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この世界は不思議
原子の大きさを東京ドームに例えると
原子核の大きさはピンポン玉ぐらいで
ほとんど空間だらけ
この話は、きっと聞いた事があると思う。
「そうなんだ~~」
ってぐらいにしか思ってなかった。
でも、ちょっと待って。
なんか遠いところのお話を
聞いているような感じだけど、
よくよく考えてみるとなんか変な感じ。
だって
私たちの体は細胞からできていて、
細胞はたんぱく質などの分子から、
その分子は原子からできている。
ってことは?
原子がスカスカなら、
それらの集まりでできている
私たちの体もスカスカやん!
でも、私はここにいるし
パソコンだって目の前にある!
触れるし、実在している。
でも本当はスカスカなんて
とっても奇妙な感じ。
量子とは、粒子と波の性質をあわせ持った、とても小さな物質やエネルギーの単位のことです。物質を形作っている原子そのものや、原子を形作っているさらに小さな電子・中性子・陽子といったものが代表選手です
そんな量子力学の世界では、
原子(量子)は
粒子になったり波(エネルギー)になったり。
粒子でもなく波でもない何かが
原子(量子)の正体らしい。
そんな物質?から私達はできているのだから
人はエネルギー体だと言われるのも
なんとなく理解できる。
けれども、しっくりこない。
いつも自分は存在していると思っている。
自分は消えたりしない存在。
スカスカだと言われても
密に、ここにあるって思える存在。
粒であったり波であったりすると言われても
いつも粒であるって思える存在。
人はそんな体を持っていると
頑なに信じている。
でも量子力学の世界からわかったことは
私達も粒であったり波であったり
そんな局所実在していない存在、
それがこの世界のすべてだということ
観察していないと存在は波である
というのがこの世界のすべてらしい。
でもやっぱり
見ていなくても(観察していなくても)
この世界の人や物が
実在しているって思ってしまう自分がいる。
アインシュタインじゃないけど
見ていない時も月はちゃんとあるって
信じてしまう。
そんな事を考えたら何が現実なのか、
現実って何を指しているのか、
よくわからなくなる。
ただ一つ確かだと思える事は、
経験したり感じたりできる自分を
私は認識できているってこと
人生での経験、感動や
悲しみの感情というものだけが
このスカスカと思われる肉を脱いだ後も
引き続かれるものなんだろうな。
この物質(肉体)を捨てた後は、
何も持っていけないっていうけれど
人生で経験する
感動や喜び、悲しみや苦しみ
(これは最低限でいいけど…)
それらの感情だけを持って、
私たちはこの三次元の世界を
いつか去るんだろうな。
自分の存在が実在しようが
曖昧だろうが
この世界で味わう
たくさんの感情や感動
それらの経験は
私が認識できる確かなもの
何気ない、いつもの日常も大切な経験。
そう思える自分でありたい。
感情を体験できる自分に感謝しながら
一日一日を大事に過ごしていけたらいいな。
そんな事を考える最近なのです。
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