『銀平町シネマブルース』
脚本・演出 城定秀夫
出演 小出恵介、さとうほなみ、吹越満
https://www.allcinema.net/cinema/385345
タナダユキや今泉力哉とともに、いま一番胸に響く映画を見せてくれる城定秀夫の22年作。 ピンク映画を撮る時の茶化したようなコメディ・スタイルと違い、じっくり腰を据えて撮っている。しかしどれほど悲惨な話でも、やはり一抹の軽みを失わず、どこか楽天的なのがこの人らしい。
どん底まで落ちぶれた若い映画監督が、田舎町の潰れかけの映画館主に拾われ、さまざまな映画マニアと交流するうち立ち直って巣立っていくストーリー。
話自体に新味はないが、館主やらホームレスやら新人女性監督やら、さまざまな登場人物の口を借りて語られる映画愛(たぶん城定監督自身の)が眼目だ。それはあくまで利益度外視の、限りなく純粋な愛である。こういう、ちょっと気恥ずかしい設定を嫌味なく、いたたまれない気分にすることなく見せてくれるのが、城定監督の強みだ。マニアにありがちな、うんちく垂れ流しも巧みに避けている。センスがきわめて洗練されているのだと思う(といっても、涙もろい館主のキャラ設定はちょっと甘すぎるんじゃないかと思うが。許容範囲ではあるけど)。
タナダ監督ら3人の映画に共通するのが、登場する女性に媚びや甘えがなく、きびきびと行動的であることだ(タナダ監督の『マイ・ブロークン・マリコ』では、アイドル系の永野芽郁が知的な行動派女性にあざやかに生まれ変わっていた)。ここでも映画監督の別れた妻で女優の、きわめて魅力的な女性が登場する。愛らしくて魅力的なのではない、精神的に自立していて「女」を武器にしない、サバサバとオトナな女の魅力である。
それをさとうほなみが的確に、もう何もいうことがないほど完璧に演じていて、素晴らしいの一語。夫とは別れても、夢を持つ男に変わらずリスペクトを抱き続けていることをさりげなく表現する。この女優さん、同じ城定監督の『愛なのに』で初めて知ったのだが、そのときも目を見張るほど見事な演技を披露していた。
彼女の登場シーンがまた、きわめて印象的だ。室内シーンの窓の外で、小さな人影が二つ、チラチラと左右に動く。撮影中、誤って入ってしまった一般人かな、とか一瞬、思い、そんなわけないよなと思い直すころ、当の人物がフレーム内に現れ、わずかにおどけたような口調で「わたし、生きてますけど」と言う。とびきりチャーミングで、忘れがたい登場の仕方だ。
この映画はまた、つまらない事件でしくじった小出恵介の復活を告げる記念碑でもある。この俳優、人としてどうかは知らないが(そもそも、そんなことはどうでもいい)、役者としては至宝と呼んでも差し支えないレベルの才能だ。
つまずく前の二枚目的甘さがここでは消え、深みのある陰影が風貌に加わった。序盤の人生を諦めたようなダメ男から次第に生気を取り戻し、ふたたび目に光を宿すまでの心理的変化を自然な演技で表現し尽くす。これは意図した演技というより、体内からおのずと滲み出した表現であろう。小出自身の人生体験がオーバーラップしている、と見るのはあまりに安易な見方かもしれないが。
同じ映画愛を語る映画では最近、内田英治演出の『雨に叫べは』も観たが、そっちは目を覆いたくなるばかりの擦り切れ二番煎じ映画だった。あの『下衆の愛』の内田英治は、どこへ行った?