりますか?
内蔵助:もう家老ではない。気軽に内蔵助とでもお呼びくだされ。
高田:文の内容についてまだお返事をいただいていない。
内蔵助:もちろん拝読しております。ご老人が本所へ移ったという知らせ。朗報ですな。

出雲N:吉良上野介は、この夏、屋敷の移転を命じられていた。江戸城外堀の呉服町から本所へ。江戸城から離れた本所なら、討ち入りがしやすくなる――高田郡兵衛は、これを機に、一気に本所の吉良邸を襲撃すべし、という文を内蔵助に送っていたのである。

高田:して決行の日はいつ?
内蔵助:まあ、待たれよ、高田殿。立ち話もなんだから、ひとまず、お住まいへご案内いただければと思う。
高田:その前にまず返答を。
内蔵助:なぜ刀に手をかける?
高田:返答によっては、抜かざるを得まい。
内蔵助:ふっ。
高田:なぜ笑う、内蔵助。
内蔵助:抜いたな。
高田:抜いたが悪いか。いまの話で笑うところなどひとつもない。不謹慎だ。やはり堕落したという噂は本当だったのだな。
内蔵助:このような市中で物騒なものを出すな。
高田:抜け。侍らしく尋常に勝負しろ。
安兵衛:高田、何をしている。
高田:堀部殿。
安兵衛:あ。ご家老。
内蔵助:良いところにござった。ただ俺はもう家老ではないがな。はっはっはっ。
安兵衛:申し訳ありません。
内蔵助:良い良い。この度は、皆と腹を割って話をするために下向したのだ。おかげで、皆の熱き思いが、良くわかった。
安兵衛:高田、なんてことを。刀をしまえ。おぬしは、どうして短慮で短気で、単細胞なんだ。
高田:・・・。
内蔵助:まあまあ。
高田:御免。

◯江戸・本所林町・堀部の長屋
安兵衛:狭いところですが・・・。
内蔵助:じゃまをする。

出雲N:安兵衛は、わびしい長屋で、内蔵助を精一杯もてなした。

安兵衛:あの者も根は悪いやつではないのです。どうぞお許しを。
内蔵助:わかっておりまする。堀部殿。
安兵衛:率直に申し上げます。江戸の赤穂浪士が仇討ちを急ぐ理由を。
内蔵助:承る。
安兵衛:一刻も早く吉良を討ちたい、暗殺でもいいから吉良を殺してしまいたいという浪士たちの思いは、残念ながら殿への忠義からではありません。
内蔵助:うむ。
安兵衛:お恥ずかしながら・・・生活の、ためです。
内蔵助:さようであろうのう。
安兵衛:殿が切腹をされてから、半年以上が過ぎました。この間、運良く、他家へ仕官がかなったものは、ごくわずか。多くの者たちは、食うや食わずの浪人生活を強いられておりまする。
内蔵助:さもありなん。
安兵衛:城を明け渡すとき、内蔵助様が、藩の金を分け与えてくださり、当分は、それで生計を立てることができました。しかし半年が過ぎ、その金も、そろそろ底をつきます。このまま暮らしに困窮して疲弊するのであれば、ここは赤穂武士らしく、敵の首を上げて、死にたいというのが、本心なのです。
内蔵助:堀部殿、よく打ち明けてくれた。
安兵衛:それでは、仇討ちを・・・。
内蔵助:それでも、俺は、浅野家のお家再興にこだわりたい。それが亡き殿の面目を保つ道だと思うからだ。面目とは、すなわち、殿の恥をそそぐということだ。
安兵衛:はい。私も粥をすすっても、武士の意地は貫きます。
内蔵助:いずれにせよ、この話、預からせてほしい。
安兵衛:かたじけない。

◯江戸、瑤泉院の屋敷
出雲N:数日後、内蔵助は、赤坂今井町で暮らす瑤泉院のもとを訪れた。浅野内匠頭に九歳で嫁いできたあぐりは内匠頭切腹の後、すぐさま髪をおろして名前を瑤泉院と改めた。内蔵助は、刃傷事件以来初めて瑤泉院にお目見えすることになった。

内蔵助:たいへんご無沙汰しております。あぐり様、いえ、瑤泉院様には、お変わりなく。
瑤泉院:おおいに変わりましたよ、この半年で。それはあなたも同じことでしょう。内蔵助。
内蔵助:はい。

出雲N:瑤泉院は、自分が嫁いできたときに持参した化粧料およそ三百両を内蔵助にたくした。

内蔵助:お化粧料の儀、まことにかたじけなく。これで旧赤穂藩士たちも、どうにか命をながらえることが叶います。
瑤泉院:なによりじゃ。ところで内蔵助は、京の山科というところで何をして暮らしている。
内蔵助:牡丹など、育てておりまする。夏に大輪の花を咲かせる牡丹でございます。
瑤泉院:それは、良き楽しみを見つけたものよ。
内蔵助:来年の夏は、牡丹の花を見られるでしょうか?そして、その翌年の牡丹は、果たして見ることが叶いましょうや?いまは、弟君・大学様のお家再興の文を公方様にお送りしています。それが叶わなかったときは・・・。
瑤泉院:そのときは・・・。内蔵助は知っていたのか。
内蔵助:何をでございましょう。
瑤泉院:亡き殿が、牡丹の花をたいそうお好きだったことを。
内蔵助:はい。よく存じておりまする。
瑤泉院:やはりそうか。
内蔵助:殿は、よく仰せになっていました。『牡丹の花が開いた様子は、まるで、あぐりが笑っているようだ』と。
瑤泉院:内蔵助、うれしく思います。殿を忘れずにいてくれて。
内蔵助:瑤泉院様、あれ以来、殿のことを思わぬ日は一日たりとてありませぬ。内蔵助は・・・。
瑤泉院:良い。みなまで言うな。

瑤泉院:今日会ったら、渡そうと思っていた。
内蔵助:これは、いったい。
瑤泉院:頭巾じゃ。万が一のときに、内蔵助を守ってくれることでしょう。
内蔵助:ありがたき、しあわせ。

りくN:瑤泉院様がくだされたのは、茶色の縮緬の頭巾でした。内蔵助は牡丹の花で、瑤泉院様は頭巾で、それぞれの秘めたる思いを伝えました。すなわち、いずれ仇討ちを、という決意です。内蔵助が瑤泉院様にお目にかかったのは、この日が生涯最後となりました。けれども内蔵助は、この日のことを決して忘れず、翌年の討ち入りの際、その頭巾をかぶって出陣しました。

◯京・山科・大石仮宅
出雲N:内蔵助が京に戻った頃、堀部安兵衛から火急の文が届いた。それは、吉良上野介が隠居願いを出した、という知らせだった。この年の夏、上野介の屋敷が本所へ鞍替えしたところまではつかんでいたが、隠居届けとは思いもしなかった。家督をゆずり隠居してしまえば、江戸を離れて、雪深い上杉領へ逃げ込むかもしれない。そうなったら、もはや仇討ちは果たせなくなる。

内蔵助:万事、急がねばなるまい。

出雲N:浅野内匠頭が切腹した元禄十四年が、もうすぐ暮れようとしていた。

脚本:齋藤智子
演出:岡田寧
出演:
大石内蔵助:田邉将輝
大石りく:柏谷翔子
竹田出雲:吉川秀輝
大石松之丞改め主税:大内唯
堀部安兵衛:本山勇賢
瑤泉院:小田ひかり
高田郡兵衛:濱嵜凌
選曲・効果:ショウ迫
音楽協力:エィチ・ミックス・ギャラリー、甘茶
スタジオ協力:スタッフ・アネックス
プロデューサー:富山真明
制作:株式会社Pitpa

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