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繊細な僕は鈍感なフリをして逃げてしまった。



『ピロリってほんとに鈍いよね』

友達からたまに言われる。意外と僕は違う自分を演じるのが上手いらしい。
申し訳ないが僕は本当は鈍くない。むしろ繊細な方で、会話している相手の心が動いた時は大体感じとれる。人の心に寄り添うのが上手いと心理学部の友達も言ってたから間違いないだろうたぶん。
かなり仲のいい友達にもなるとさすがに気づくが、そこそこ友達ってぐらいの人は僕を鈍感だと思っている。


僕はいつもとぼけたことばかり言う。
繊細なのはいいことばかりじゃないから。


・・・


今日はとある女の子の話をしよう。
なっちゃんという子だ。本当のあだ名はもっといかついあだ名だったが、ここでは少し可愛くさせてもらおう。


なっちゃんとは大学の同期で、同じサークルに入っていた。彼女はサークル員みんなと仲がよかったが、どちらかというと男の方からは少し近寄りがたい姐御肌の女の子だった。

大学2年生の時のこと。
サークルに関するちょっとした話から、なっちゃんとLINEが続くようになった時期があった。
なっちゃんのいろんな部分を知ることができて楽しくて、真剣な話も、くだらない話もたくさんした。その頃は毎日夜遅くまでLINEしていた。

でも僕はその時、別に好きな人がいた。後に3年半付き合うことになる女の子である。

次第になっちゃんから2人きりで遊びに行こうって誘ってくる会話が出てくるようになった。
そこで僕のセンサーが働いた。


もしかしたら。いや、思い過ごしだといいんだけど。



ある日、なっちゃんの家に晩御飯を食べに行くことになった。
僕の家で余ったたまねぎを処理してもらうって話だったのに、家に行くともう料理は出来上がっていた。

『おいしい。』

ホクホクの肉じゃがを頬張りながらつぶやいた。ほんのり甘い、僕好みの味付けに思わず笑みがこぼれる。
それを見たなっちゃんの表情がぱあっと明るくなり、ノリノリでご飯のおかわりをよそってくれた。

ご飯をぺろりと平らげて、2人でバラエティ番組をみた。僕は思いっきりくつろいだ姿勢だったのに、洗い物を終えたなっちゃんは何故か正座で僕の横に座った。

女の子の家にあがりこんでそのままどうのこうのできるほどヤンチャになりきれない僕は、テレビの区切りがいいところで帰ろうとした。


『帰っちゃうの?もうちょっと…あ、あたし散歩行きたいなあ。ピロリは女の子に1人で夜道歩かせないでしょ?』

そう言ってなっちゃんはいたずらっぽく笑った。

『ね?』

くつろいでいた僕の手の上になっちゃんの手が重なる。
なっちゃんの顔が下からぐっと近づく。


感じていたものが確信に変わった瞬間だった。その時のなっちゃんの手の熱さと、ほんのり赤くなったほっぺたを僕はまだ覚えている。

キスしたい。
この子にむちゃくちゃにキスしてやりたい。押し倒してやりたい。そんな思いがむくむくと起き上がる。

自らの衝動をなんとかかんとか抑えて立ち上がり、僕らは結局2人で夜道を散歩した。
断って帰るわけにもいかなかったし、僕自身とにかく風にあたりたかった。
思いがけず温度の上がった身体をクールダウンさせないとおかしくなりそうだった。

となりでなっちゃんは一体どんな表情をしていたのだろう。
散歩できて嬉しかったのだろうか。思ったより冷静にみえる僕に心の中で舌打ちしていただろうか。
街灯の灯りで照らされた彼女の表情は、たぶん笑顔に近いものだったと思う。



その後もたまに2人でご飯を食べに行ったりもしたが、僕が別の子を好きだという噂がサークル内で流れ始めるとなっちゃんは自然と身を引いていってくれた。
今では遊ぶことはほとんどなくなったが、たまに会う機会があれば仲良く話しかけてくれる。

『あの時実はピロリのこと好きだったのに、ピロリ鈍感だから全く気づいてなかったでしょ(笑)。』

ごめんよなっちゃん。絶対に叶わないことで貴重な時間を使わせてしまってごめんよ。


・・・


鈍感ならよかった、と思う。
なっちゃんの好意を知らなければ。なっちゃんが重ねた手の意味に気づかなければ。
相手を悲しませる結果は同じだったとしても、僕自身がこんなに心苦しいことはなかっただろう。

きっとなっちゃんから話を聞いた人は、気になってる人じゃなかったら家に上げないよどんだけ鈍感だよって心の中で僕にツッこんだと思う。

実際は全部わかっていた。
知らなかったんじゃない。知らんぷりをした。
気づいていたけど、見て見ぬフリをした。
確信しても、誤魔化した。
なっちゃんが身を引くのを待ったのだ。僕からきちんと断ってあげる勇気がなかったから。

僕は自分が思っていた以上に悪い男らしい。
こんな残酷なことをしておいて、自分はちゃっかり意中の人と結ばれたのだから。


たくさんのものが詰まったあの肉じゃがより美味しい肉じゃがを、僕はまだ食べていない。



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