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【台本書き起こし】シーズン1箱館戦争「星の進軍」 最終話 新しき国へ:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

松平N: 箱館総攻撃により、榎本武揚率いる旧徳川幕府軍の敗北は決定的となった。土方歳三の戦死後、弁天台場にたてこもっていた新撰組は降伏。千代岡台場を守っていた中島三郎助と、その二人の息子も戦死した。さらには、五稜郭そのものへも、あの甲鉄が放つアームストロング砲の砲弾が着弾し、数人の死者を出した。榎本が北の大地に夢見た蝦夷共和国は、幻となりつつあった

●1(五稜郭軍議の間)
松平: 降伏勧告か……
榎本: 昨今の形成、海軍は破れ候えども、五稜郭並びに弁天台場奮戦のこと、士道において感服の至りに候えども――。士道において、か……。おっと、戦さ場で笑ってると土方さんに叱られるな
松平: 何処までも戦うか否かの御答え、下され候。戦うのは諦めろ、ということだね。返書はどうする、釜さん
榎本: 降伏はしない
松平: だろうね
榎本: 我が軍には、いまだ弾薬もある。兵糧もある。なにより戦いたいと願う兵たちがいる。皆、薩長に白を上げるといっても聞くまい
松平: じゃあ、返書は
榎本: そうだね。例えば、君臣を辞して、遠く北の大地へ来たりし訳は、先般、再三再四、朝廷へ嘆願致し候通り……えーっと
松平: こんな文章も入れよう。一同、枕を共にして潔く天戮に附し申すべく候。みんなで一緒に死にますって意味さ
松平: 釜さん?
榎本: ああ、ちょっと

松平: それは……
榎本: 万国海律全書。海軍が守らなければならない国際的な法律が書いてある
松平: 釜さんが、オランダ留学から持ち帰った本だね
榎本: そうだ。間違いなく、これからの日本にとって必要な書物さ。戦争にも国際的な法律があって、その法律を破るようなことがあれば、結局は世界の一員としては認められない。これを敵の参謀、黒田に送る
松平: しかし、おぬしはそれを肌身離さず大切にしていたじゃないか
榎本: だからこそ、燃やしたくないんだよ。この本は日本にはこれ一組しかない。これからの日本を作る明治新政府軍にこそ、この本を学んでほしいのだ
松平: ……釜さん
榎本: 笑っておくれ、太郎さん。兵には命を捨てさせるくせに、榎本釜次郎は、本を大事にしている。こんな大将についてくるたあ、皆に恨まれるだろうね
松平: おぬしを恨む者なら、とっくに逃げ出してるさ。に、しても
榎本: しても?
松平: おぬしらしいよ

土方: 榎本さん。やりたいようにやれ。あなたはあなたであり続けるんだ

松平: ……ねえ、釜さん
榎本: うん?
松平: その本はオランダ語で書かれているのだろう?今の日本に、その本を翻訳できるやつが、おぬしの他にいるかねえ
榎本: そういえばそうだねえ

●2(新政府軍陣地)
松平N: それでも、榎本は本を黒田に送った

黒田: 戦の最中に、本の心配とは。榎本はん、おはん、いったいどげなお人じゃ

●3(五稜郭廊下夜)
松平N: その夜、私は榎本が心配で眠れなかった

松平: 君、大塚君だったね
大塚: わっ。松平副総裁。眠れないのですか?
松平: 夜回りご苦労様
大塚: どうかされたんですか?厳しいお顔を、していらっしゃいますけど……
松平: うん。今夜、榎本総裁を見張っていてくれないか。わたしでは、警戒されるだろうから
大塚: は?はい……。承知いたしました
松平: 頼む

大塚: 見張る、っていったい、どういう意味だろう。総裁は……、ああ、お部屋にいらっしゃるのか。
あっ!総裁!おやめください!
榎本: 君は

松平N: 榎本の手から短刀を奪うとき、大塚霍之丞は指に重症を負った

大塚: 痛っ……
榎本: 大塚君!大丈夫か?
大塚: 総裁、なぜ、お腹を召されようなどと。誰か、松平さんっ
松平: 釜さん!やっぱり……。切腹しようとしたね
榎本: ・・気づいていたのか
松平: 当たり前だ、副総裁だぞ、俺は
榎本: すまん。それより大塚君の傷を
松平: 刃を握って、短刀を取り上げてくれたのか。ありがとう。君のおかげで、この馬鹿を救えた
大塚: 恐縮です
松平: 早く、手当てを
大塚: はい
松平: 釜さん。深くは訊かない。だがひとつだけ言わせてくれ。あんたが消えれば、この国も終わる
榎本: 国…
松平: 蝦夷共和国。おぬしが描いた夢の国さ
榎本: 共和国の夢なんて……とっくに……
松平: いいや、違う。ここにはある。おれの胸に、生き残っている皆の心に、そして死んでいった者たちの魂に、蝦夷共和国はある。だがおぬしが死ねば、すべては消える。どうだ。それでも死ぬのかい。それで、この蝦夷地以外に、逆臣の汚名を着せられた兵士たちの魂は、いったい何処へ帰ればいいんだ!

土方: 何のために死ぬかという答えだが
榎本: あ、ああ
土方: 俺たち新撰組も蝦夷共和国の一員になれるかな
榎本: ・・も、もちろんだ。だってもうなってるじゃないか!
土方: フッ、それが答えさ、釜さん

榎本: 土方さん、皆……すまないっ

松平N: 明治二年五月十八日。箱館戦争は、榎本軍の降伏によって終結した。これはすなわち、幕末という時代の終わりでもあった。これを機にこの国からは、武士と呼ばれた人々もいなくなったのだ

●4(新政府軍陣屋)
松平N: 榎本軍幹部は、亀田村の新政府軍陣屋へ出頭した

黒田: やっと、会えもうしたな。榎本どん
榎本: 黒田さん。万国海律全書は
黒田: 我が子のように、大切にお預かりいたしもうす。いずれこの本は、日本語に翻訳し、天下に公布いたしましょう
榎本: そうですか。安心しました。ありがとう
黒田: ふっ。妙なお方じゃ

松平N: 降伏し、東京と名を変えた江戸へ連行された我々は、辰ノ口糾問所の牢へ入れられた。ここは一緒に入れられた、常敗将軍こと大鳥圭介が設計した牢屋だったんだから、まったく笑えない。我々は皆、死刑になるだろうと覚悟をしていた。榎本さんもおとなしく、法律を尊ぶあの人らしく、沙汰を待っていた

●5(榎本らの処遇を決める会議場)
松平N: 明治五年。我々の処遇を決める会議が開かれた

幹部達: 死刑以外ないだろう
幹部達: その通り
幹部達: 逆臣共め・・
幹部達: 議論の余地なし
黒田: お待ちください
幹部達: 黒田殿
幹部達: 坊主頭だ

松平N: 黒田はその会議場に坊主頭で現れた

黒田: 榎本はこれからの日本に必要な人材でごわんど。おいどんがどれほどの思いで頼んどるか示すため、こん通り、丸坊主になってきもうした。榎本は、自分の命よりも、海律全書なる書物を惜しんだ。知識いうもんがいかに重要か、それを知っとる人材を、殺してはいかん!
幹部達: どういうことです
幹部達: オランダ語の本らしい
幹部達: 国際法だそうだ
幹部達: 榎本の他に読める者はいないんじゃないか

松平N: 黒田清隆の必死の嘆願によって、明治五年一月、捉えられていた旧幕府軍の幹部たちは全員が釈放された

榎本: 太郎さん…。あたしは、生きることになってしまった
松平: そうだねえ。嬉しいよ、釜さん
榎本: ああ・・・・・・。これが、新しい日本の空か・・青いねぇ

松平N: 榎本はその後、黒田の口利きで開拓使となり、ふたたび蝦夷地へ渡ることになった。北海道と呼ばれるこの土地で、榎本は石炭の採掘をする炭田を発見。さらには、特命全権公使としてロシアへ渡る。その後は逓信大臣に外務大臣、農商務大臣を歴任、農業大学まで作った。
他の者たちも、皆、それぞれに立派な道を生きた。
あたし、松平太郎は、榎本の仕事を助けつつも、商売に手を出して失敗ばかり。表舞台に立つことない人生を送った。後悔はないのかと訊かれることもあるけれど、そういうときは、いつも土方さんを思い出す。あの人は、あたしをわかってくれていたのだろう。近藤勇という盟友を当代一の武士にするために生きていた男ならば、強く輝く誰かを支えたいと願う生き方を。
明治三十三年に黒田清隆が死ぬと、榎本は葬儀委員長を務め、その榎本も半年前の明治四十一年、七十三歳で世を去った。
残ったあたしの命も、そろそろ尽きようとしている。あたしは思い出す。あの北の大地に輝いた光。今は歴史の彼方で瞬き続ける、蝦夷共和国の物語。のちの世の人々も、そう、きっと。この光を見るのだろう。最後の武士たちの、魂のきらめきを。


●脚本:日野草
●演出:岡田寧
●出演:
 榎本武揚⇒谷沢龍馬
 土方歳三⇒田邉将輝
 松平太郎⇒西東雅敏
 大塚霍之丞⇒吉川秀輝
 黒田清隆⇒大東英史
●選曲:効果:ショウ迫
●音楽協力:甘茶
●スタジオ協力:スタッフアネックス
●プロデューサー:富山真明
●制作:PitPa(ピトパ)

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