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サクッとかじれるショートショート

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自作のショートショート小説集。コメディ寄りです。
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#ショートストーリー

命乞いする蜘蛛と画家と妻

飲み仲間の平太郎に「金が入ったので高い酒をごちそうしてやろう」と誘われ、「はい喜んで!」とやつの住む長屋に向かう。 描いた浮世絵が売れたらしい。お前画家だったのか。 知り合ってからかなり経つが、酒を飲んでいる姿か部屋の隅に住み着いた蜘蛛に話しかけている姿しか見たことがない。 ただの無職の変人だと思っていたのに。いつ絵を描いてたんだ。 そしてそんな変人には美人で若い奥さんもいる。 軽く嫉妬を覚えつつ、いつも奢ってくれる良いやつだしまあいいか、と今日も高い酒を遠慮なくいただく

老舗和菓子屋のクリスマス | ショートショート

「パパ、確認なんだけど」 「なんだい」 「これはクリスマスツリーではない?」 「クリ…スマ…なんだって?これはうちの店の年末用の飾り付けだぞ」 「いやどう見ても立派なクリスマスツリーなのだけど? もみの木にオーナメントが飾り付けられてキラキラしてるし」 「これはあれだ…でかい盆栽に菓子を飾り付けるという新しい販売手法だ。目立つように光らせてな」 「あくまで和のイメージだと言い張るわけね。 見た目の和菓子感ゼロなんだけど…。 あのオーナメントボールのようにたくさんつ

助手席の異世界転生 | ショートショート

その日、田中くん一家は家族旅行からの帰りのドライブ中でした。 パパが運転しながら助手席のママとお話しています。 後部座席の田中くんの隣では妹のみさちゃんが疲れて眠っています。 田中くんもウトウトして眠りそうになっていると、 パパが突然「おい、どうした!!」と叫びました。 びっくりして目を開けると、助手席のママのまわりに光の粒がたくさん浮かんでおり、その数がどんどん増えています。 「ママーッ!!」 光はどんどん強くなっていき、ママの姿が見えなくなりました。 田中くんはあ

お前もゴリラにならないか? | ショートショート

「今お時間ありますか?」 ブラブラしていたら探検家のような格好をした女性に声をかけられた。 近くで無料VR体験会をやっているのでぜひ体験していってほしいという呼び込みだった。何やらその時々の格好に応じて異なる世界を体験できる最新型のVRゲームらしい。 面白そうなので体験してみることにした。 女性に案内されて体験施設に入り、受付で簡単なアンケートを記入する。 隣接する動物園にちなんでか、動物の着ぐるみを着て遊ぶのがおすすめとのことなので、目の前にあったゴリラの着ぐるみを選

10秒で倒す | ショートショート

「10秒で全員倒す」 「ふはは、この10人は精鋭だぞ?10秒後に倒れているのはお前の方ではないか?」 「1」 「一撃でやられないようにせいぜい気をつけ…どこに消えた?!」 「2」 「に、逃げたのか?!いや、どこかに隠れて不意打ちを狙っているはずだ。気をつけろ!」 「3!」 「さ、三人が一度にやられただと?!」 「4!!」 「集合して防御を固めろ!このままでは一人ずつやられていくぞ!」 「5…」 「5人倒されてしまったが、どうやらその技はかなり体に負荷がか

戦国時代の自動操縦(ショートショート)

戦国時代。 戦のために近くの村の働き手の男たちが兵として徴用され、残された村には女性と子供、老人しかいなくなってしまうということがよくありました。 その村も近くで大きな戦があり、男たちは兵として徴用されてしまいました。 戦は激しく、徴用された者のほとんどが帰ってきませんでした。 村には田畑はあっても耕せる者がおらず、このままでは年貢を納めるどころか残った村人が冬を超える分の食料すら確保することができません。 もう別の村に引っ越すしかないかと諦めかけていたある日、高齢の陰

親切な暗殺(ショートショート)

ガシャンッ!! ガラスが割れた音がしたと思ったら首根っこを掴まれて床に引き倒され、背中に誰かが覆いかぶさってきた。 次の瞬間、耳をつんざくような爆発音が起こり、熱風が襲いかかる。 何者かによって執務室に爆弾が投げ込まれたらしい。 今も背中で守ってくれている者がいなければ、気づく間もなく吹き飛んでいただろう。 私を狙ったのであろうこの爆破はT国によるものと思われる。 軍の参謀を担っている私を暗殺することで戦争を短期決着させる目論見だったのだろう。 「このまま死んだ方がこ

ごはん杖(ショートショート)

「ごはんが食べたい…」 遭難してかれこれ2日経った。 4日間かけてのソロ縦走登山。 その1日目に崖を滑り落ちて荷物を失い、足もくじいて動けなくなってしまった。 手元にあるのは水の入ったペットボトル、圏外のスマホとトレッキング用の杖のみ。 空腹で意識が朦朧としてきた中、ふとスマホを見るとメールが届いていた。 今はまた圏外になっているが、一時的に電波がつながったらしい。 メールは自宅で待つ娘からで「ご飯が食べられない状況になったら杖の持ち手を開けてみてね♪」とある。 こち

忍者ラブレター(ショートショート)

「昨日ラブレター届けに行ったんでしょ?どうだった?」 「う~ん、ダメだったわ…。」 仕事帰りにカフェで話す二人の女性。 「試験でやったとおり潜入して机に手紙を置いてみたんだけど、部屋に戻ってきた彼が手紙を見つけた途端に震え上がって読まずに捨てられちゃったわ。」 「急に自分の机の上にラブレターが現れたらそうなるわね。」 「本当にこんな方法が結婚につながるのかしら…」 二人はこの3ヶ月間一緒に受講した婚活セミナーを振り返る。 「幸せは闘って手に入れろ」というアグレッ

最後の数学ダージリン(ショートショート)

父が数学教授で、休日にはよく勉強を教えてもらっていた。 ある日、数学の課題の解き方が分からなくてイライラしていると 「紅茶はリラックス効果があるんだよ」 と父がミルクたっぷりのダージリンティーを淹れてくれた。 生まれて初めて飲む紅茶の香りは確かに心を落ち着かせてくれて、問題を解きやすくなった気がした。 父はそれ以来数学の勉強をするときはいつも紅茶を用意してくれるようになった。 「数学ダージリンをどうぞ」と冗談めかして。 問題が解けるようになると勉強も楽しくなるもので、成

秋の空時計(ショートショート)

「いでよ、時計職人っ!!」 男が叫ぶと床の魔法陣が光り始め、部屋の中が眩しい光で塗りつぶされた。 しばらくして光が収まると、魔法陣の中心に法被姿の男が立ち、その隣には扉がついた1m四方の箱状の装置が鎮座していた。 「…あの、あなたは我らの時計店を救いに来てくださった異世界の時計職人、ということでよろしかったでしょうか?」 魔法陣のまわりを囲む数人の男たちの中から一人が進み出ておそるおそる尋ねる。 この男は時計店の店長で、周りにいるのはその店の職人たちであった。 「$S

緊張(ショートショート)

西岡刑事は頭を捻っていた。 その日、都内に住む家族3人が全員意識を失って倒れているのが見つかり、病院に運ばれた。 通報を受けて駆けつけたものの、3人とも倒れたときの記憶が曖昧で、何が起こったのかがさっぱり見えてこない。 夫の大介はリビングのソファに座った状態で見つかった。 外傷はなし。 最近飼い始めたチワワのペロの元気がなかったので膝に乗せて様子を見ていたところで記憶が途切れている。 妻の聡美はキッチンとリビングの間で倒れており、後頭部に打撲傷あり。 キッチンで夕食の準