今、伝えたい 『 悲しい記憶 』
訪問者
ある日、父方の親戚だという夫婦が、我が家を訪ねてきた
事がある。私がまだ、子どもだった頃の記憶だ。
ふたりとも、どこか品がある、優しそうな感じだった。
私は挨拶をした後、自分の部屋へ入った。
しばらくすると、ふすま越しに話が聞こえてきた。
「 もう、どれくらいになりますか? 」
母親が、話しかけていた。
すると、奥さんの すすり泣き が聞こえてきた。
ふたりは、ひとり息子について、ゆっくりと話し始めた。
そして、『 あの日 』の事も。
親孝行だった、ひとり息子
訪ねてきた夫婦の息子は、とにかく優しい性格で、親孝行だったそうだ。
そんな息子が風邪をこじらせ、1週間ほど寝込んで、仕事を休んでいた。
息子は、少し症状も落ち着いてきたので、明日から仕事に行くと言い出した。
「 無理をしないで、あと 1 日だけ休んだら?」と、両親は止めた。
それでも息子は、
「 大丈夫だから。」と、心配する両親をなだめて、あくる日は仕事へと
出かけて行った。
そして‥‥その日、彼の職場で、爆発があった。
彼は、帰らぬ人となった。
「 あの時、どうしてもっと強く、止めなかったのか。」
「 あと 1 日、休ませていたら。」
「 悔やんでも、悔やみ切れないんですよ。」
残された両親の声は、震えていた。
三池炭鉱で起きた大変な事
昭和 38 年( 1963 年 )11 月 9 日 、福岡県大牟田市にある三川坑にて
炭塵爆発の大事故が起きた。
働いていた 458 名の方が亡くなった。
19 歳という若さで、犠牲になった人もいた。
そして、一酸化炭素中毒で 839 名の方が、病院に運ばれた。
今でも、その後遺症に苦しんでいる方がいると聞く。
世界文化遺産になった三池炭鉱 [ 万田坑 ]
2015 年 7 月 万田坑は、ユネスコ世界文化遺産に登録された。
熊本県荒尾市にある万田坑は、佐藤健主演の映画『 るろうに剣心 』の
撮影が行われた場所でもあり、話題を集めたままだ。
三池炭鉱には、万田坑の他にも複数の坑があり、それらは福岡県大牟田市
にもあった。
私のルーツ
私は、福岡県 大牟田市 で生を受けた。
そして、ある時から幼稚園の頃まで、三池炭鉱の社宅に住んでいた。
社宅は黒塗の木造で、平屋の長屋だった。
それが、広い敷地に、たくさん並んでいた。
庭もあって、我が家では、ニワトリを飼っていた。
風呂は無く、敷地内の大浴場へ、決められた時間内に、行っていた。
隣に住んでいた、おばあさんと孫にあたる お姉さんに、可愛がって
もらったのを覚えている。
父が転職した事もあって、我が家は博多に引っ越した。
それでも、多くの親戚が今でも、大牟田に住んでいる。
思い
世界文化遺産への登録は、喜ばしい事である。
地元の方々の熱い思いがあって、やっと願いが叶ったのだ。
だけど、悲しくて苦しい 出来事が、歴史には含まれている。
その事は、自分の心に刻んでおきたいと思った。
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