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4.二つの仕事
やってみてから考えよう
仕事を複数にするなどどっちもダメになるからやめるべき
なんて言葉は昔よく聞いた。
多分それは、どちらかに偏ればしっかり集中できないからどちらもうまくいかないという事なんだろう。
フォーエバーの仕事ですでに自営として収入を得ていたから
点描曼荼羅を講座にするまではよかったけれど、
法人にするのはさすがに悩んだ。
でも点描曼荼羅の奥義のようなものをつかんでしまった私は、これを知らない人、深さのわからない人に見様見真似で描かれるのは「嫌だ」と思った。
やってみて後から考えよう
私にとってはどちらの仕事も自分で「これをしよう!」と選んだものではなくて
「自分を全うしたい」と考えていた私に向かって
勝手に向こうからやってきた。とか
「これをどうしたらいいの?」と思っていたら
どこかの岸に着岸した。というものだった。
何かになりたくて必死に求めたわけでもない。
けれど、小さな時母親から
飽きっぽくて何をやっても続かないと言われ続けた私は
派遣生活のおかげだと思うのだけれど
私を選んでせっかくやってきてくれた仕事には
生真面目に取り組む人間になっていた。のだと思う。
大切にしてきた言葉
なににでも一生懸命5年取り組めば必ず何かしらの形ができる
これは誰が言ってくれた言葉だったか思い出せないのだけれど
デパ地下でその5年を3クールくらい過ごしそうになって
何やってんだ自分はorgと思ったけれど。
私が大切にしてきたその言葉が私を支えてくれていた。
後、今思い出したもう一つ大切な言葉
仕事は「やめないでほしい」と言われるくらいになってから辞めるもの。
でなければどこに移っても同じ
私はいつもこれを目指していた。
いてもいなくてもいい人間ではいたくなかった。
アロエを飲むお金はアロエが連れてくる。
フォーエバーの仕事は
「神様、私が望む仕事をください」と願ったから私のもとへやってきた。
望みとは「時間の自由」「家にいて仕事がしたい」というものだった。
ネットワークビジネスだなんてネガティブな手垢がついていて、人見知りの自分にとってしたい仕事ではないと思っても、
頼んだ挙句にそれじゃない!と神様に返却することができなかった。
神様はプレゼントをきれいな包装紙に包んでリボンをかけて渡してくれるわけではないことを知っていたから。
(そしてそれは最終的に私にとって最高の感謝をささげられる仕事だった。)
と、わかったようなことを言いながらそれでも逃げようとしている私にこんなシンクロが立て続けになだれ込んできた。
2016/9/20に書いてた「なぜ私はアロエベラジュースに出会ったのか?」という連作から書きぬいてみる。
人生初めてのアロエベラジュースの黄色いボトルは私の誕生日に届きました。望んでいたものではないのになぜだか祝福されているように感じ、奇妙な感覚でした。
今考えるとそれは「ズレ」、
時間や、場、生きる意味合いがひょいと断層を見せたような瞬間
あの時それを迎えたんだなぁと今なら言葉にすることができます。
さて、さすがにマユツバと思ったCちゃんのこの言葉「大丈夫まよさん!アロエを飲むお金はアロエが運んでくるから!」これが現実となります。
届いたアロエベラジュースを冷やしもせずそのまま味見して
私はこう思いました。「わ!太陽の味、日向の味がするわ~♡」
てっきり「すごく苦いもの」と思っていたからでしょうか?
たったお猪口一杯程度のアロエなのに、量に反して、すぅぅっと「全身」に太陽の味が染みこんでいく感覚になり「おいしい」と思いました。
~中略~
でも当時の私は
「何も効果がなかった」「私には不必要」とそう立証したかったんです。
なので一層律儀に、毎日冷蔵庫からボトルを出して、60cc(ひと月2リットルの計算なので)を量り飲み始めて1週間くらいだったと思います。
ドアチャイムがピンポーンとなりました。インターフォンを取ると知らない人です。どんなご用件でしょうか?と尋ねると
「お宅の横の土地を駐車場に貸してもらえないでしょうか?」という話です。今でもその方どこの家の方かわからないのですが、家族が増えて自分の家に停めきれなくなったので、とのことでした。
それまでも10年くらい住んでいますがそんな話は初めてでしたし、うちじゃなくても空き地がたくさんあるんです。ただ、新車を買うので駐車場の証明が欲しいということもあって訪ねていらしたんですね。
そんなわけで、月の駐車場料金を他に合わせて7000円と決めました。
2リットルの定価には追い付きませんでしたが、すごい!アロエ!爆
結局このシンクロは長く私(の購入)を支えてくれました。
ボトルに巻き付くように同封されていた「登録書」。登録しろってこと?
でもまぁ、営業所というのも知った住所だったこともあってこの会社を見に行くいい機会。そう思いました。
営業所は非常に事務的な事務所で、わけのわからない私にとってあっさりとした印象でした。
それと同時くらいに起きたこと。
それが、酒井満さんの講演会での人生を左右するシンクロでした。
やっぱりね~ずっと、こうしたシンクロに導かれているものなんです。
そもそも、Cちゃんからアロエのことで電話が来たとき私はパソコンで野菜を一切食べない父親のために「青汁」を検索していた。
ということもびっくりさせるシンクロだった。
シンクロはまだまだ続く
「宇宙への広告」と書かれていた赤い手帳
つづけて私のブログから「観念してこの仕事をまじめにやってみよう」と思わせたシンクロがこれ。
アロエベラジュースを飲みだして、2週間ほどたったころ
Cちゃんからこんな電話がきました。
「酒井さんってすごいおじさんが札幌で講演をするから絶対行って!」
正直とても嫌だったのですが、大学への通り道にあるホテルだったことと
その午後が珍しく空いていたことから腰をあげました。
きっとギラギラしたおばさんとおじさんが大勢。
そんなイメージだった私は会場で全員「世話好き」な感じのおばさまたちに拍子抜けします。
そしてもっと意外だったのが、ステージに現れたそのおじさんがとても静かに「潜在意識の話」を始めたことです。
当時そういったスピ系の話は私たちも、こそこそとしているような情勢だったので会場いっぱいの年齢の高いおばさまたちがそれを熱心に聞いていることに驚いたのです。
こんなところで、
こんな怪しい話を、
これだけ大勢の
こんなおばさまたちが?
そう思いました。
そう思いながら私は必死で思い出そうとしていることがありました。
それは、講演が始まる前に渡された赤い手帳と
前の席のおばさまたちの会話でした。
「あら~!○○さん素敵な赤ね~そのジャケット!」
「うふふ。私『赤』は一番苦手なんだけどね、今日は赤って思ったのよ~」
その言葉を聞いたとたん私の全身が反応しました。
「!!」なんだったっけそれは、、、
赤、赤、赤、たしかこの言葉は重要な事。
このセリフを私はどこかで聞いた。しかも私にとってとても大切なことだ。
なんだっけなんだっけなんだっけ?私はその疑問を抱えながら講演を聞いていたのです。それくらい思い出せないものでした。
「私、『赤』は一番苦手」
「私、『赤』は一番苦手」
「私、『赤』は一番苦手」
はっ!!!!!あれだ~~~~~!!
30分くらい苦しんで私はようやくそれをひねり出しました。
中野裕弓さんの1DAYセミナーで私はこんなセッションをやりました。
ネイティブアメリカンが使う「トーキングスティック」を向かい合った二人で両端を握りお互いに共通している深層意識まで下がっていって、そこに見えたことを相手に伝える。伝えられたその言葉は「紙に書いて忘れること」と、「忘れるまで」がそのセッションの内容でした。
私は見ず知らずの女性と組み、お互いに静かにその意識の底を見ようとしましたが、うまくできたかはわかりません。わたしはなにかその時に動物に関することが見えてそれを伝えたと思います。
その女性は私にこう言いました。「はっきりしたものは見えないのですが、とてもきれいな、濃いのに透明な赤が見えるんです。」
「すごくきれいな赤です。ごめんなさい、それくらいしかわからなくて」
それで私はこう答えてしまっていました。
「赤ですか~私、赤は一番苦手な色で~、でもわかりました。
この次それに出会ったら必ず手に取りますね」
手に取るって。。。
言っちゃった。
言っちゃった。
言っちゃった。
それにしても「脳」はすごいです。
ちゃんと忘れてるんですから。
そしてちゃんと呼び戻すことができる。
そんなわけで私は手の中の赤い「宇宙への広告」と書かれた手帳を
丸ごとすっぽりと受け入れるしかありませんでした。