見出し画像

幸せはいつも自分の心が決める

カナダ・トロントから日本に本帰国してまだ数日だが、いろいろあってたくさん考えた。その中で母と久しぶりにふたりで話す時間があり、そのとき母に言われたことが心に残ったので、書き留めておこうと思う。

話の流れで私が「子どもが欲しいから結婚したい」と言ったら母に、「そういう風に考えると、もし子どもができなかったときにしんどいよ」と言われた。

「こうありたい」と自分の理想の将来をがっちり具体的に決めてしまったら、”そうならなかった将来”はすべて幸せではなくなってしまう。100通りの将来があるとして、「私の幸せはコレ!」と決めたら、残りの99通りの将来は不幸せになってしまう。

そうじゃないのに。幸せは環境でも形でも条件でもなくて、心、もっと言えば”気持ち”なのに。

私はこれまで長くスポーツをやって来たこともあり、目標とか向かいたい先を常に掲げて、そこに向かって着実に進んでいく日々こそが有意義なのだと考えていた。確かにそういう日々もある。あった。学生時代みたいに、自分の中だけで(もしくは同じ目標に向かっていると認識し合っている仲間内の中だけで)完結する場合は。でもこれからはそうじゃなくなってくる。例えば結婚も出産も、自分だけでは絶対にできないし、特に女はこれからずっとこの話題から逃れられない。どうしても人と比べたり世間の目を気にしたりしてしまう。だから尚更、自分の決めた理想の将来に向かわないと不安になったり焦ったりしてしまう。

何事も起きるときには起きるし、起きないときには起きない。その場その場でベストを尽くす。その方が幸せで居られるのかもしれないな。

起業のためにしていた貯金、もし起業できなくなったとしてもその貯金は無意味ではない。”起業できれば幸せ”は”起業できなかったら不幸せ”になってしまう。そうじゃないのに。”結婚すれば幸せ”は”結婚できなかったら不幸せ”になってしまう。だから婚活で苦しんでいる人がたくさんいるのかもしれない。

”〇〇したい”と”〇〇すれば幸せ”(=〇〇しなかったら不幸せ)を混同しない。夢を叶えることと幸せになることは同じじゃない。全くの別物だ。人は人と関わり合いながら生きているからこそ、幸せはいつも、自分の心が決められる。

それを忘れないで生きていたいな。
柔軟に。寛容に。

ぴろ



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?