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僕の国語力が上達した話。

どうもピルクルです。


来年には必ず一つ物語を書き上げて新人賞に応募するって決めたのでネタはどうするか?なんて考えたりもします。


他の方のnoteを拝読させてもらったりもします。

で、こう思うんすよ。

「皆さん、文章書くの上手いな」って。


多少は自分の文章力には自信がございました。
noteやるまではね。

でもnote始めてからみんな上手でね、皆さんいっぱいスキのハートマーク押されてんの見ると僕の文章が受け入れてもらえてないんだなと思う。


好きだから文章書くのはやめませんし、このままの方向性で行こうとも思うし、
一部の知的でマニアックな読者の方々に支持されていればイイとも思ってます。


で、こんな僕なんですが、当たり前ですが文系の人間です。

ちなみに文学部でした。

学生時代の僕

でもホントはね、航空関連の研究職か自衛隊員になりたかったんです。


数学と理科(物理・化学)が全く出来ず、英語は最初から理解できず諦めてたから理系の学校には行けなかった過去があります。

ちなみに社会科全般だけなら東大行けてると豪語できます。

あと国語も好きになってから成績は良かったんです。


で、何で国語が良くなったか。

文章を書くことが苦痛じゃなくなり、文章全体が読めるようになったから。

それから面白いと思うようになって好きな教科になりました。


面白いと思う分野だと成績も物凄く向上するのにね。

仕事だって一緒ですね。


今日は文章力が付く出来事が中学時代に合ったのでお話ししたい。

これを読んでる国語が苦手な方は実践すれば確実に国語の成績は伸びます。

これは保証する。




中学時代、陰鬱な思春期を過ごしていた僕はクラスメートの女子にも相手にされず、

家では親から彼女でも作れと茶化され、

このまま一生彼女なんて出来ないんじゃないだろうか?なんて本気で思っていました。


バスケ部に在籍し女子とも会話はするものの、そこからの発展は見込めず、

女子バスケ部の女の子を思い出しながら『熱烈投稿』を片手にシコるしかない毎日。

小型で隠しやすいエロ本でした。

そんなある日、毎月購読していた『月刊バスケットボール』にて一縷の望みを見つけます。


それは文通相手募集のコーナー。

当時は個人情報の規制も無く、普通に住所が掲載されていたんです。

でも掲載されているのはバスケ女子との文通を楽しみたい野郎ばかり。
ホント、クソ野郎ばっかりだな。

女性は居るものの、大人の方ばっかりだったので万が一のワンチャン童貞喪失まで行った際に大人に筆おろしされるのもなぁ、と思い却下。


いつか同世代のバスケ女子が募集欄に掲載されることを願って毎月楽しみにしていました。


忘れもしません、待つこと8か月。
ついに募集欄に同世代の女の子からの募集の掲載が。9月号だった覚えがあります。

「バスケ部を引退したものの、バスケが好きなのでいろいろお話しできる文通相手を探しています。(長野県・中3・A子)」


ついに来た。待ってろ。

じいちゃんにハガキをくれってお願いし、季節を過ぎた暑中見舞いのハガキをもらいました。


ハガキが季節を過ぎても俺の心は常夏のままだ!と訳わからん情熱と隠し切れない性欲で僕はこう書きました。

「A子さん、初めまして。

月刊バスケットボールの文通欄の応募を見てお手紙書きました。三重県在住の同じ中3です。

僕も引退してもやっぱりバスケが好きです。お互いに違う県に住んでますけど良かったら文通しませんか。

決して変な人ではありません」

的な事を書きました。


最後の「決して変な人ではない」って何で書いてしまったんだろうか。

ポスト投函してからすごく後悔しました。

あと、こういう時はハガキではなく便せんに封筒で送るもんなんですね。


絶対返事来ないやん、失敗した。


一か月経っても当然返事は来ずに、友達にも言えず自分の黒歴史としてそっとしておこうと思いました。


ところが寒くなったある日、家に帰ると婆ちゃんから

「長野県の女の子から手紙来とるで。なんや?ラブレターか?」

と。
婆ちゃんから手紙を受け取り自室にこもって手紙を観ます。

長野県だけど送ったA子ちゃんではない。え?誰?

怖さ半分で封筒を開けると香ちゃんという女性からの手紙でこう書かれていました。

「ピルクル君、初めまして。

突然のお手紙ごめんなさい。私はA子の友達で香と言います。

実はあの応募のあとに全国から大量の募集の手紙が来ました。
それでクラスの女子で文通をしたい子をA子が探していて私がピルクル君が良いと思い手紙を書きました。

バスケ部じゃなく、テニス部だけど良かったら私と文通しませんか?」


そりゃもう、しますよ文通。イエスですよ。
ああ、違う学校の女子にピルクル君て呼ばれたよ、嬉しい。

こんなに嬉しい事は無い。女の子と接触できた。


その後僕は香ちゃんに急いで手紙を書きます。
そして夜にはまだ見ぬ香ちゃんでシコった事は言うまでもないですね。

この返事で何気に「香ちゃん」と呼んだのも嬉しかった。

女の子の名前を呼ぶことが初めてだったんですね。

これって僕にとってはファーストキスや童貞喪失や初風俗と同じくらい大きな出来事でした。


初めて便箋セットを買い手紙を書く、そうすると1週間後には香ちゃんから手紙が届く、

お互いに便箋だいたい3枚くらい書いてました。


学校の事、クラスメートの事、好きな人の事とか、それに加えて中二病真っただ中だったので僕は訳わからんポエムじみた言葉を書いて送ってました。


そんなポエムも受け止めてくれる香ちゃんは必ずすぐに返事をくれるんです。
季節によっていろいろな封筒と便箋で。それも楽しみでした。

良く考えりゃこの香ちゃんの性格が良かったからねじ曲がった僕を受け止めてくれたんでしょうね。


この文通のやり取り、実は高校卒業してから半年くらいまで続いたんです。
約4年間。長いですよね。

毎回便箋3枚以上は書いてました。


で、実は高1で一回会ってます。

何もしなかったというより出来なかった。

くぅぅ、今考えりゃチューできるチャンスはあったのに。


高3になるとお互いの進路や将来の夢なんかぶつけあって、語り合って、お互いに異性とセックスしたことない悩みなんかも話したりしてました。

高3で会ってりゃセックスしていたのかも知れない。


高3の段階でも文通を続けていたのは僕らだけ。

香ちゃんに手紙で言われたのが、

「あの応募の時にハガキで応募してきたのピルクル君だけだったよ。

あと自分は変な人じゃないって書いたでしょ?

あれがみんなに受けててピルクル君と文通するの争奪戦になったの」


一人だけ浮いてたんですね。変な人じゃん、俺。

でも長い間僕とやり取りしてくれててホントにありがたかった。

香ちゃんには心から感謝してます。


そう、文通が毎週の習慣とするくらいから何故か国語の成績が上昇し、文章書くのが好きになったんです。


香ちゃんに少しでもこの卑屈な僕を分かってほしいって気持ちで一生懸命に書いたのが学業に繋がるとは思わなかったです。

あと、性欲ですね。


なので、国語が苦手な人、性欲を心に秘めて文通をしましょう。スマホじゃダメです。

手紙を考えて毎週書いていれば文章力と国語力は付きます。


ちなみに派生して付いた能力としては、基本的に女性にマメになりました。


手紙もメールもLINEも電話も。


なので淋しがらせませんよ、世の女性方。

どうですかね、僕と文通するってのは?

お待ちしていますよ。




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