毒親持ちの娘 ショートショート
毒母は、私が話している途中でさえぎって話は聞かないというのはいつもの事だ。
メッセージは、話を聞く程の価値はお前なんかにはないという事。
毒親という言葉ができてこの『話を打ち切る』という行為を言い表す事ができるようになった。
話を打ち切るというのを恒常的に幼い頃からされていると、自分の話には価値がないんだと思ってしまう。
子供の頃に毎日、顔をけなされ続けると自分は醜いのだと思うようになってしまう。
自分の望みを言うのは、何様のつもりなのかと自分で制御してしまう。
出されたものを手を出していいかを悩んでしまう。
『なんてまぁ、図々しい』って思われるのかと。
そんな煮えきらないと、いじめて下さいオーラが出てくるのかもしれない。
私立の学校だったのでいじめに合わなかったのだと思う。
不幸中の幸いだ。
公立だったら、餌食だったろう。
毎日、母親のサンドバッグ、ドアマットだったので 悲惨な状態だった。
大人になって仕事をするようになってから自信のなさはあったが、仕事をすれば認められるという状態にびっくりした。
容姿端麗なんてのは、今は募集時に表だっては上げないが当時はそんなものもあった。
大きな会社の受付嬢に受かっても、自分は醜いと思っていた。
ずいぶんと もったいないことをした。
良いことも悪いことも、毎日が精神上のサバイバルだった。
とびきりのルックスのボーイフレンドは、母親が全てに口を出した。
頬を赤らめたりする母親にゾッとした。
結局、破局した。
「あんたのお母さん、頭おかしいよ」と言われて。
なにがなんでも全て良いものは、娘から奪うつもりで満々だった。
結局、母親が干渉したいと思わない相手は暴力を振るう男だった。
これで、母親も欲しがらないだろうと。
母親が美人ならまだ良いが、それは自称なのも痛い。
痛すぎる。
やっと取り上げたくなる相手ではないその男の身勝手と生死に関わる暴力で、離婚。
それも母親には満足な状況だろうと思った。
毒親なんて、そんな一言で言い表すのは良くないと評する人は本当の毒親を知らないからだ。
呪いに対抗できる、言葉なのに。