第35話『ダッチとユキメ』

参上! 怪盗イタッチ

第35話
『ダッチとユキメ』

 ダッチはユキメに呼ばれて、海沿いにある工場地帯にやってきていた。

「どうしたんだ、突然こんなところに呼び出して?」

 ダッチは目の前に立つユキメに問いかける。ユキメは冷たい眼差しでダッチを睨んだ。

「ほんと、ダッチ。あなたはバカね。私を信用して、武器を持たずに来るなんて……」

 普段とは違う低い声。ユキメはそんな声でダッチに近づく。
 お互いの皮膚が触れ合いそうな距離感で、お互いに見つめ合う。

「いや、気づいていたのかしら……。私の正体に」

「…………」

 ユキメは靴底に隠していた拳銃を取り出した。そしてダッチに銃口を向ける。

「私はあなたを始末しにきたヒットマン……。あなたと一緒に過ごしていたのは全て演技、あなたを油断させて、一人になったところをこうして始末するためのね」

 銃口を向けられたダッチだが、抵抗する様子はなく。ユキメの目を見る。

「そうか……本当に俺は馬鹿だったよ。お前のことが好きだった。だが、全て騙されてたなんてな」

「ええ、ほんと、馬鹿よ」

 ユキメの銃口は揺れる。いや、最初からユキメの手は震えていた。それが例え、演技だったとしても──

「……ダッチ、私は…………」

 ユキメの目から涙が溢れる。

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 ──小さな頃から家族を持つのが夢だった。

 幼くして両親を亡くした私を拾ったのは、先生だった。先生は何不自由なく、私を育ててくれて、そして生きる術として、暗殺術を教えてくれた。
 情を捨て、愛を捨て、ただひたすらに仕事を全うするマシーン。最初から分かっていた、先生が私を拾った理由は暗殺の“道具”を作るためだ。

 私も育てられた恩で、それに答えたし、それしか生きる道はなかった。でも、ずっと忘れられずにいたことがある。
 家族と共に過ごした日々──

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 ユキメは銃口を下げる。そして背伸びして、ダッチと目線を合わせる──。

「……ッ」

 ダッチとユキメの唇が触れ合う。一瞬の甘いひと時、だが、それもすぐに終わった。
 ユキメはダッチの身体を押して、突き出した。ダッチの身体が後ろに倒れる中、ユキメの身体を弾丸が通過する。

「ユキメッ!!」

 ユキメはダッチの覆い被さるように倒れ、ダッチはユキメを受け止める。

「ユキメ、大丈夫か!?」

「はぁはぁ、ダッチ……」

 ユキメの身体を赤い液体が流れ、ダッチのコートを赤く染める。
 ダッチはユキメをゆっくりと下ろして、地面に寝かせる。そして弾丸が飛んできた方へと目線をやった。

「……我が教えを破ったな。ユキメよ」

 建物の角からスーツ姿のアニサキスが顔を出す。
 手には拳銃を握り、倒れているユキメを睨んでいる。

「テメェか、撃ったのは……」

 ダッチはアニサキスを睨むが、アニサキスはダッチのことなど見ていない。

「四神のダッチ。奴に接触し始末しろと命令したが、こんな簡単な仕事もできないとは……。お前には失望したぞ」

「…………先生」

「お前のようなゴミなどもういらん。我が四神のダッチを始末する」

 アニサキスはダッチに向けて発砲する。だが、ダッチは転がって弾丸を避けると、ユキメが落とした拳銃を拾い、素早くアニサキスに撃ち返した。

「な……っに!?」

 アニサキスの肩を弾丸が貫通し、ヨロヨロとふらつく。

「四神のダッチめ……」

 アニサキスは工場内へと入り、ダッチから姿を隠した。
 一時的な撤退であるため、すぐにダッチはアニサキスを追いたかったが、その前にダッチは拳銃を置いてユキメの前にしゃがんだ。
 倒れているユキメの手を握ると、

「すぐに戻る」

「ええ、待ってる……よ」

 ユキメと約束をして、ダッチはアニサキスを追うことにした。

 アニサキスを追ってダッチは工場内に突入する。拳銃を構えながら、警戒しながら中を見渡す。
 工場内にはリフトやレーンが並び、様々な機械がダッチを出迎える。サッと見渡したが、アニサキスの姿は見えない。
 だが、出入り口はここしかなく、この工場の中のどこかにアニサキスは隠れているはずだ。

 ダッチは拳銃を両手で握り、姿勢を低くしながら工場の奥へと歩く。
 工場内の小さな物音にも反応し、ダッチは素早く銃口を動かしながら、部屋の中央へと辿り着いた。

「くらえ! ダッチ!!」

 クレーンの後ろから顔を出し、アニサキスが拳銃をダッチに放つ。
 アニサキスに気づいたダッチは、素早くしゃがみ込んで弾丸を躱した。

「そこに隠れてやがったか!!」

 ダッチは拳銃をアニサキスに向けて発砲。
 しかし、アニサキスはクレーンの後ろに隠れて、弾丸から身を隠す。

 そこからはお互いに身を隠し合いながらも、撃ち合いとなる。工場内には障害物が多く、障害物をうまく利用しながら戦う。

 戦闘が長引くかと思われたが、そうはならなかった。

「弾切れか……」

 ダッチの使う拳銃が弾切れを起こした。ユキメが使っていた拳銃を拾っただけであり、予備の弾丸も持っていない。
 ダッチの刀や銃はアパートに置きっぱなしであり、自身の武器を取りに行く余裕もない。

「こうなったら……。やるしかないか」

 ダッチは拳銃を投げ捨てる。そして拳を握りしめた。
 拳銃を捨てた姿が見えたのか、アニサキスはクレーンの裏から身体を出す。

「勝負あったな、ダッチ!!」

 勝ち誇った表情でアニサキスは、ダッチに銃口を向けた。ダッチは姿を現したアニサキスに一直線に走り出す。
 アニサキスは向かってくるダッチに発砲する。

 しかし、ダッチはアニサキスの弾丸をギリギリところで避けてみせる。
 ダッチの身体能力、そして幸運が成した奇跡であった。

「なに!? だがッ!!」

 アニサキスは二発目の弾を放とうとするが、引き金を引いても弾丸が発射されない。

「なに……弾切れ!? この我が球数を間違えただと!?」

 弾切れを起こし、動揺するアニサキス。急いで弾を入れようとするが、焦っているのか、なかなかリロードができない。
 そんなことをしている間にダッチはアニサキスの目の前まで近づき、握りしめた拳で殴りつけた。

 アニサキスの身体は吹っ飛び、地面でバウンドしながら工場内を転がる。殴られたアニサキスはたった一撃で意識を失う。
 そんなアニサキスをダッチは見下ろすと、

「お前のどこが先生だ。生徒に頼り切るから弱くなるんだよ」

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 アニサキスを倒したダッチは、ユキメの元へと戻った。ユキメは赤いじゅうたんの上で横になり、顔は白くなっていた。

「ユキメ、戻ったぞ」

 ダッチはしゃがんで、ユキメの顔を持ち上げる。ユキメは目も開ける力も残っておらず、触られたことでダッチが戻ってきたことを知る。

「おかえり……ダッチ」

「ああ、ただいま」

 ダッチはユキメの手を優しく握る。すると、ユキメも残った力で握り返してくる。

「ダッチ、最後にお願いがあるの」

「なんだ?」

「アンちゃんには私のこと内緒にしてて……」

「ああ、分かった」

「ありがとう……。本当に楽しかった……よ。三人の時間…………」

 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 とある街にイタチの経営する喫茶店があった。そこで手伝いをしている猫の女の子。彼女は休憩時間にパソコンを操作する。
 そしてあるサイトに辿り着く。そのサイトの情報を見て、アンは口を手で覆った。

「ダッチさん、ユキメさん、ごめんなさい」

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