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ボリビアで過ごした「母の日」 ~コチャバンバ滞在記~
2016年5月。私は、標高3600メートルに位置するボリビアの首都、ラパスにいた。
3泊した宿をチェックアウト。ユニクロの極暖とウルトラライトダウンを着込み、55ℓのスイッチバッグを引きずって外に出た。しんと冷えた空気にふれ、身震いをする。
午前11時。喧騒に満ちた長距離バスターミナル付近の屋台で、豚肉の煮込みを食べた。体がじんわりと温まる。近くのドリンク屋で、マンゴーとオレンジのミックスジュースを買い、それを持って大型バスに乗り込んだ。
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午後12時、ラパスを出発。席は広々としたリクライニングシートで、エアコンもついて暖かい。2週間ボリビアを旅するなかで、初めて快適なバスにめぐりあった気がする。
乗客20名ほどを乗せたバスは、赤土の荒野を走り、雄大な山々をいくつも越えた。
結露でくもったガラスを指でこすり、窓の向こうをぼんやりと眺める。空はピンクや薄紫のグラデーションに移ろい、ちょうど陽が沈もうとしていた。
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午後20時、バスはボリビア第3の都市、コチャバンバに到着した。タクシーを拾い、ぽつりぽつりと明かりが灯る市街地を抜け、とあるアパートの前で下車。
アパートの階段を上がると、すぐにその場所を見つけた。かわいいイラストを添えて「Bien venida! MIKU(ようこそ、みく!)」とスペイン語で書かれた紙が、玄関ドアに貼ってある。
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すっかり嬉しくなり、はやる気持ちで呼び鈴を鳴らす。
「みくちゃん、いらっしゃい!」
朗らかな声で迎えてくれたのは、ユウコ先輩。その懐かしい笑顔を前に、張りつめていた緊張の糸が一気に緩んだ。
彼女は私のために、ベッド付きの暖かい部屋を用意してくれた。晩ごはんは、3食そぼろ丼と味噌汁、アボカドサラダ。醤油がしみ込んだそぼろがおいしすぎて泣きそう。
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翌朝。キッチンに行くと、「よかったら食べて」と先輩がおにぎりを握ってくれていた。ここは天国だろうか。
◇
ユウコ先輩とは、大学時代に所属していた国際交流団体で出会った。優しくて面倒見のよい彼女は、みんなから慕われていた。
先輩は卒業後、会社員として数年勤めながら、JICA青年海外協力隊の試験に合格。2015年6月、ボリビアへと派遣された。
彼女のボリビア生活が半年過ぎた、2016年2月。私の世界一周がスタートする。旅の序盤は、メキシコから数ヶ月かけてラテンアメリカを南下していくことに決めた。
そんな折に、S先輩に「現地でぜひお会いしたい」と連絡を入れると、「もちろん!うちに泊まってよ」と返事をくれたのだ。
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ボリビア中部、アンデス山脈の標高2600メートルに位置するコチャバンバ。年間を通して温暖で、雨もめったに降らず、「永遠の春の街」として知られる。
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コチャバンバに到着した翌朝、先輩の好意で、彼女の職場を見学させてもらうことに。自宅から、10名ほどの乗り合いバンで向かう。
「見える? あそこだよ」
彼女が指さした先に、赤茶けた山々にかこまれた巨大な建物群があった。
そこは、カトリック教会が運営する学校施設。広大な敷地に、幼稚園・小学校・中学校・高校があり、さらに職業訓練校や児童養護施設も併設されている。
運営資金の大部分は、寄付金でまかなわれているらしい。
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校庭を歩いていると、右からも左からも「ユウコー!」と先輩の名前を呼ぶ声。子どもたちがきゃっきゃと笑いながら、こちらに駆け寄ってくる。
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小学1年生のクラスにおじゃました。明後日が「母の日」ということで、そのイベント準備の真っ最中。子どもたちは「お母さんの似顔絵」を書いている。
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どーれどれ。
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あら。みんな、とっても上手!
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授業中に、担任の姿がたびたび消えた。そのあいだ、子どもたちは自由気ままに動き回る。助手である先輩は、彼らをまとめなければならず、なかなか大変そう。
授業のあと、「ユウコ、これをお願い」と、担任が赤い画用紙を先輩に手渡した。「花の形に66枚切ってほしいの」。
見ると、紙に花形のマークがずらり。それをハサミで切り取る仕事だ。
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先輩の仕事部屋に移動し、ふたりでチョキチョキ。切り終わると、担任が「次はこれね」と別の紙を渡してくる。「たくさん頼んでごめんなさいね」と言いつつ、なかなか容赦ない。
「モノ制作にこだわる先生が多いの」と先輩。
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午前のクラスが終わると、昼休憩。食堂に移動し、施設の職員や職業訓練校のこどもたちとテーブルを囲んだ。部外者の私まで、ランチをふるまってもらった。
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食後に、施設をぐるりと案内してもらう。カトリック教会や畑、遊具、施設の創設者であるイタリア人神父のお墓なんかがある。
緑豊かな校内は秩序が保たれ、のどかな空気に包まれている。
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「お気に入りの場所があってね」
先輩が連れてきてくれたのは、木陰がきもちのよい一角。ふたりで寝そべった。
見上げると青い空。流れる雲が近い。涼しい風が吹き抜け、濃い緑の木々がそよいでいる。
「いつも、こうやって昼寝するの」と、先輩がパーカーのフードをかぶるので、私も真似をした。ふたりでクスクス笑いながら、目をつぶり、30分ほどウトウトした。
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午後は、児童養護施設へ。この学校に通う子どもたちの約半数は、さまざまな事情で家族と暮らすことができない。
部屋をのぞくと、子どもたちはカラフルなペンやクレヨンを手に、熱心になにかを作っていた。普段は離れて暮らすお母さんに、「母の日」のプレゼントでカード作り。
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私を見つけると、「だれだれ?」と好奇心に満ちた顔をして、ワッと駆け寄ってきた。みんな人懐こくてかわいい。
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カード作りが終わると、黄色やピンクの花が咲き乱れるクロスがかかった木製テーブルを、みんなで囲んだ。
「みくちゃんは今、世界一周をしてるんだよ」と、先輩が流暢なスペイン語で紹介してくれた。私はiPad-miniを使って、この3ヶ月で旅したメキシコやキューバ、ベリーズ、グアテマラ、ペルーの写真を子どもたちに見せた。
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彼らの目が釘付けになったのは、コバルトブルーやエメラルドグリーンに輝くカリブ海。内陸国のボリビアで、海は遠い存在だ。
おやつタイムのあとは、子どもたちにも仕事がある。この日は、豆の皮むき。みんな器用にスルスルと皮をむいていて、感心した。
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「悩んでばっかりだよ」
夜、カフェのテラス席で、ラザニアとトマトパスタを食べながら、先輩が胸の内を明かしてくれた。
「教育を通じ、海外の子どもに関わる」という夢を、小学校時代から描き続けてきたこと。実際にボリビアで働いてみると、想像以上に言葉の壁が大きく、文化や習慣の違いに日々戸惑っていること。どれだけ自分が貢献できているかわからず、もがき続けていること。
あぁ。遠い異国で、志と真っ直ぐに向き合い続ける先輩が、ひたすらに眩しい。
「大学卒業ぶりの再会が、まさかボリビアだなんて」と笑い合った。
◇
2日後、学校を再訪した。この日は、母の日。校庭では、子どもたちが小さなテントの下で、ピンクやオレンジの透明ゼリーを販売している。
あちらこちらから、「Feliz día de la madre(母の日おめでとう)!」という声が聞こえてくる。子どもたちから先生に、あるいは先生同士で。
学校全体がお祭りムードに包まれ、みんな心が浮き立っているよう。この国で、「母の日」がいかに特別な日かがうかがえる。
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午前中は、生徒たちによるダンスパフォーマンスを観た。大きなステージを囲む客席には、大勢の保護者がずらり。まるで運動会のよう。
パフォーマンスは素晴らしかった。学年ごとに、ピーターパンやら、流行りのポップミュージックやら、フォルクローレやらのテーマが設定されている。
ボリビアの伝統衣装を身にまとって軽やかに舞ったり、セクシーに腰を振ったりと、プロ並みのステージに度肝を抜かれた。
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午後は、児童養護施設のみんなに会いにいった。「母の日」ということで、今日は先輩企画のすしパーティー!
先輩が、昨日スーパーで調達した食材を、キッチンの作業台に並べていく。卵、人参、えんどう、かにかま。子どもたちが、「ユウコ、何してるの?」とぞろぞろ集まってきた。
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まずは、恐怖の「梅干し試食タイム」。子どもたちがおそるおそる口に入れた瞬間、「うぇー!」と口をおさえて発狂。途中で神父さんも参戦し、静かに顔をしかめていた。
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場が盛り上がったところで、調理開始。先輩のレクチャーのもと、みんなで分担しながら酢飯を作り、材料を切っていく。子どもたちは、焼きのりをしげしげと見て、「ヘンなの〜」と怪訝そうな顔。
竹製の巻きすの上に焼きのりを置き、酢飯を広げて具材をのせたら、準備万端。さぁ、巻いていこう!
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大きい子も小さい子も、和気藹々とみんなでくるくるくる。
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上手、上手~!
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できあがった6本の巻きずしを、輪切りにする。形がきれいなものも、不恰好なものも、ぜーんぶおいしそう!
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「いただきます」と手を合わせ、箸を使って口にいれると… 「めっちゃうまーい!」と歓声をあげる子どもたち。
男の子たちは欲張って頬張るので、ほっぺがリスのように膨らんでいる。
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途中で、シスターさんが部屋に入ってきた。「母の日おめでとう」と、寮母さんにプレゼントを渡す。
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子どもたちにはキャンディーが配られた。なんと私まで、淡いピンクの花びらが舞う素敵なハンカチをいただいた。
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すると、シスターさんが突然、「みなさん。今日は日本人のふたりが、お歌を歌ってくれますよ」と無茶ぶりしてくるではないか。慌てたが、先輩が『上を向いて歩こう』を軽やかに歌い上げてくれた。
「ユウコ、あのね」「ユウコ、こっちだよー!」
子どもたち一人ひとりの声に耳を傾け、寄り添い、優しい眼差しを向ける先輩。その姿を前に、熱いものが込み上げる。
ここにいる子どもたちの瞳の奥には、ときおり寂しさや孤独が宿る。
でも。たとえ母の日にお母さんに会えなくても、お母さんの顔を思い出すことすらできず、似顔絵のカードが描けなかったとしても。
彼らの居場所はここにある。彼らにとって、先輩はきっと陽だまりのような存在にちがいない。
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楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「みくちゃんに会えるのは、今日が最後なんだよ」と、先輩が子どもたちに伝える。
帰り際、「ミク!」と呼ぶ声が聞こえた。私によく懐いてくれた少年だ。
まるく澄んだ瞳でこっちに駆け寄り、うつむきながら抱きついてくる。私は、その頬を指でそっと撫で、抱きしめ返すことしかできなかった。
◇
あれから8年。
私は今年の6月、母になった。コチャバンバで過ごした「母の日」を思い出すと、養護施設で出会った子どもたちと、息子を重ね合わせている自分に気付く。
どうか、彼らの笑顔が守られていますように。そう祈りながら、生後6ヵ月の我が子をぎゅっと抱き締める。