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【台本書き起こし】シーズン2お市の方「戦国一の美女」最終話 美しく死す:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

NA: お市の方と、茶々・初・お江の三人の娘は、柴田勝家とともに、越前国・北ノ庄城に入った。だが、平和な日々は一年と続かなかった。お市の方たちが北ノ庄城に入ってほどない天正十年(一五八三年)十二月二日。羽柴秀吉は、柴田勝家の出城・近江長浜城を攻め落とした。この城は清洲会議の際、羽柴秀吉から柴田勝家に譲られたものだった。十二月初旬は西暦では一月中旬にあたる。近江と越前を結ぶ北国街道は雪で閉ざされる時期である。

●北の庄城本丸・奥座敷
お市の方: 秀吉が、長浜城を攻めたのですかっ!

NA: 長浜城陥落の使者が来たとき、柴田勝家は冬の雪深い北ノ庄城の本丸奥座敷で、お市の方、そして茶々たちとくつろいでいた。

勝家: そのほうらが秀吉に、長浜を開城せし折、長浜の里の者たちの様子はいかがであったか。
使者: 里の者たちは、さしたる混乱もなく羽柴勢を受け入れた模様にございまする。もとを正せば長浜は、羽柴殿が浅井の旧領・今浜の地に開いた里にございまする。
勝家: ならばよい。領主が誰なのかは、われらの都合である。里の者が不安なく受け入れられるのが、いちばんだ。
お市の方: 殿──
茶々: 柴田様は、すこし人が良すぎるのではありませんか。
お市の方: 茶々。
勝家: 大切なのは、誰が国主になるかではない。誰が国主としてふさわしいかだ。
忘れがちだが、戦国の世とは、領民が国主を選ぶことができる世でもある。
領民は、領主に不満があれば、よりよい領主を国主に据えるために動けるのだ。
茶々: つまり柴田様は、領主としては秀吉に劣るとお考えなのですか。
お市の方: 茶々、言葉が過ぎまする。
勝家: よいのだ。茶々の、そういう厳しい物言いは、亡き上様・織田信長公によく似ておる。

お市の方N: 将来、茶々に流れる織田の血が、災いを招かねば良いが・・。

NA: 越前・北ノ庄城は、京都にくらべると気温はいくらか低いが雪が多い。北の海からの雲が木ノ芽峠から栃ノ木峠にかけての稜線を超えられずに雪をおろしてゆく。冬の北ノ庄城からは、南に向かう街道が雪で閉ざされてしまう。羽柴秀吉は、そんな北陸の雪をあざ笑うかのように、次々と美濃や伊勢の敵対勢力を攻めていった。

●北の庄城本丸・奥座敷
NA: 天正十年十二月二十日、羽柴秀吉は岐阜城の織田信孝を攻め落とした。織田信孝は織田信長の三男である。ただし、清洲会議の結果、織田の嫡流からはずされた。これを不満として秀吉への敵対を表明するや否や、秀吉に攻めおとされたのである。年が明けた天正十一年一月、伊勢国の滝川一益が反・秀吉を表明するが、秀吉は伊勢国にせめこんだ。そして長島城、伊勢国府城、伊勢亀山城を次々と攻め落とした。
羽柴秀吉の攻撃のしらせは、次々と北ノ庄城に入ってくる。
お市の方は、おもわず声を荒げた。

お市の方: 羽柴殿は『いくさのない世をつくるために』と言ったのに、これでは約束が違いまする。
勝家: ところがそうとも言い切れぬのだ。
秀吉は血を流すのを嫌う。城を落とすのも、調略と謀略と交渉がほとんどで、力攻めは滅多にやらぬ。あの男は、合戦をやるときも田畑を荒らさぬように心がけている。そこが戦国武将としての弱さだった。
茶々: いかにも柴田様は、秀吉に清洲会議でしてやられました。
お市の方: 茶々、いい加減になさい。殿に対して、無礼が過ぎます。
茶々: 母上、もとをただせば、母上が柴田様に物言いをしたのではありませぬか。
勝家: いかにもそうだ。お市、そなたの負けであろう。
秀吉はもちろん、勝ったあとの領地経営のことを考え、領民の反感を買わぬようにしている。先に領民からの支持を勝ち得ていなければ、こうたやすくは城は落ちぬ。
お市の方: 殿は、違うのですか?
勝家: 残念ながら、違う。力攻めをしたほうが早く片付くのでな。
拙者は、交渉ごとでは羽柴にかなわぬが、合戦となれば、あの者に負けるわけがない。
茶々: 柴田様のような生き方は、美しくはありませぬ。
お市の方: 茶々、いい加減になさい。自分を何様だと思っているのです。
茶々: 茶々様。
勝家: 微笑ましや。
お市の方: そなたの、はっきりした物言いは、つくづく亡き信長公に似ておる。
勝家: まさに。

お市の方N: ここは笑うところではないでしょう。それにしても、なんと裏表のない男なのだろう。美男子だった浅井長政とは、外見が似ても似つかぬので気が付かないが、柴田勝家の裏表のなさと情の厚さが、浅井長政とそっくり。

茶々: 勝家様、いとおしい。と母様のお顔に書いてございます。
お市の方: 茶々、人としての美しさを身につけなさい。
茶々: 嫌です。

NA: これだけをとれば、ただの親子喧嘩のようにもみえる。実際には戦場で多くの血が流れているはずであったが、お市の方たちに実感が湧こうはずもない。血なまぐさい合戦は、ときとして平和のふりをする。北ノ庄城の見せかけの平和は、長くは続かなかった。

●北の庄城本丸・奥座敷
NA: 北国街道の雪がとけた三月十二日。柴田勝家軍は近江柳ケ瀬に向けて出陣することが決定した。出陣前に柴田勝家は奥座敷に顔を出した。

勝家: こたびの出陣は、すこし長陣となるだろう。秀吉は直接合戦をしかけるのを嫌う。陣地や砦をつくってにらみ合い、相手が疲れるのを待つ男だ。
お市の方: 秀吉は、三木城攻めや鳥取城攻めで、相手を囲んで待っていたとか。
勝家: 城攻めや砦攻めは兵を消耗させる。秀吉が待ち構えているところに突っ込むわけにはゆかぬ。根気が要る。すまぬが、留守をたのむ。
お市の方: どうか、ご無事で──
茶々: なぜ父上が、羽柴と戦わねばならぬのですか!
お市の方: 茶々、やめなさい。
勝家: いや、よいのだ。
初めて拙者を『父』と呼んでくれたな。
茶々: これが父上との最後のお別れになるかも知れませぬゆえ。
勝家: 正直な娘だ。母心は本能だろうが、父心は学習だ。そなたの母御と夫婦になって以降、そなたの父たらんと思うてきた。
茶々: わたくしは、父上を一度たりとも父だと思ったことはありませぬ。
お市の方: 茶々、殿の出陣前に、何を言うのですか!
茶々: 父上、わたくしは、織田の者です。
勝家: ほう。
茶々: 父上こそ、まさに織田を守るにふさわしき方、『父』と呼ぶにふさわしきお方。
父上、あなたは美しい。
勝家: いささか面映ゆい。

お市の方N: なぜ茶々が、兄上・信長公の姿と重なるのか。長政殿の温かい美しさを、なぜ受け継いでいないのだろう。

勝家: いずれにせよ、上に立つ者は、いましめる者がいないと横暴になる。羽柴が横暴にならぬよう釘をさす者が要るのだ。止める者がいなくなると、人は美しくなくなる。
──秀吉を『上に立つ者』と認めるようで、嫌だがな。
お市の方: 殿……どうかご無事で、帰ってきてください。
勝家: 無事かどうかは、まったくわからぬが、約束する。
かならず帰ってくる。

●賤ケ岳の合戦
NA: 柴田勝家は羽柴秀吉に惨敗した。
四月二十一日、一ヶ月あまりの長い膠着状態を経て、柴田勝家と羽柴秀吉は激突した。世にいう賤ヶ岳の戦いである。
柴田勝家軍は交戦している最中、柴田側の後方を守っていた前田利家が突然戦線を離脱した。このため柴田勝家軍は総崩れとなった。前田利家は羽柴秀吉とは、秀吉が雑人、利家が浪人だった時代からの苦楽をともにした友人である。柴田勝家と羽柴秀吉との板挟みになった前田利家の苦悩について見誤った、柴田勝家の判断間違いであった。

●北の庄城・奥座敷
NA: 翌、四月二十二日、わずかな兵をともない、甲冑を泥だらけにして、柴田勝家は北ノ庄城に戻ってきた。

勝家: まさか、秀吉に合戦で負けるとは。
人は、自分の得意なところをくじかれると弱い・・・

お市の方N: このおかたは、こんな表情を見せることがあるのだ。

勝家: どうした? 昨年六月に夫婦となり、閏十二月をはさんでいるので十一ヶ月。そなたがそのように驚いた顔をみせるのは、初めてだが。
お市の方: いえ、殿がいろんなお顔を持っておられるのを、ときどき忘れまする。
勝家: 拙者は『荒武者にて豪胆だが粗野』とよく言われておったからな。和歌を好む姿は、あまり見せたことがない。
お市の方: いいえ。それ以上に、いつも穏やかで、陽気で、陰のないお方です。
殿は、決して弱くはありませぬ。
勝家: 明日には秀吉の軍がこの北ノ庄城を包囲する。それまでにそなたたちを、逃さねばならぬ。
お市の方: どこに逃げろとおっしゃるのですか。いま逃げ出しても、落人狩りに遭うだけでございます。
勝家: いかにも、落人狩りは怖い。合戦の場で討ち死にするならまだしも、だ。明智光秀が山崎の合戦で敗北した際、逃げる最中に落人狩りによって殺されたのは、記憶に新しいことでもあるし・・・
茶々、いかがいたした?
茶々: いいえ、なにも。


●同・表座敷
NA: 翌、四月二十三日、羽柴秀吉の大軍が北ノ庄城を包囲した。その数およそ五万。これに対し、北ノ庄城に残っているのは、八十人ほどであった。柴田勝家が家臣たちに羽柴に降伏する者は遠慮なく申し出るようにと言ったためである。羽柴秀吉軍は総構えを乗り破り、天守閣の土塁近くまで押し寄せてきた。柴田勝家が勝つ要素は、まったくなかった。
そして羽柴秀吉から、降伏勧告の使者が送られてきた。

使者: 柴田勝家の命を助けるのは困難である。だが、お市の方と娘たちは命を助けられる。ゆえに検討されたし。

勝家: 一応、申しておく。羽柴秀吉は、謀略を使って信用ができぬ男だが、人情にはあつい。そなたたちに危害を加えぬと言うのは、信じてよい。
お市の方: お言葉ながら、わたくしは秀吉に裏切られました。
勝家: 羽柴秀吉は、他の戦国武将と決定的に違うことがある。肉親を殺したことがない、ということ、そして、女子供を殺すのを極端に嫌うこと、だ。
戦国武将で、肉親を殺した経験のないほうが少ない。織田信長公は兄に殺されそうになったことがあるし、弟を殺したこともある。お市の亡き夫・浅井長政でさえ、父・久政を追放した。
お市の方: いかにもそのとおりでございますが。
勝家: 羽柴秀吉が、そなたの息子・万福丸を串刺しにしたことを激しく後悔していることは確かだ。信長公に逆らってでも、あれ以後、子供を殺すことがなかった。
お市の方: されど・・・
勝家: 数年前、秀吉の重臣が降伏交渉のために敵の城に入ったとき、信長公はこの重臣が裏切ったと思い、その子息を処刑するように秀吉に命じた。しかし秀吉は信長公の命令には従わず、『処刑した』と虚偽の報告をして、その子息を内緒にかくまった。
秀吉の重臣・黒田官兵衛と、その息子・黒田長政の話である。
ゆえに、案じずともよい。そなたたちの身は、秀吉に任せられる。
お市の方N: 殿とは、別れたくありませぬ。だが秀吉の申し出を断ることは、茶々たちを道連れにしてしまうこと・・
茶々: 母上は、ご自身のために決めたことはあるのですか。織田を離れるときは浅井の父の名前のため。小谷城を出るときは私たちのため。清洲城を出るときは天下の平和のため。
母上、一度ぐらいは、ご自身のために、自分のことをお決めください。
お市の方: そなたは、いつの間に、そのような大人になったのです?
茶々: 生まれたときから。
勝家: ははは。さすがはお茶々様じゃ。
お市: 茶々、忘れるでない。美しくあれ。生きるときも美しく、死すときも美しく。
茶々: はい。母上、わたくしは、茶々は美しい?
お市の方: はい。ただ、冷たい美しさだけではなく──
茶々: 母上、女としての、あたたかい美しさを、わたしたちにお教えください。
お市の方: わかりました。
勝家様
勝家: お市。

NA: お市の方は勝家とともに、城に残ることをきめた。
この日、茶々・初・お江の三姉妹を乗せた輿が北ノ庄城を出て、羽柴秀吉の本陣に迎えられた。

お市の方: 『さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜の 別れを誘ふ ほととぎすかな』
柴田勝家: 『夏の夜の 夢路はかなき 跡の名を 雲井にあげよ 山郭公』

NA: 翌日天正十一年四月二十四日、羽柴軍の総攻撃が始まった。
柴田勝家と、お市の方のふたりは北ノ庄城の天守閣に入り、自害して火を放った。
お市の方三十七歳、柴田勝家六十一歳であった。

お市の方: 茶々、初、お江。私は美しい。

●エピローグ
NA: 長女・茶々はこののち、羽柴秀吉・豊臣秀吉の側室となり、豊臣秀頼を生み、そして大坂の陣で秀頼とともにして自害し、滅亡した。後世にいう、淀君である。
次女・初は京極高次の妻となった。京極高次は若狭小浜八万五千石を与えられ、子孫は讃岐丸亀六万石に転封し、明治にいたる。
三女・お江は二度の結婚を経て三度目に徳川二代将軍・徳川秀忠のもとに嫁ぎ、三代将軍・徳川家光を生んだ。
茶々・初・お江は浅井三姉妹として知られる。

脚本:鈴木輝一郎
演出:岡田 寧
出演:
お市の方:北條真央
豊臣秀吉:吉川秀輝
柴田勝家:野仲イサオ
使者:田邉将輝
ナレーション・茶々:萩原一葉
選曲・効果:ショウ迫
音楽協力:甘茶
スタジオ協力:スタッフ・アネックス
プロデューサー:富山真明
制作:株式会社Pitpa

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