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[インタビュー] 長年の親不孝を60分で解決。家族で撮る「イエイ!写心」

こんにちは。
CMプランナー、ときどき、副業ライターの松田珠実です。

あなたは「生前遺影写真」に興味がありますか?
わたしは、去年撮りました。それも、思い切り笑顔の「遺影写真」を。

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 シニアの親と離れて暮らす「働き盛り」の子ども世代が、帰省し実家に滞在する平均時間は、年間で約48時間。

 48時間に「日本の平均寿命ー親の年齢」を掛け算する。それが「親と顔を合わせて話せる」残り時間だ。

 わかってはいても、帰れない。そんな「親不孝してるかも」という、長年の罪悪感をたった60分で解決する、生前遺影のプロカメラマンがいる。

生前遺影のプロカメラマンが「写真はおまけ」と言う理由

 遺影写真ではなく「イエイ!写心」。
「遺影写真革命」掲げ、自らを「イエイ!写心家」と名乗る、橘田龍馬さん(52)。

橘田龍馬さん(52) イエイ!写心家 
「遺影写真革命」が話題となり、2024年NHK「阿佐ヶ谷アパートメント」で特集された

 橘田さんの生前遺影撮影は、トータルで約60分。そのうち「撮る時間は一人15分ほど。そのほかは話す時間。話す時間が一番大事」

 好きだったアイドル。これから行ってみたい場所。家族との思い出。仕事で成功したこと。自分だけの小さな夢。かわいい孫…

 撮られる人の「楽しい!うれしい!大スキ!」を引き出し、みんなで話しながら撮ることで、今まで一枚も笑った写真がなくても「笑顔の遺影」が撮れると言う。

 「イエイ!写心」は、自由だ。「何回でも、毎年でも撮っていい」「一番自分らしいお気に入りの服で写る」

 最大の特徴は、終活フォトによくある「シニア本人だけ」ではなく、「集まれる人はみんな集まって、家族みんなで撮る」こと。
 
 「写真はおまけで、家族のコミュニケーションのきっかけを作りたい」と話す橘田さん。

 なぜ、写真より「コミュニケーション」を大事にするのだろうか。

カメラマンへの道を拓いた「浮浪者のおじいちゃん」

 その理由は、橘田さんのルーツにある。

 1972年、鹿児島生まれ。地元の工業高校を卒業後「リコー」の子会社に就職。しかし「俺がやんなくても、他の人が代わりにできる」仕事だと気づき、2年で退職。
 
 地元の美容師から「中卒でも腕があれば稼げる」と聞きすぐに上京、美容学校へ。
 23歳で「カリスマ美容師」を生んだ、原宿のヘアサロン「ACQUA」の門を叩く。そこでは自らのヘア作品を、プロカメラマンに撮影してもらう機会も多かった。

 が、すぐに絶望感を味わう。
 担当カメラマンが「笑って」「顎を上げて」「目線を下に」と指示するたびに、さっきまで、気に入ったヘアだと、目を輝かせていたモデルの表情がどんどん固くなっていったのだ。腹が立った。

 「笑って、って言われても笑えないよね。『写真写り悪いね』とか『緊張したの?』とか言って、結局撮られる人のせいにしちゃう。お金もらって傷つけてんだよ。撮られる人も『プロが撮ってくれたのにダメだった、私が悪い』って自分を責めて、自信がなくなって」
 
 その時、笑顔を撮るには「コミュニケーションが大事」だと気づく。
 
 さらに、美容師に必須の「コミュ力」を磨くため、休日は新宿に通う。「浮浪者のおじいちゃん」を撮るためだ。
 
 当時は、望遠レンズで遠くから狙う人も多かった。
 でも、「俺は、いちばん短い広角レンズで、お話しながら撮ろうって決めた。空気感がぜんぜん違うから」

 もちろん、簡単には撮らせてもらえない。石を投げられたり、無視は当たり前。「しつこい!」と怒鳴られたことも何度もある。それでも諦めず通ううち、ついに笑顔を引き出すことに成功する。
 
 「浮浪者のおじいちゃんは、絶対写真や記録に残して欲しくない。色々事情があった人。それでも『お前だったら撮らせてあげるよ』って言わせるとこまで距離を詰められたから、たぶん誰でも撮れる」
 
 「プロカメラマンへの不信」と「浮浪者のおじいちゃんの笑顔を撮れた自信」を胸に、カメラマンとして独立。
 
 「浮浪者のおじいちゃん」のポートレートが「PARCO」の広告コンペを勝ち抜くチャンスに繋がり、多くの芸能人や、世界的アパレルブランドの仕事をするまでに。 ファッションカメラマンとしての年収は、3千万円を超えた。

写真嫌いをなくす「使命」

 2018年「撮影技術を教えたい」と、日本最大級の習い事検索サービス「ストアカ」で講師を始める。
 
 だが、生徒と話すうち、写真が苦手な人の「撮られ方」に、ニーズがあるとわかる。

 「修学旅行。入学式や卒業式。成人式や結婚式。芸能人でなくても、プロに写真を撮られる機会って、実はたくさんある。そういう記念写真の自分がイヤで写真嫌いになることって多い」

 写真嫌いな人ほど、本当は自分がスキなのかも?と、橘田さんは想像する。「自分はこうじゃないはずって姿が、写真になって残る。拡散されてさらに落ち込む。自分なんてどうでもよかったら、落ち込んだりしない」

 シニア世代には、写真慣れしていない人も多い。

「いざ写真を撮るとなっても、どうしていいかわからない。苦手だから避けちゃう。そんな人を撮るからこそ、ちゃんと話してよりそって、笑顔を引き出す。撮られた写真を見て元気になって『また撮りたい』『長生きしたい』って喜んでもらうのが、一番うれしい。これが俺の使命」

「イエイ!写心」が、人生の目標に

 橘田さんの「イエイ!写心」を、一家で初体験した、会社員・丸島佳子さん(40)。
 
 父・繁則さん(73)、母・すみ子さん(73)、妹・渡邊(旧姓・丸島)怜子さん(38)の四人家族だ。佳子さんは、母と同居。父とは、仕事の都合で、平日は離れて暮らす。妹は、8年前に結婚。家を出ている。

 生前遺影撮影の話を持ち出した時、意外なほど、両親からの抵抗はなかったそうだ。「遺影が『イエイ?』ふうん、そうなの?くらいの反応でした(笑)」
 
 母と妹は、写真が苦手だ。「スマホで撮ったりしても、ヤダヤダ!削除!削除!って感じで」
 
 それでも、プロに写真を撮ってもらう機会はめったにないから、と家族全員が集まった。
 
 撮影前には、それぞれが「大切にしているもの」を橘田さんと話し合った。妹・伶子さんは、実家のリビングに飾られている「般若の帯」がカッコよくて、昔から大スキだった、と言う。亡くなった祖母が、踊りの先生をしていたときのお気に入りを額装した、由緒あるものだ。

 伶子さんの発言をきっかけに、家族全員が気づいた。
 いつも当たり前にありすぎて、意識していなかった「般若の帯」が、いつしか「おばあちゃんそのもののような、みんなを見守ってくれる存在」になっていたことに。

丸島さん一家の撮影風景
写真左から、父・繁則さん、母・すみ子さん。写真右上が佳子さん、右下が妹・怜子さん。
茶色のシャツが、橘田龍馬さん。 家族みんなが大切にしている「般若の帯」とは、自慢の庭にて。

 小雨が降りだすハプニングもあったが、撮影後は全員が「すごく楽しかった!」と口を揃えた。 

 父・繁則さん「家族四人揃って、プロにちゃんと写真を撮ってもらったのなんて、お姉ちゃん(=佳子さん)が生まれて初めて。撮るまでは、みんなで『はい!チーズ』でおしまいかと思ってた。でも、橘田さんがノセ上手だから、その気になって、俳優みたいになりきれたわけ(笑)」

 母・すみ子さん「最初は『うわっ』って緊張しましたけど、龍馬さんが話しかけてくれて、リラックスして、その場に溶け込ませてくれて。家族には言ってなかったけど、習っているバレエの衣装で、トウシューズを履いて、写真を撮るのが夢でした。でも恥ずかしいし、こんな機会がなかったら絶対に撮らない。まさかの夢が叶っちゃいました。また、撮ってもいいんですよね?来年も撮る、って思ったら、人生の目標になりそう」 

 佳子さん「私が撮影しよう、って言い出したのに、父や母のほうが先に、何を着るか決めてました。それを見て、両親が大切にしてるものがわかって。最後まで迷ったのは私。(笑)結局、趣味のシャンソン発表会に初出演した時の『思い出のドレス』にしました。父も母も妹も喜んでくれてよかった」 

 父・繁則さん「家族が集まる機会をくれてありがたかった。家族の『イエイ!写心』は、やる価値があるよってことを、もっと啓蒙した方がいい(笑)」

丸島家の「イエイ!写心」妹・伶子さんのお気に入りは「般若顔」の2ショット

撮る前に写った「妻の心」

 一方、興味を持ちながら、撮影を断念した人もいる。
 まずは、自身の「イエイ!写心」撮影をしようとした、根本裕幸さん(52)。

心理カウンセラー 根本裕幸さん(52)
「3 ヶ月先まで予約の取れない」人気カウンセラー。親子問題も多く扱う

 「年に一度は、家族でプロに写真を撮ってもらう」仲良し一家だ。
 
 カウンセラーとして、多くのクライアントの相談を受ける根本さんは、仕事柄、死について考えたり、家族と話す機会も多い。
 家族みんなが「死の話題」にも、撮影にも慣れている。きっと「イエイ!写心」に賛成してくれるはず。

 そんな予想はあっけなく裏切られる。妻(51)の大反対に遭ったのだ。
 理由は、義理の父が亡くなった年齢。義理の父は、若くしてガンに罹患。激しい闘病の末、53歳で他界していた。
 
 妻の中では、来年53歳になる根本さんの生前遺影を撮ることが「父の死=根本さんが、死んでしまうかもしれない恐れ」に直結していた。

 だから妻は「『イエイ!写心』の趣旨には同意するけれど、どうしても自分たち家族のこととして、受け入れることはできなかった」

 根本さんは「妻が、こんなにも自分の死に、恐怖を覚えていたんだ」と驚いた。妻に「とても愛されていた」のも、感じとった。「イエイ!写心」をきっかけに、仲が良くてもわからなかった、妻の心の中を知ることができたのだ。
 
 根本さんは大阪・東京の二拠点生活。自身の母親は、浜松で一人暮らし。
「母にいきなり『イエイ!』を撮ろうって振ったら、縁起でもない!とか言うと思う。だけど、毎年撮りためていく家族写真の延長、という考え方ならわかってくれそう」

 コロナ禍後、離れて暮らす母親と会う「定例行事」をつくった根本さん。
「東京からの帰り、浜松で降りて、母とご飯を食べる『定例』のついで、とか。わざわざ予定を合わせるんじゃなく、気軽に撮ろう!って誘うのも、アリかもしれない」

カメラマン越しなら、吹っ切れる

 橘田さんに「イエイ!写心」を学び、埼玉を中心に活動する、カメラマンの五十嵐たいこさん(42)。

五十嵐たいこさん(42)写真右 シニア専門カメラマン
橘田さんが主催する「イエイ!写心」アカデミーを修了した認定カメラマン 

 とある70代の母親と、40代息子を撮影中のこと。 自分の名づけの由来を聞いた息子から、思わずこぼれた「ありがとう」が忘れられない。「昔はヤンチャで、親への感謝を伝えるなんて、恥ずかしすぎて無理!」だったのに、だ。 
 
 「カメラマン越しだから『普段伝えられないことを、伝えられちゃった。照れちゃうけど……』って。撮影って非日常だから、吹っ切れちゃったかのかも?」

 五十嵐さんは、同世代にこそ「イエイ!写心」を撮ってほしい、と熱望する。
 
 仕事や家族のことで、いつも自分は後回し。子どもが成長するにつれ、写真も減る。ましてや、自分の親と一緒に写真を撮る機会など、ほとんどない。

 「自分の親と子どもと撮った写真は、『一生の宝物』になる。もし、親と突然お別れすることになっても、『あの時、みんなで撮っておいてよかった』って思える日が来ると思う。あとで後悔しないためにも、家族いっしょの写真を残してもらえたら」

遺影に、タブーなし

 遺影写真に「決まり」はないのだろうか。葬儀社の電話窓口からの回答はこうだ。
 
 大手葬儀社「ベルコ」では「決まりごとはございません」
 
 例えば、遺族から阪神タイガースのはっぴを着た写真を提供された場合、「ご希望があれば、スーツなどに『着せ替え』をさせていただくことも、可能でございます」。ただし、「故人のご意思や、家族のご意向」があれば、どんな写真も遺影にできる。

 「小さなお葬式」の「セレモア」でも、「遺影は、ご本人やご家族の自由です」

 本人単独の写真がない場合、スマホで撮った集合写真があれば「データをお預かりして、背景を好きなお色に変えたり、写真屋さんの方で作っていただけます」だが、紙焼き写真となると、「引き伸ばした時点でどうしても、辛くなってしまうところが見受けられるかと…」

 マナーもなく「お亡くなりになった方やご家族が、お好きな写真がよろしいかと思います」

 葬儀社によると、遺影選びの時「実家にも、自分のスマホにも、最近の親の写真がない」「親のスマホのパスワードがわからず、データが取り出せない」ことで、困る場合が多いと言う。

 そんな遺影の末路は、古いアルバムをひっくり返し、あわてて選んだ紙焼きの集合写真や、親の財布から引っ張り出した免許証。

 親が元気なうちに「イエイ!写心」を撮り、お気に入りを決めておけば、親も子も心残りがない。

 葬儀社での遺影の平均価格は、約3万5千円から5万円前後(セットプランに含まれることが多い)。
 橘田さんの「イエイ!写心」は2万9千円(税込)。全国対応可能だ。

遺影選びは「24時間勝負」

 遺影だけでなく、葬儀の準備では、今まで考えてもみなかった「選択の連続」に迫られる。
 
 例えば、葬儀全体のプラン。お棺や祭壇の花の種類。骨壷のデザイン。葬儀に誰を呼ぶか。精進落としの料理や、香典返しのランク……。
 
 親宛ての年賀状などから、遠い親戚をたどり、連絡するのも難関だ。
 
 そんな中、後回しになりがちな遺影は、通夜までに決める必要がある。遺影選びの平均時間は、約24時間。火葬場事情で、通夜が遅れるケースもあるが、最長でも3日程度。

 
 最近の家族葬で、よくあるトラブルは、葬儀後に親のエンディングノ―トが見つかり、故人が知らせて欲しかった友人に連絡が行き届かず、悲しまれるケースだ。

 墓も仏壇もなく、万が一葬儀の場でお別れできなくても「その人らしい遺影」があれば、いつだって故人と逢える。

 だから「遺影は、一生で一番見られる、一番大事な写真」だと、橘田さんは明言する。

家族仲直りの「言い訳」に

 実は、橘田さんにも「遺影」への後悔がある。それは、最愛のおばあちゃんが亡くなった時のこと。

 「カメラマンなのに、自分のおばあちゃんの遺影を一枚も撮ってあげられなかった。おばあちゃんの遺影は、20年前の集合写真を強引に引き伸ばしたザラザラで真顔の、おばあちゃんらしくない写真。自分は、何やってんだろうって…」

 写真を撮るチャンスは何度もあった。でも、年老いたおばあちゃんにカメラを向けることができなかった。大好きだからこそ、死を意識するのが怖かったのだ。

 その後悔から「日本中の遺影写真を『イエイ!写心』に変える」と決めた。普段バラバラに暮らす家族が、コミュニケーションするきっかけにしたい、と考えた。

 「みんなで遺影を撮るって言ったら、ちょっと仲が悪くても、恥ずかしくても、しょうがないなって言いながら、家族が集まる『言い訳』になるでしょ」

 ふざけたように見えるネーミングには、「『イエイ!』って言いながら、怒る人はいないから」と、笑顔への想いを込めた。

 「遺された家族に『いつものお父さん、お母さんの声が聞こえてくるような』その人らしい写真にしたい」

 「イエイ!写心」撮影は、新しい家族イベントの一つ。
 
 撮影、という非日常なら「もし私が死んだら…」と、親が死について、気軽に話しやすくなる。

 撮影中のおしゃべりが、今まで語られなかった、親の考えを知るチャンスに。親に感謝を伝える「都合のいいきっかけ」だって生まれる。

 橘田さんのコミュ力が、撮られる人をほぐし、楽しかったから「また撮ろう!」と、家族が集まる流れができる。

 親が亡くなっても、お葬式で「いい顔ね〜。あの撮影やってよかった」と思い出話に花が咲く。

 「遺影」と目を合わせれば、お父さん、お母さんが「いつものように、話しかけてくれる」かもしれない。

 「生きていても、会っていなかったり、思いがなかったら、死んでいるのと同じだと思うし。逆に、死んでいても思いがあったら、生きているよりも価値があるのかな、って」
 
 長年の親不孝は、お金やプレゼントで解決できることもあるかもしれない。でも、親が本当に欲しいのは「わが子が自分を想ってくれる」小さな気持ち。

 「イエイ!写心」には、先送りしてきた「親子のコミュニケーション問題」を解決する、無限の広がりがある。

 ※「イエイ!写心」は、株式会社vivaphotoの登録商標です。
※この記事は、宣伝会議「編集・ライター養成講座」で、優秀賞をいただいた卒業制作を、note用にリライトしたものです。

年金生活などを送られる方のために、
橘田さん・お弟子さんが、日本各地で「イエイ!写心」撮影イベントを行っている。
イベントでの撮影時間は1人10分程度。料金は1枚1900円、全データ・15枚9800円

記事内で取材させていただいた、みなさまのリンク集です。どうぞ訪ねてみてください!


「イエイ!写心家」橘田龍馬さんのnoteはこちら

「予約の取れないカウンセラー」根本裕幸さんのnoteはこちら

「シニア専門カメラマン」五十嵐たいこさんのnoteはこちら 

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