第7話『怪盗と雪』
参上! 怪盗イタッチ
第7話
『怪盗と雪』
一面を覆う白い世界。普段と変わらないはずの住宅街が、違う世界のように見える。
外を歩けば、足跡ができ、その足跡からどんな動物が通ったのか想像できる。
「イタチさん。必要なものはこれで全部でしたっけ?」
防寒服を着込んだ子猫が、隣を歩くイタチへ話しかける。
「ああ、これで全部だ」
イタチは子猫から木箱を受け取り、足で扉を開ける。中は暖房が効いており、外で冷え切った身体が温まる。
「アン。お前も入れ、外にいると冷えるぞ」
「はい!」
イタチが足で扉を開けているうちに、子猫も室内へと入り込む。
イタチは木箱をカウンター席に一旦置き、奥からカウンターの内側へ移動する。そして木箱をもう一度持ち上げて、カウンターの下に設置した。
「買い出し手伝ってくれてありがとな、アン」
「いえ、私はここで働いて住ませてもらってる身ですから! それにしてもイタチさん、この雪、本当にすごいですね」
「ああ、季節外れだってのにな」
二人は窓から外の景色を見る。一面を白銀に覆い、街の景色は普段とは全くの別物だ。
「なんだか怪しい雪だな……」
イタチが外の景色を見て呟く中、アンは思い出したように今日の予定を話した。
「今日は例の日ですよね。ダッチさんも営業時間終わってから来るって言ってましたよ」
「ああ、ダッチの奴、風邪引いてないよな……」
時刻が進み、日が沈んだ頃。街にある喫茶店の前にコートを羽織ったウサギが現れた。
ウサギは喫茶店の裏にある入り口から入り、二階へと進む。二階に着くと、イタチと子猫がちゃぶ台を囲んで待っていた。
「来たか。ダッチ」
「ダッチさん、今日は遅かったですね、何かあったんですか?」
ウサギの到着に気づき、二人がウサギの方へ目線を向ける。そしてその違和感に気づいた。
「ダッチさん、風邪ひいたんですか?」
子猫が聞くと、ウサギは頷いた。
「お前まさか、喋れないのか……」
ウサギは再び頷いた。
三人でちゃぶ台を囲み、作戦会議を始める。しかし、その前にイタッチはダッチに目線を向ける。
「なぁ大丈夫か? 無理そうなら今回はお前は休んでて良いぞ」
イタッチの言葉にダッチは首を横に振る。
「まぁ大丈夫なら良いが」
ダッチはやる気のようだし、イタッチはちゃぶ台の上に紙を広げた。それは美術館の地図。そしてその地図の右下の方に赤いマジックで印がつけられていた。
「今回潜入するのは、メレメレ美術館にあるベリルナイトという宝石だ。侵入経路はすでに伝えてある通りだ」
イタッチは地図を爪でなぞる。そして二人に経路を改めて伝えた。
「俺とダッチで侵入する。アンはバックアップを頼む!」
「了解です!」
メレメレ美術館を囲うようにパトカーが並ぶ。
「フクロウ警部、全部隊指示通りに配置しました!」
警官服を着た猫がフクロウの警官に敬礼をする。フクロウの警官はネコ刑事に敬礼で返す。
「ご苦労。後はイタッチの到着を待つだけだな」
「そうですね。……今回狙われたのはベリルナイト、今回こそ、イタッチを捕まえて、ベリルナイトを守り切りましょう!!」
「ああ、そうだな」
ネコ刑事は耳をピンと立てて、やる気満々な感じだ。それとは違い、フクロウ警部はなにやら不安げな顔をしている。
「どうしたんですか? フクロウ警部。警部らしくないですよ?」
「なんだろうな、嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感ってフクロウ警部の予感はほとんど当たらないじゃないですか〜」
「そうなんだがな……」
フクロウ警部はパトカーの窓から車内にある書類を取り出した。そこには今回のお宝についての情報が記載されている。
「このお宝。すでに一度、窃盗されそうになっている。しかし、犯人が捕まってないんだ、誰かもわかっていない」
「その前の窃盗犯がイタッチと関係あると?」
「どうだろうな、手口も違うし、事件も20年以上前だ。イタッチの活動する前だからな」
フクロウ警部とネコ刑事が話していると、二人の視線を白い塊が通過する。ゆっくりと落ちていき、地面に落下する。
「雪ですか。また降り始めましたね」
夜の街にまた雪が降り始めた。まだ積もった雪が溶けていないというのに、これ以上雪が降れば、生活にも支障が出そうだ。
とはいえ、
「雪が降ったからイタッチが来ないわけじゃない。引き締めろ、そろそろ時間だ!」
フクロウ警部がそう言って腕時計を確認したと同時に、警部達がいる場所から30メートルほど離れた場所に待機させていたパトカーが爆発した。
「なっ!? なんだ!?」
一斉に爆発したパトカーの方へと視線を向ける。すると、パトカーで封鎖していた道路を車が走ってくる。
天井の空いた迷彩色の車が美術館に向けて突っ込んでくる。車の中には武装した動物達が乗っており、パトカーを吹っ飛ばしたのもその中にいるロケランを持った人物だ。
「イタッチじゃないな。別の窃盗団か、ネコ刑事、警備をかき集めろ!」
「はい!!」
フクロウ警部は警官隊を動かし、襲撃者を迎え撃つ体制を取る。相手は車で突っ込んでくる五人組。武装をしており、どんな武器を持っているかわからない。
「全員、警戒しろ!」
パトカーで道を塞ぎ、さらに盾を持った警官で突っ込んでくる車を塞いだ。これで車が止まれば、完全に包囲できている。
問題はロケットランチャーを持った襲撃者だ。
「フクロウ警部、どうするつもりですか……」
フクロウ警部は拳銃を取り出すと、一発だけ弾を入れる。
「ロケランを無力化する」
フクロウ警部がそう言う中。襲撃者は車をパトカーへとまっすぐ進める。このままではぶつかってしまうが、そうするつもりはないのだろう。
車の中にいる襲撃者の一人が、ロケットランチャーを構えた。
「コイツで道を作ってやるぜェェ」
ロケランが発射される。そしてパトカーを吹き飛ばそうとするが、
「今だ!」
フクロウ警部は発射されたロケランをハンドガンで撃ち抜き、パトカーへ到着する前に爆発させた。
少しは爆風で動いたが、これくらいなら盾としての効力は保てる。
「な、なにぃ!?」
爆炎の中でパトカーが壁となっていることに気づかなかったのだろう。襲撃者の車はパトカーにぶつかり、横転してひっくり返った。
「かくほぉぉ!!」
ネコ刑事が叫ぶと同時に横転したパトカーに警官達が集まる。そして同乗している人物達を捕獲しようとする。しかし、
「な、なんだこれは!?」
「さっきまで人が乗ってたよな……」
そこには溶けた雪だるまが5つ乗っていた。
「外が騒がしいな」
イタッチは通気口を通り抜けて美術館に侵入した。外の騒ぎが聞こえてきて、イタッチは耳をピンと立てる。
イタッチの後ろを通り、同じように通気口を脱出したダッチも耳をピンとした。
「襲撃だとか言ってるな」
鼻声になりながら外の音を聞き分けるダッチ。
「流石だな。お前の耳の良さは」
「まぁな……」
ダッチは腕を組んで自慢げな顔をする。しかし、鼻水が垂れており、カッコいいとは言えない。
「ダッチ。鼻水垂れてるぞ」
「ん、ああ」
イタッチに指摘されて鼻水を拭く。そして二人は美術館の三階にある展示室を目指して進み出した。
イタッチは無線でアンの指示を聞く。
「アン。この先に警備はいるか?」
「はい。いますね。……ちょっと待ってくださいね。迂回すれば、遭遇せずに行けそうです」
「よし、そのルートで指示をしてくれ」
アンの指示を聞きながら、二人は三階へと辿り着いた。
「この扉の先にお宝があるんだな……」
イタッチが扉を開くと、そこは正方形の展示室。そしてその部屋の中央にガラスケースに入れられた紫色の宝石があった。
「あれがベリルナイトか」
イタッチとダッチは警戒しながら近づく。そしてガラスケースの目の前に立った時。
「ザーザー…………イ…………さん……………イタ…………ん」
無線に雑音が混ざり、アンの声がよく聞こえなくなる。
「アン? どうした?」
イタッチが心配する中、ダッチもアンを心配してやっと無線をオンにした。
「ガキ、何があった? おい!!」
しかし、アンの声は聞こえない。二人が周囲を警戒していると、突如、宝石が光り始めた。
「な、なんだ!?」
部屋全体を光が包み込む。そして二人もその光に包み込まれ、一瞬視界が見えなくなる。そしてやっと目の前が見えるようになったが、
「…………」
二人はガラスケースのあった場所を見え、無言で口を大きく開けた。
そこにはお宝があったはず。しかし、お宝の姿はなく、そこには真っ白な毛を持った女の子の兎の姿があった。
「なんだ、お前は……」
ダッチが刀に手をかけた時。その子兎はダッチへ飛びついた。
「ラビオン!!」
子兎はダッチに抱きつくと、そんな名前を呼ぶ顔を擦り付ける。ダッチは敵意がないとわかると、刀を抜くのをやめる。しかし、
「な、なんだぁ!? やめ、やめろ、離れろ!」
ダッチは子兎を両手で優しく遠ざける。
「ラビオン、私のことを忘れたのですか? 私です、ネージュです!!」
「誰がラビオンだ!? 俺はダッチだ!!」
「ラビオン……?」
ネージュはダッチのことをよーく見る。そしてさらに鼻をクンクンさせて、匂いを嗅いでみた。
「確かにラビオンじゃ……ない。え!? 偽物!?」
「誰が偽物だ!! 俺はダッチだ!!」
「……ラビオンじゃない…………ということは、まさか」
ネージュはキョロキョロと周囲を見渡す。そして何か確信したのだろう。腰が抜けたように、ずるりと地面に座り込んだ。
「そんな……」
ショックで動けなくなっているネージュ。そんなネージュにイタッチは折り紙でマントを作ると、マントを被せて温める。
外は雪が降っている、室内とはいえ、その寒さは展示室にも入ってくる。
「ありがとう。イタチの人。……ラビオンの偽物と違ってあなたは優しいのね、名前は?」
ネージュの言葉にダッチは文句ありげだが、ここは大人しく抑える。イタッチはマントを靡かせると、
「俺はイタッチだ。今は怪盗をやっている」
「イタッチさん……。あなた達、泥棒なのね、宝石であった私を盗みにきたということかしら」
ネージュはマントを自身の身体に巻いて、寒さから身を守る。そんな中、ネージュの話を聞いたダッチは目を丸くする。
「宝石だった? なんだそりゃ!?」
ダッチはその現実離れした言葉を理解できずに首を傾げる。しかし、イタッチら似たようなことを経験しているのか、動揺はしなかった。
「んで、ネージュだったな。お前は何者なんだ」
「えぇ、それについてですが。今は答えられないんです。……すみません」
イタッチはやれやれと腕を組む。
「まぁ事情がありそうだしな」
「はい。……それでイタッチさん、あなた方にお願いがあるんです。私を盗み出してほしいんですか」