お気に入りの喫茶店

疲れた日、何をやってもうまくいかない日、何もないけどモヤモヤする日、そんな日はいつも電車に乗って、とある喫茶店に行く。

駅から出てすぐの2人くらいしか通れないような細道にある喫茶店。
簡単に見つからなさそうで、そのコーヒーの美味しさと店内の独特な雰囲気により、お店は常に繁盛していた。

よく感情が揺さぶられて泣きたくもない涙や、心労を感じた日には、その喫茶店に行き、一番奥の4人席でコーヒーとケーキセットを頼む。

1人でいる時は必ずイヤホンをつける私が、店内の人々の会話や、外国の伝統的でまぁまぁ大きなBGMを楽しむ。裏路地にあるのに繁盛している、古臭いのに人が集まる、そのアンバランスさを感じられるからこそ、落ち着ける穏やかな空間だった。

その日は、丁度近くで試験があり、その帰りに数ヶ月まともに外出していないし、街をぶらぶらしながらいつもの喫茶店に行くかと意気込む。
しかし、店はいつもの場所になかった。大通りに同じ名前の喫茶店ができていて見なかったことにしていたが、急いでGoogleで調べる。

やはり、歩いて数秒の大通りに移転していた。

店内に入ると、穏やかだが移転する前より開放的な空間で、今までになかった1人用のカウンター席が並び、心がざわつく。
少し焦りながらもじっくりメニューを見て、いつものコーヒーとケーキを頼む。

「あの、裏だったの移転したんですか?」
心臓を早めて聞いた。
「はい、この間に。」
「そうなんですね!前もよかったですけど、新しくなっていい感じですね!」
嘘だ。正直、私は前の店が好みだった。低い天井、賑わった人の熱気、オレンジ色の居心地のいい照明。

コーヒーとケーキは相変わらずの絶品で、一瞬で心を豊かにしてくれた。
それでも私は、イヤホンをつけた。

友人と買ったレコードを見せ合いっこした席、1人でぼーっとしながら眺めていた写真、母と読み漁ったチラシの数々。

もう、あのお気に入りだった喫茶店は、私の中にしかない。

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