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バダブ戦争(10)死闘

ラメンター戦団の破滅(908.M41)

 〈異端審問庁特使〉フレインは、〈分離派〉の一角であるラメンター戦団の移動と配置についての大量のデータからそのパターンを分析した。908.M41までに、ラメンター戦団はすでに多大な損耗を被っていたが、未だ侮りがたい戦力を備えていた。そこで、彼らを〈分離派〉から孤立させ脱落をねらう計画が練られたのである。

 フレインの優秀なスパイ網によって獲得された情報を用いて〈忠誠派〉は、ラメンターが〈総統〉によって南部側面を守る盾として使われており、〈蒼白の星々〉を支配する〈忠誠派〉に立ち向かっているということと、アストラル・クロウ戦団の大部分はバダブ近傍に予備戦力として維持されていることを看破した。バダブ星区南部を守るために出撃をくり返し、〈分離派〉の補給戦団の護衛を担当したことで、ラメンター戦団の戦力は大きく損なわれていたのだった。

 彼らを撃破する任務は悪名高いミノタウロス戦団に任された。そして、ラメンター戦団の戦団要塞旗艦(チャプター・バーク)〈涙の母〉(マーテル・ラクリマールム)の位置が、補給のために野蛮惑星オプテラ軌道上であることが判明。この絶好の機会に、ミノタウロス戦団はただちに強襲部隊を派遣して敵艦を攻撃し、メインドライブを破壊して星系から脱出させないようにした。ラメンター戦団はあらゆる代償を払って戦団要塞旗艦を防衛せざるをえなくなった。というのも、それには戦傷者と貴重な遺伝種子が積載されていたからである。要塞旗艦への攻撃が続く中、ラメンター艦隊の大半がオプテラ星系に急行した。かくして、ミノタウロス戦団との十七時間におよぶ激烈な艦隊戦が起こった。ミノタウロスは甚大な損害を受けたが、やがてその野蛮さと数の優位によってラメンターを圧倒した。ラメンター戦団は散り散りになり、わずかに生き残った者たちも貴重な要塞旗艦の撃沈よりはと降伏を選んだ。

 ラメンター艦隊の大半は撃破されて宇宙を漂流。ミノタウロス戦団はその損害の埋め合わせとして、行動不能に陥ったラメンター艦隊と死者の武装の略奪権を主張した。生き残ったラメンターたちはセーガン第二惑星の夜の側の軌道上をまわる監獄船に収監された。彼らは幽閉の間に発狂したと噂されている。終戦までセーガンの軌道上に閉じ込められたラメンター〈戦の兄弟〉の生き残りはわずかに311名。戦闘中に他の場所に派遣されたラメンターは百人未満と推定されている。壊滅的な損害を受けたラメンター戦団は〈分離派〉の戦列から事実上脱落した。ラメンターの喪失は〈分離派〉にとって多大な兵力減少をもたらすことになった。

オングストローム事変(908.M41)

 908.M41、〈忠誠派〉は惑星オングストロームで進行する事態に対応すべく介入を行った。そしてこれはバダブ戦争の中でも重要な作戦のひとつとなった。

 〈帝国技術局〉の独立主権惑星であるオングストロームは〈渦圏〉東部に位置しており、戦争の間一貫して中立を保って、両陣営の参加要請にも一切応えようとしなかった。いがみあう〈帝国〉諸派閥間の“内紛”に関与する理由は何もないとオングストロームの〈賢人〉は考えていたからである。そのため、オングストロームは平時と同様に業務を遂行した。

 その業務には、三年ごとに惑星系辺縁部で〈帝国〉代表団に、高度な兵器と精錬された鉱物の“成果”を引き渡すという大昔からの契約が含まれていた。〈賢人〉は、〈帝国〉のどの派閥の代理人が受け取りに来ようと一切干渉しないと公言していた。彼らの関心は契約の義務を果たすことだけだった。かつて、この契約に基づいて〈渦の番人〉に重要資源が提供されていたので、〈総統〉のしもべたちが引き続きそれを受け取るのに何の不都合もなかった。

 これに対してレッド・スコーピオンとサラマンダーの両戦団が秘密の攻撃計画を立てた。小規模な精鋭部隊を派遣して破壊工作を行い、〈分離派〉が独立工業惑星オングストロームから“成果”を受け取ることを妨害しようというのである。その結果起こった混乱と破壊の中、オングストローム技術局は自領内での紛争勃発に憤激して、両陣営に攻撃をかけて星系から追い払った。これは〈忠誠派〉の戦略的大勝利となった一方、好戦的なことで悪名高いオングストローム技術局が戦争に関与する理由を与えてしまったのである。

 オングストロームの機械教団は報復としてゲイレンとアイブリスに軍艦と陸軍を派遣したが、〈地球特使〉の調停によってオングストローム技術局への損害賠償が保証されたことで、事態は終息した。慎重を期する総司令官カルブ・クランは予防策としてファイア・ホーク戦団と〈猛禽の王〉機動要塞を追撃艦隊に随伴させて、他の〈忠誠派〉戦団とともに、終戦までの間、星系外縁の通商封鎖を行わせた。

〈忠誠派〉の優位確立(909.M41)

 909.M41までに〈忠誠派〉は〈渦圏〉の〈歪み〉大航路を制圧して、急速な兵力展開を可能とし、反乱を起こした惑星や基地の多くを屈服させた。オングストローム事変の影響は〈総統〉の勢力圏を半減させて〈分離派〉を封じ込め、エンディミオン星団とバダブ星区に分断した。

 予測不能なエグゼキューショナー戦団の兵力だけが〈分離派〉封じ込め区域の外で〈忠誠派〉支配にとって重大な脅威となっていた。これ以降、大きく戦力と艦艇を減らした〈分離派〉は事実上、いくつかの堅く守られた星団の周辺に閉じ込められ、散発的な襲撃作戦の他は、一連の防衛戦を戦うしかなくなった。909.M41の終わりまでに、〈帝国〉の諜報員の間では、〈総統〉の暴力とパラノイアが悪化しており、まだ自分の支配下にある諸惑星への暴虐もひどくなっているという噂が流れている。

 マンティス・ウォリアー戦団は、ファイア・エンジェルとサンズ・オブ・メデューサの連合軍による〈忠誠派〉の制圧作戦に対してゲリラ戦しか手段がなくなっていた。トランキリティー、アイブリス、シガードといった星系で散発的な激戦が戦われた。

 この中で〈忠誠派〉の敗北といえば、ファイア・エンジェルの打撃巡洋艦〈昇る極星〉(ポラリス・ライジング)が、預言者めいた首席ライブラリアンのアハズラ・レドスに率いられたマンティス・ウォリアーに襲撃された事件がある。彼らはプラズマ主反応炉に損傷を与えて撤退し、二隻のオルクの殺戮巡洋艦(キル・クルーザ)の手に任せたのである。ファイア・エンジェルは忌まわしいグリーンスキンどもに最後まで戦い、殺戮巡洋艦の一隻を沈黙させ、残った敵艦から乗り込んできたオルクに立ち向かった。オルクがファイア・エンジェル艦のデッキになだれ込んだとき、マンティス・ウォリアーは大損害を受けていたオルク軍を脇から奇襲して全滅させた。生き残った37名のファイア・エンジェルはシガード第六惑星に座礁して、生き残りの施療師とメド・サーヴァイターの治療を受けた。一方で打ちのめされた〈昇る極星〉はマンティス・ウォリアーに戦果として持ち去られたのである。

 一方で、野蛮なエグゼキューショナー戦団は〈忠誠派〉の警邏部隊と輸送船団にとって悪夢であり続けた。また、彼らは無数の拠点と監視基地も破壊していった。43隻の商船と11隻の軍艦が拿捕されるか撃沈されたのである。ベレロフォンズ・フォールとカイロへの長距離襲撃も実行した。さらに〈渦圏〉南部では荒ぶるミノタウロス戦団に挑戦し、クロウズ・ワールド星系の無大気の衛星ユージールで激しい戦車戦が戦われた。エグゼキューショナー戦団の策源地の位置は〈忠誠派〉には不明のまま推移したため、意のままに襲撃を行い、レッド・スコーピオンとミノタウロスに戦いをしかけることで、〈忠誠派〉の輸送をおびやかし、〈忠誠派〉の戦果を損耗させたのである。

 こういうわけで、909.M41の末頃、〈渦〉の〈分離派〉は大半が封じ込められていたが、戦争自体は終結にはほど遠かったのである。

〈忠誠派〉は、戦争の次の段階は特に血塗られたものになるだろうことを悟っていた。容赦の無い惑星浄化、焦土戦術、惑星を壊滅させる攻略戦の時期になるだろうと。すみやかな勝利を確実なものにするのであれば、そうした作戦の準備と増援には長い時間が必要であった。しかし、総司令官カルブ・クランとその幕僚たちは、攻勢までにあまり長く待つことはできないことを知っていた。というのも、一日延びればそれだけ〈分離派〉が堅く守りを固めて消耗を強いる余裕が増えるからである。クランは、ルフグト・ヒューロンに軍を再建し、作戦を立て、準備をさせてはならないと考えていた。

(続く)

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