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【台本書き起こし】シーズン4「赤穂事件 内蔵助の流儀」 第1話 内匠頭切腹 ~ 筋道を通す:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

大石りくN:人の一生とはわからないものでございます。山ぶかい豊岡から嫁いできて十五年、この穏やかな海辺の地で生涯を終えるものだとばかり思っておりました。それはもちろん、旦那様も同じことでございましたろう。その証拠に、旦那様は、『俺は昼間の星のようなものだ』と、よく笑っていらっしゃいました。旦那様、大石内蔵助は、国家老という赤穂藩を取り仕切るお役目でありながら、周囲に埋もれて目立たない自分を、冗談めかして昼間の星に例えていたのでございます。そう、あの日が来るまでは・・・。

◯回想・江戸城・松の廊下
出雲N:時は、元禄十四年(一七〇一年)、弥生三月十四日。江戸城・松の廊下では、京都からの来賓をもてなすために多くの大名が行き交っていた。そんななか、五代将軍綱吉の肝入りで催された幕府と朝廷を結ぶ儀式、その重要な接待役を任された赤穂藩五万石藩主・浅野内匠頭長矩が、血相を変えてやってくる。

浅野:吉良上野介義央。このあいだの遺恨、覚えたるか。
梶川:浅野殿、殿中でござる。
浅野:もう一太刀。
梶川:たれか医師を。
浅野:止めるな、武士の情けだ、せめてもう一太刀。
侍:に、刃傷でござる。
梶川:医者じゃ、医者を呼べ。
侍:刃傷でござる。浅野内匠頭、刃傷でござる。

出雲N:江戸城内で、浅野内匠頭が、突然、幕府高官・吉良上野介へ斬りかかった。脇差を抜いた内匠頭は、吉良の額めがけて一気に振り下ろす。脇差の切っ先が、吉良の烏帽子に当たる。吉良の眉間に血が滲む。返り血を浴びた内匠頭は、だが、烏帽子が盾となり、わずかに急所を外したことに気がついた。あわてて背中からもう一太刀浴びせたが、内匠頭自身が抑えつけられた。

◯東海道
駕籠かきA:エッサ。
駕籠かきB:ホイサ。
三平:速く。もっと速く。

◯赤穂城三の丸・大石内蔵助屋敷
三平:御家老様、大石内蔵助様はご在宅か。
りく:ただいま、呼んでまいります。

りくN:門の前で、駕籠からまろび出て、肩で息をしていたのは、江戸の赤穂屋敷で殿様のおそばに仕えていた小姓の萱野三平でした。髪の乱れ、着物の乱れに、ただならぬ気配が漂います。三平は、変事を一刻も速く国元へ伝えるため、江戸からたった四日で赤穂へたどり着いたのです。本来、ひと月はかかる道のりでした。

内蔵助:三平、ひさかたぶりだのう。
三平:御家老様。
内蔵助:いかがした?殿はご健勝か?

りくN:懐かしい国元で、おっとりした内蔵助の顔を見て、緊張の糸が切れたのでしょうか。三平は、あられもなく泣き出しました。

内蔵助:泣いていてはわからぬ。落ち着くのだ。息を、深く吸って。はいて。吸ってはいて。
三平:殿が、江戸城松の廊下で刃傷におよびました。

りくN:今度は、内蔵助が深呼吸をする番でした。その頃、江戸城内では刀の鯉口を三寸抜いただけで、その身は切腹、お家は断絶というのが決まりだったのです。

内蔵助:喧嘩の相手は?
三平:高家御旗本、吉良上野介様。
内蔵助:このたびのお役目でご指導を賜った御方ではないか。
三平:はい。
内蔵助:目上の御方と喧嘩したというのだな?
三平:はい。
内蔵助:して、仕留めたのか?
三平:・・・わかりませぬ。
内蔵助:殿は、ご無事か?
三平:・・・わかりませぬ。
内蔵助:殿も、目上に立ち向かったとは立派なお心意気だ。しかし喧嘩は両成敗であるもの。もし殿が相手を仕留めたのであれば、殿の御身も、もしや・・・。
三平:申し訳ございません。なにもわかりませぬ。取り急ぎ、殿の弟君・大学様より命を受け、国元に第一報をお知らせすべく、江戸より馳せ参じた次第。
内蔵助:ご苦労であった。まず水でも飲んで・・。
三平:ただ・・・。
内蔵助:ただ?
三平:聞いたところによると、殿は、刀を抜き放ち、こう叫んだそうでございます。
内蔵助:うむ。
三平:『このあいだの恨みを晴らすぞ』。
内蔵助:恨みを晴らす・・・?
三平:はい。殿の叫び声は松の廊下に轟いたそうでございます。しかしながら、殿と吉良殿の間にどのような遺恨があったのか、その理由は、たれもわからないのでございます。
内蔵助:恨みを晴らす・・・。

りくN:内蔵助は、もう一度、同じ言葉を繰り返しました。そして、それこそが、内蔵助の仕事になっていくのです。

<赤穂事件―内蔵助の流儀 第一話 内匠頭切腹 ~ 筋道を通す>

◯赤穂城・場内
出雲N:内蔵助は、その日のうちに、赤穂藩士全員を召し出した。そのうち江戸より第二第三の使者が着き、浅野内匠頭の、即日切腹を知らせた。内匠頭の死により、浅野家五万石の取り潰しは決定的となった。にわかには信じがたい知らせに、城内は揺れる。

大野:なんにせよ、松の廊下での喧嘩とは、いかにもまずい。
間:わが殿を悪しざまに申すか。
大野:頭を冷やされよ。わが殿は、朝廷の使者がいる城で刀を抜いたのだ。対面を重んじる上様は、さぞご立腹されたであろう。このうえ上様のご命令に背けば、子々孫々にまで類が及ぶ。ここは、おとなしく赤穂城を明け渡すしかあるまい。
間:生ぬるい。すでに赤穂に隣接する領地の境には兵が詰めかけている。こうなったら城を枕に討ち死しかあるまい。
内蔵助:おのおの方、本当に道はそのふたつしかないのでしょうか。すなわち、城を明け渡すか、あるいは籠城して徹底抗戦するか。
大野:大石殿。悪いことは言わぬ。城は明け渡すがよろしかろう。
間:否、籠城するしか道はありませんぞ、ご家老。
内蔵助:そも、私には解せぬことがあるのです。殿が切腹を仰せつかったということは、殿のかたきである吉良殿は、わが殿が討ち取ったのですか?
大野:それは・・・わからない。まだ江戸表よりの知らせがない。
内蔵助:吉良殿の生死がわからぬうちに、藩の方針を決めてもよいものだろうか。
間:ご家老、悠長にかまえているときではない。すでに他藩の兵が、領内に攻め込んでこようとしているのですぞ。
大野:よいか大石殿。お家が断絶したら、われら赤穂家臣団は、家族を含めれば二千人あまりが、流浪の民となる。一刻も早く手を討たねばなるまい。

りくのN:赤穂城は、さながら嵐に揺れる小舟のような騒ぎとなっていました。けれども、このとき内蔵助の胸中にあったのは・・・。

内蔵助モノローグ:叔父上・・・。

りくN:内蔵助の心にあったのは、内蔵助の大叔父、頼母助でした。実は、我が殿が朝廷からの使者をもてなす饗応役を拝命したのは、こたびが初めてではありません。一度目は、いまから二十年近くも前のことでした。まだ前髪が取れたばかりの幼い殿を補佐したのが、内蔵助の大叔父・頼母助でした。内蔵助にとって頼母助は、家老として、そして男として手本となる人物だったのです。

◯回想・大石内蔵助邸
りくのN:内蔵助は、息子が生まれた頃を思い出していました。

内蔵助:良く聞けよ松之丞、『常の勝敗は現在なり』だぞ。
りく:生まれたばかりの赤子にそのような難しいことを。
内蔵助:この子はやがて、千五百石の家老職を継ぐ大石家の男子だ。心得を教えるのに早すぎるということはない。
りく:さようでございますか。
内蔵助:俺の子どもの頃、えらい兵学の先生が赤穂に来てくださり、殿様以下、藩を上げて先生にご指導いただいた。大叔父の頼母助など先生に心酔して、毎日、野菜をお届けしていたぐらいだ。
りく:頼母助様が。それでは、えらい兵学の先生というのは、山鹿素行先生のことでしょうか?
内蔵助:そうだ。『常の勝敗は現在なり』は、山鹿先生のお言葉だ。もっとも俺は、この山鹿先生のお言葉を、大叔父から聞かされたのだがな。
りく:山鹿先生もおえらい方だったでしょうが、頼母助様も、ご立派な方でしたね。
内蔵助:そうよなあ。浅野家三代の殿様にお仕えなされたのだからなあ。なかでも、いまの殿様が、若干十七歳で饗応役を拝命したときに、陰ながらお支え申したときのことは、いまも語り草だ。殿様より、直々に賜ったお言葉が・・・。
りく:頼母助、そなたがいたからこそ、朝廷の使者をお招きするという大役をつとめることができた。
内蔵助:なんだ。
りく:旦那様から繰り返し聞かされているうちに、すっかり覚えてしまいました。
内蔵助:さようか。
りく:さようでございます。

りくN:私が大石家に嫁いだのは、五代将軍徳川綱吉公が、生類憐れみの令を出された年でした。その翌年、元禄元年に生まれたのが、松之丞でございます。早いもので元禄も今年で十四年、松之丞も、そろそろ元服を迎える年頃となりました。かつて内蔵助の口癖であった『常の勝敗は現在なり』は、すっかり松之丞に受け継がれています。

◯回想明け・赤穂城
内蔵助モノローグ:常の勝敗は現在なり。
大野:大石殿、なにか、おっしゃいましたか?
内蔵助:思い出しました。今この時に何をするかが、全ての勝ち敗けを決めるということを。
大野:なに?
内蔵助:おのおの方、ここは、筋道を正していこうではないか。事実と噂話を切り分けるためにも、まずは吉良殿の生死を明らかにするのだ。我が殿と同じように切腹めされたのか。あるいは、殿に斬り倒されたのか。そこを正しく推し量る必要がある。
大野:いまさら吉良殿の生死がわかったところで、御家断絶は変わるまい。
内蔵助:いいや変わるぞ。わが殿は、弟の大学様を跡取りとして養子に迎えていらっしゃるではないか。だからこそ、大学様を立てて、お家を再興するのが筋であろう。
間:生ぬるいぞ、国家老!
大野:事態は差し迫っているのだ。いまさら筋道などという綺麗事を言っても。
間:刃傷事件を起こした当日に、わが殿に切腹を仰せ付けた上様に、筋など通してなんになる。
内蔵助:筋を通すのは、決して机上の論ではない。いたって現実的なものだ。また、上様のためでもない。ただ、我らのためである。
大野:我らのため?
内蔵助:そうだ我らの願いを叶えるためだ。お家再興を叶えるために、家臣一同、赤穂城の大手門に居並び、そろって切腹をするのだ。われらの首をもって、決死の覚悟をお伝えしようではないか。
一同:・・・。

出雲N:いつもは穏やかな内蔵助の、想像を絶する激しい口調に、藩士たちは静まり返った。

内蔵助:お家再興のために、切腹する。それしか我らの筋道をみせる手立てはない。ともに覚悟のあるものは、この血判状に署名なされよ。

りくN:このときの内蔵助には、悔やみきれない思いがあったように思います。我が殿がはじめて饗応役をまかされたとき、内蔵助の大叔父が補佐をしたにもかかわらず、なぜ自分は、お手伝いしなかったのか。内蔵助は、寝ても覚めても、その思いにとらわれておりました。自分が江戸まで出向いて殿様をお支えすれば、このような事件は起こらなかった――その強烈な慚愧が、内蔵助を突き動かしていたのです。

武士A:ただいま江戸よりまかり越しました。おそれながら申し上げます。
内蔵助:待ちかねたぞ。
武士A:我が殿、浅野内匠頭と斬り結んだ吉良上野介は、眉間に傷を追ったのみで、命の別状はなく、生きております。そればかりか・・・。
間:そればかりか?
武士A:そればかりか、吉良家には、なんらお咎めなしとの由。わが殿様だけが、一方的に即日、切腹を仰せつかったのでございます。

出雲N:喧嘩両成敗という原則にのっとれば、両者、同じ刑罰を与えるのが筋である。にもかかわらず、浅野内匠頭は即日切腹、御家断絶を言い渡されたのに対して、吉良の命に別状はなく、お家にもなんら影響がなかった。この裁きの不当さを指摘された幕府は、松の廊下において、吉良は一切手向かいをしなかったため、この事件を喧嘩とは捉えないと応じた。内匠頭の声に一切耳をかさず、すべての責任を内匠頭ひとりにかぶせたのである。

大野:我が殿は、刃傷の際、『恨みを晴らすぞ』とおっしゃったそうだが、喧嘩の理由はあきらかになったのか。
武士A:いいえ。吉良殿は、黙して語らず。
内蔵助:吉良が語らずなら、もはや、その理由は未来永劫わかりますまい。
大野:困った。
内蔵助:なぜ?
大野:刃傷沙汰になった因果がわからなければ、我が殿と吉良殿、本来は、どちらが正義なのかわからぬ。
間:貴殿、やはりわが殿を疑っておられるのか。
大野:そうではない。理由がわからなければ、お家再興にせよ、なんにせよ、戦いようがないと申しているまでだ。
内蔵助:『恨みを晴らすぞ』、殿はそうおっしゃったのであろう。
大野:いかにも。
内蔵助:であれば、大切なのは、喧嘩の理由ではなく、殿の思いかと存ずる。

りくN:内蔵助にとって、浅野内匠頭長矩様は、八歳年下の殿様でした。内蔵助と同じように幼くしてお父上を亡くされましたが、山鹿素行先生に師事し、大名火消しとしても活躍し、正義感あふれる、りりしい殿様に成長されました。私は、内蔵助が、まるで弟を見るかのような眼差しで殿様を見つめていた日のことを覚えています。内蔵助は、この若き藩主を救えなかったという強い思いから、『殿の無念を晴らす』という大仕事へ挑んでいくことになるのです。

脚本:齋藤智子
演出:岡田寧
出演:
大石内蔵助:田邉将輝
大石りく:柏谷翔子
竹田出雲:吉川秀輝
萱野三平:秋谷柊弥
浅野長矩・武士:平塚蓮
梶川与惣兵衛・間重次郎:望生
大野九郎兵衛:濱嵜凌
駕籠かき:大東英史
選曲・効果:ショウ迫
音楽協力:エィチ・ミックス・ギャラリー、甘茶
スタジオ協力:スタッフ・アネックス
プロデューサー:富山真明
制作:株式会社Pitpa


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