お助け屋と初恋王子 プロローグ/第一章
プロローグ
「正気ですかい、あんた」
ソーマの呆れた表情に小国の王太子は生真面目な表情で頷いた。
「もう既に手は打ってある。一気に片を付けるつもりだ」
「で、何で俺を? ザイードの方が何かと扱いやすいんじゃねぇですかい?」
「あいつには他にやることがある。それに、どうせ連れて行くなら腕の立つ奴がいい。こっちも命懸けだからな」
「その命懸けの賭けに、あんたの大事なあの男を巻き込むんですかい。ったくよく解らんお人だ、あんたは」
「ああ。俺もよく解らん」
王太子は苦笑すると、小さめのスーツケースの蓋をそっと閉じた。
「ま、俺は面白けりゃそれでいいですがねぇ。そこのベランダにある非常用脱出口から出られます。行くなら今ですぜ」
ソーマはベランダの窓を指差して自分の荷物の入ったDパックを背負う。
「そうだな。そろそろ行こう」
王太子はスーツケースを手にベランダの窓を大きく開け放った。
大使館で王太子が姿を消したと大騒ぎになるまで、あと数時間――。
第一章
【1】
トンネルを抜けたら海が広がっているものと信じていた。
新神戸駅。
見えたのは海ではなく山だった。
「これのどこが港町だ、山ん中じゃねーかっ! ったくよう」
「いや、哲(あきら)さん、山の中というより、坂の上ですね」
「山が壁みたい」
新幹線を降り立ったホームで、東京からやって来た三人は初めての神戸のイメージとのギャップに呆然としていた。
新神戸駅を出て辺りを見回すと、目の前には海が間近に広がっているのが、まるで高台の風景のように見渡せた。
「山と海、近いですね」
「なんだか坂ばっかり」
「東京とは全然違うな」
少なくとも、東京都心部から山はこんなに近くない。
「とにかく予約してもらっているホテルに向かいましょう。目の前にタクシー乗り場がありますし」
「そうだな。その後、婆さんの紹介っつう依頼人のとこ行くぞー」
「了解!」
三人は駅前のタクシー乗り場でタクシーに乗り込むと、三宮のとあるシティーホテルへと向かうのだった。
【お助け屋】のオーナー八月朔日哲(ほずみ あきら)は孤児だった。
幼い頃に両親と死別し施設にいた頃、遠縁だという佐藤陽人(さとう はると)に引き取られた。
陽人はジャーナリストで、ノンフィクション作家でもあり、それなりに知名度もあったらしい。幼い頃はよく解らなかったが、十代に突入した頃、書店で平積みされている養父の本を見付けて、なんとなくそれを悟った。
陽人との思い出はとても穏やかで愛情に満ちたものだった。天涯孤独の身の上の自分を大切に育ててくれていた。だが、その彼も哲が高校を卒業する少し前に、ある事件に巻き込まれて命を落とした。
進学する大学も決まり、これからというときに、哲はまた独りになってしまい、自暴自棄になっているところへ、今度は陽人の知人の神田佳乃が哲の後見人を買って出た。
スナックを経営する傍ら、様々な情報を売り買いする情報屋でもある佳乃は、裏の世界では女帝と呼ばれていたが、情に篤く面倒見の良い女性でもあった。
哲の相続の手続きから新しい住居の手配までしてくれ、哲は無事、大学に入学することが出来たのだった。
元々手先が器用で人懐っこい性格を活かし、大学の卒業後は起業し【お助け屋】という便利屋を始めた。最初は一人で始めた仕事だったが、ネットや口コミで評判は広がり、それにつれて従業員も増えた。小規模ながらも今や立派な一企業だ。慎也と神奈は学生のアルバイトではあるが、哲にとっては家族同然の存在だ。夏休みに入ったということもあり、旅行も兼ねて同行させたのだった。
お助け屋一行はホテルにチェックインすると、荷物を置いてすぐに依頼人の元へと向かった。
依頼人は神戸ではなく芦屋に居を構えており、三人は電車とタクシーを乗り継いでその住所へと向かった。
そこは関西でも屈指の高級住宅街として有名な六麓荘であった。
「なんか、凄いですね。塀が高いというか長いというか」
タクシーの窓から外を眺めながら、慎也は溜め息混じりに呟いた。
「ま、セレブの街だからな、ここは。こりゃ依頼料も期待できそうだぜ」
「面倒な依頼じゃないだろうな」
神奈はミントガムを咥えながら哲を睨む。
「婆さんの知り合いってんなら大丈夫じゃね? ガキ二人を危険な目に遭わせるような依頼、回してくるこたねぇだろ」
「ま、それもそうだな。たとえ厄介なことでもそのときはアキちゃんが何とかしてくれるだろうし」
「おいおい、面倒は全部俺に押し付けるってか。まあ、そのときはそのときってことだな」
哲は神奈の物言いに若干の頭痛を覚え、こめかみを押さえた。
やがて、タクシーは一件の豪邸の前で停まった。
「着きましたね」
「ああ、着いたな」
「着いたね」
三人はタクシーから降りたってその邸を見るなり呆然と立ち尽くした。
英国のマナーハウスを彷彿させる豪邸の門が三人の前に立ちはだかっていた。
「取り敢えず、インターホンを押しますね」
慎也は緊張しながら門の脇に取り付けられたちいさなインターホンのボタンをゆっくりと押した。
ピーンポーン。
ありふれたチャイム音が鳴り響き、スピーカーから老成した男性の声が聞こえてきた。
『はい、どちら様でごさいますか』
「えっと、あのう、神田佳乃さんからのご紹介に預かりました、お助け屋でございますぅ」
哲は緊張しながら名乗った。心なしか少し声が裏返っている。
『お待ち申し上げておりました。どうぞお入りください』
スピーカーの声が穏やかな声音で告げると、目の前の門がゆっくりと開いた。
「自動ドアみたい」
「ドアというか門だけどね」
「そんじゃ、行きますかね」
三人は顔を見合わせると頷き合い、門の中へと歩を進めた。
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