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お助け屋と初恋王子 第六章 前編①

   【1】
 
 
 (スマートフォンってぇやつは本当に便利な機械だぜ)
 
哲は文明の利器ともいうべき小さな箱を操作しながら感嘆の溜め息を漏らした。
 
 自分達の潜伏場所となった三階の部屋ではほぼ雑魚寝状態で、哲以外の面々は持ち込んだ布団に寝転がり、タオルケットを羽織るなどして眠っている。ただし、晃志郎だけは王子ということもあり、ソファの背もたれを倒したソファベッドで眠っている。
 
 哲はローテーブル越しにそっとその寝顔を覗き込む。
 
 その寝顔は穏やかで、まるで子供の頃に戻ったかのようにあどけない。哲はそっとその艶やかな、今はすっかり短くなってしまった黒髪を撫でた。
 
 愛おしいと思う。幼い頃よりもずっと、生々しい感情がもたげるほどに――。
 
 ファミリーレストランにいるとき、哲はスマホの画面を操作して、とある秘密の情報サイトにアクセスしていた。そこでは裏社会の情報が断片的ではあるが流されている。気になる情報をいくつかピックアップして、彼はお助け屋の事務所にメールし、更に詳しい情報を得るため、情報屋集団【SHINOBI】と連絡を取るように指示を出しておいたのだ。
 
 その返事が届いたのは慎也らと合流する少し前。調査内容はミレアナ王国の内情。
 
 時代の流れに合わないと民主化政策を推し進める王太子一派とそれに反対する貴族達との争いは、未だ表には出ていないものの、日々激化しており、このままでは内紛の危険性も考えられる状況であった。
 
 王太子である晃志郎が即位すれば、一気に民主化は進む。それを阻止するには王太子暗殺しかない。今回の各国への訪問はそれを逃れるための口実ではないかということだった。
 
(ま、その通りだったみたいだけどね)
 
現に反対派と組んだ【最後の審判】の襲撃に遭い、神奈が拉致されたのだ。状況としては最悪とはいかないまでも、かなりよろしくない状況であることに違いない。
 
 晃志郎は何故、今頃になって自分に会いに来たのか。ただ初恋の人に会いに来るような男ではないはずだ。昔と変わらない真っ直ぐな目をした、信念を曲げない男だ。そんな男がわざわざ自分を探し出して会いに来た本当の理由。
 
(多分、あいつは疲れたんだろうな)
 
逃げることに……。
 
 暗殺を回避するために世界中を逃げ回る。暗殺の首謀者が見付かるまでとはいえ、下手をすれば長期戦になる。そんなことあの晃志郎が耐えられるはずもない。
 
 逃げるのを止め、一気に片を付ける。その舞台を生まれ故郷の日本に定めた。そして、哲にそれを見届けさせようとしている。
 
(ったく、あいつ、憶えていやがったな……)
 
哲は晃志郎との別れのとき、プロポーズのあとにもう一つ、彼と約束を交わした。それを果たすつもりなのだ、晃志郎は。
 
 それを確認するつもりで、哲は敢えて選択肢のない選択を迫ったのだ。そして、その答えを聞いて確信した。
 
 腹は括った。自分は晃志郎を護る剣になればいい。そのために使えるものはすべて使ってやる。哲はそう心に決めた。
 
(この代償は一生かけてちびちびとたかってやればいい)
 
哲は心の中でほくそ笑む。
 
(だから今は、俺はお助け屋として王太子の依頼した仕事をやり遂げることだけを考える。後のことはそれからだ)
 
哲はタオルケットを羽織ると、明日に備えてソファに横になった。
 
 

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