"事例でわかるMLOps:機械学習の成果をスケールさせる処方箋"執筆に込めた意図
本記事を執筆している中、重版決定の報を頂きました。書籍の著者の一人としてうれしい限りです。本書は MLOps の技術にとどまらずカルチャーにも踏み込んでいる点、理論だけで実践にも踏み込んでいる点で今までにない書籍になっています。私はカルチャーの実践として AWS が公開している ML Enablement Workshop の 10 社超への提供経験をもとに本書の 9 章である「機械学習プロジェクトの失敗確率 80% を克服するプラクティス」の執筆を担当させていただきました。
書籍の内容については書籍刊行イベントで ( 私含む ) 著者人自らが語らせていただきました。発表資料、また動画いずれもそろっているのでぜひ見ていただければ幸いです。
https://www.youtube.com/watch?v=htFEtB33x7c&t=115s
それではこの記事では何を話すのか ? というと、主に執筆の意図というエモーショナルな側面について少し語ろうかと思います。内容が役立つ、というしょり執筆の姿勢について共感頂けたらぜひ書籍を手に取っていただければ幸いです。
2025 年の崖の下から始まる世代のために、今
執筆中は「 2025 年の崖」と、概ね避けられない「崖の下に落ちる」未来にどう対処するかが頭にありました。 2025 年の崖とは、 2018 年に経済産業省から発行された「 DX レポート」で示された危機シナリオです。このシナリオでは、レガシーシステムに最適化された業務と予算構造が変わらない場合、端的には DX が停滞する場合 2025 年以降最大 12 兆円 / 年 ( 現在の約 3倍 ) の経済損失が生じる可能性があると予測しています。
え、 2025 年って来年じゃん ? と思いますよね ( 本記事を 2025 年以降読まれた方はすでにダイブ中ということになります ) 。執筆開始は 2023 年ぐらいでしたが、その時ももう目前、という感覚がありました。子供が生まれてから「この子が働くころにはどんな社会になっているんだろう」、という漠然とした思考をめぐらすことがしばしばあり、 2025 年の崖に落ちてから十数年、それ以上の期間が過ぎた後と考えるとゾッとする感覚がありました。
2018 年から何もやっていないわけではないのはもちろんです。現時点の状況を示す非常に的確な文章が IPA 発行の DX 白書 2023 の冒頭にあるため引用します。
私は今年、生成 AI の事例を 100 件超収集しており、すくなくとも AWS Japan においては最も生成 AI 事例に詳しい人・・・だと思います。事例を出している企業の共通点は、まさに「組織の文化」でした。
2024 年現在において、デジタル化が進んだというポジティブな側面がある一方、生成 AI という新しいテクノロジーへの適用が海外に比べ遅れていることを考えるとプラマイゼロです ( マイナスが大きいかもしれないが ) 。ここから推察できるのは、技術進化は日本の DX を待ってくれないので、速いピッチで進めないと諸外国に比べ相対的に見た場合の 12 兆 / 年の損失はスライドし続けるということです。「速いピッチ」に必要なのが何か、といえば上記の「顧客起点文化」「小規模なチーム」「頻繁な実験」でありこの基盤となるカルチャーシフトです。
中年は前例を踏襲するな
カルチャーをシフトできるのは少なくとも 30~40 代の世代と思います。私を含めたこの世代が前例を踏襲することなく新しい体制・新しい技術にシフトしていくことが崖を這い上がるのに不可欠です ( これは自戒を込めて自分にも言っています ) 。先に上げた悲観的な情報だけでなく、光明もあります。「生成 AI の事例を 100 件超収集」と述べましたが、この 100 件はすべて国内事例です。これだけ集まったのは正直想定外で、変革は思ったより進み始めているかもしれないと実感するには十分な事実です。下記サイトで公開している事例集には 70 件ほど収録していますが、まだ公開事例化していないものがまだまだあり、今も増え続けています。
9 章「機械学習プロジェクトの失敗確率 80% を克服するプラクティス」には、単にプラクティスを紹介するだけでなくそれが生まれた失敗の背景も書いています。失敗を書籍にさらすのは正直に言って恥ずかしい行為ですし会社から OK がでるかという問題もありましたが、最終的に皆様の手に渡る形で届けることができました。カルチャーのシフトや組織横断の取り組みは大体うまくいかないので、どういう事態が起こりうるのか、そしてその対応策は難なのか、まさに「処方箋」として使用いただければ幸いです。
2025 年の崖の下から始まる世代のために、今中年は前例を踏襲するな
これが本書を執筆した際の姿勢で、今もそうした姿勢で活動しています。機械学習の専門職について平穏かつやりがいがある仕事についている人ほど、そのコンフォートゾーンから抜けて組織カルチャーをどんどん変えてほしいと願います。 D "X" が進んだ企業が増えないと、機械学習専門職の活躍機会が中年に占拠されて将来の世代に渡らないからです。
中年が平穏なほど将来の世代、子供の世代が割を食うことになります。お子さんがいる方は、目の前の子のために生活費を稼ぐ以外にできることはないのか、少し考えてみてください。 "ML Enablement Workshop" は、 AI/ML に関わる方に向けて組織カルチャーを変えるために渡せる今のところのノウハウのすべてです。もし同じ方向を向いていただけるなら、改善点や意見についてぜひ Issue で報告いただければ幸いです!