基本知識シリーズ第3弾 市場構造🇺🇸
日経新聞に興味深い記事が掲載されていました。
SEC、株式取引ルール改革案 個人の注文条件改善狙う
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN1200Z0S2A211C2000000/
この記事を完璧に理解できれば相当レベルが高いと思います。
この記事には米国の市場構造とそれに密接に関係するHFTの現状が良く見て取れるのでポイントを 3 つに分解して解説していきます。
■ポイント1
『個人投資家の注文を受けた証券会社は、シタデル・セキュリティーズやバーチュ・フィナンシャルなど電子トレーディングに強みを持つマーケットメーカー(値付け業者)に注文を回送するケースが多い。SECによると、個人投資家の注文の 9 割以上が少数のマーケットメーカーに回送されているという。』
米国市場は現在
①4グループに分かれた16の取引所
②34のATSと呼ばれる代替市場(ダークプール)
③市場外取引(OTC)
が執行に利用されてます。
ざっくり市場シェアは
①60% ②10% ③30%
機関投資家は投資銀行SOR経由で①と②で執行
個人投資家はオンライン証券経由で③で執行
何故でしょうか?
★投資銀行はSECや機関投資家からのベストエクセキューション圧力→最新SOR機能への莫大な投資→価格発見機能強化
★オンライン証券は莫大なシステム投資をする余裕がない、かつNBBO(全米最良気配)内での最良執行義務→マーケットメイカー(HFTのMM戦略)を値付け業者として契約→PFOF
投資銀行には 最新のSOR機能が装備されており約定時点での最良気配をNBBO(全米最良気配)をもとにシステム的にミリセカンドレベルで探す機能があります。
一方個人投資家が利用するオンライン証券は機関投資家が利用する最先端テクノロジーと同等な投資が出来ず、そこをMMに委託して顧客に最善の価格を提供しつつ収益を得るという選択肢を進んでいます。
MMはオンライン証券から注文が回送されるとその難易度によってリベートを支払い、そしてNBBO より良い価格で約定します。
オンライン証券は注文を回送する際ここで複数のMMと価格を比較することはなくNBBOより良い価格で約定するという契約のもと非常に限られたMMと取引を行います。
MMはポジション保有リスクを減らしたいので出来る限り大量の注文が欲しいはず。それでもマッチングできない場合は他の取引所などでそのポジションを解消します。
個人投資家の注文は機関投資家の注文と比較して小口の為リスクは少ないですがそれでもポジション解消にHFT戦略で培った高速取引能力が重要です。
■ポイント2
『注文の回送を巡っては、証券会社とマーケットメーカーの間の取引慣行が焦点になっていた。マーケットメーカーは個人投資家の売り注文と買い注文を付け合わせて稼ぐ機会を増やすべく、「ペイメント・フォー・オーダーフロー(PFOF)」と呼ばれるリベートを証券会社に払い、売買注文を集める。』
MMはパートナーであるオンライン証券から注文を独占的に回送してもらうためにリベートを支払う、このスキームが Payment for Order Flow (PFOF)です。
★オンライン証券のメリット
①フローを回送し約定するとリベート
②約定価格は必ずNBBO内
③OTC取引で場口銭安い
④必要以上のシステム投資がいらない
★MMのメリット
①フロー⤴️→マッチング⤴️→スプレッド収益⤴️
★MMのリスク
①マッチングしないポジション保有リスク
★個人投資家のメリット
①手数料安い
②ある程度のNBBOより有利な価格で取引可能
米国のルールでは約定がNBBOの外側になることは禁止されています。しかし仮にNBBOと同じ価格で約定がされるのであれば PFOFでマーケットメイカーと約定する経済的な意味はありません。一方個人投資家は有利な価格で取引出来ることにメリットはありますが、最大限メリットが得られているかわかりません。
本来価格改善金額とリベートの金額でその効果が可視化されるべきです。
2020年RegNMS606改定で証券会社はPFOFでマーケットメイカーから支払われたリベート金額の四半期ごとの開示が求められており、Reg NMS605においてNBBOと約定価格の価格改善効果の開示が求められていることから上記比較が可能になっています。
それによるとリベート金額は価格改善金額の30%前後だということが明らかになっています。
それが適正かどうか?
それこそが今回のポイントかもしれません。
何故リスクを負い且つリベートを支払ってでもHFTはこのビジネスモデルを継続したいのでしょうか?
それは取引ルールの盲点や参加者の強みや弱みを見透かした収益モデルがあるからです。
基本ポイントは4つ
①NBBO算出ルール
②呼値刻み
③オンライン証券の弱み
④米国市場でのMMの強み
①NBBO 算出ルール
NBBO と呼ばれる統合マーケットデータは全証券取引所上場銘柄の最良気配を常時配信しています。ただし配信の対象はラウンドロットに限られています。つまり銘柄によってはマーケットメイカーへ回送するより取引所へ回送する方が価格改善を期待できるにも関わらずマーケットメイカーが価格を提示することが可能になります。
②呼値刻み
現在米国市場は 1セントの呼び値刻みとなっています。例えば株価 100 ドルの銘柄だと1セントは1bpで非常にタイトだが、株価が1ドルの銘柄ならば 1セントは100bpを意味します。タイトなスプレッドだとマーケットメイカーの利ザヤはリベートを支払うと非常に薄いですが、価格が安い銘柄に関しては非常に収益性が高いスプレッドが得られます。
③オンライン証券の弱み
オンライン証券は少数HFTとしかMM契約しないので取引価格に競争原理が働きにくいです。本来他市場へも回送できればさらに良い価格で執行できるかもしれませんが、それをしていないようです。
④米国市場でのMMの強み
以前マーケットメイカーと呼ばれていたNYSEのフロアートレーダーは証券会社からHFT業者(シタデル、バーチュ、GTS)に代わっています。彼らはDMMと呼ばれ以前のような情報の優位性ではなく同じ価格同じ指値であれば時間優先より優先的に約定されるというルールがあります。これによりHFT 戦略においても有利に売買可能になっています。
■ポイント3
『SEC は PFOF の全面禁止も一時模索したとされるが、ネット証券などからの猛反発を受けて方針を転換。代わりに個人投資家の注文条件の改善につながりうる今回の施策を打ち出した。ただ、今回の規制案でもマーケットメーカーの利益は減るため、反発の声は強そうだ。』
ポイント2で説明した通りマーケットメイカーからみるとリベートを支払う代わりに得られる独占的な個人投資家からのオーダーフローはビジネス的に収益性の高いものです。
今回取引ルール改定案で個人投資家に本来得られる価格改善機会を提供し利益を還元するため、オンライン証券の注文SOR化価格競争力強化、PFOFを減らす事、呼値刻みの弾力化を盛り込んだ、つまりMMの利益を減らす方向に話を進めて個人投資家に還元→証券やHFTは全力反対しています。
それ以外にも例えば NBBO と取引所が発信する価格データ、取引が個人投資家にとって有利な価格で取引がされていることを確認するサーベイランスシステムの問題など実現に向けて超えないといけない山は多いです。
ただ個人投資家が本来得られるべき価格改善を得られるための議論は既にスタートしています。
今回の記事だけでなく例えば呼び値の刻みに関しても議論がすでに進んでおり今後の米国市場構造改革を含めたニュースフローには注目しています。
ここまで書きましたが米オンライン証券が個人投資家から手数料ではなくそのオーダーフローで収益を上げるビジネスモデルの一旦が見えたのではないでしょうか?
PFOFでは証券とHFTが個人投資家の本来享受できる利益を搾取しているように見えてしまいますよね。
日本にも手数料ゼロにすると発表した証券ありましたし💦次回は日本の現状について書きたいと思います。