19. 「当事者」という存在
「紗英ちゃん、私の知り合いにね、もうずっと前なんだけど、紗英ちゃんみたいにお子さんに会えなくなってしまった人がいるの。その人は今同じ状況の人の相談をボランティアで受けているんだけど、良かったら紹介するよ。」
ハワイに行く前に趣味で通っていたダンス教室の先生、より子ちゃんにそう言われ、同じ状況で苦しんでいる方が他にもいる事と、相談する場があることを知った。
☆
その方は、ゆみさんといった。 より子ちゃんに渡された番号にかけると、既に話を聞いていたのよ、とゆみさんは優しく言った。ゆみさんは、17年前に息子さんを当時の旦那さんとそのご家族に連れ去られ、もうずっと会えずにいると言う。
「当事者の方ね。いつからお子さんに会えていないの?」
「・・当事者、ですか?」
すぐに理解できなかったが、どうやら子どもと引き離された人のことを、「当事者」と呼ぶらしかった。
ゆみさんに今までの経緯を聞くと、こう言った。
「残念だけど、連れ去られた側が裁判を起こしても、まず勝てません。逆に相手を怒らせてしまって、お子さんに会うことが難しくなるだけなのよ。仮に裁判の判決で面会の約束を確約できても、守られる保証もないの。そんなことをするより、謝罪でもなんでもして、相手を説得した方が良いんだけどね。」
「・・・私、この間弁護士さんに会って、勝率は5%って言われたのですが。」
「うん、レアケースだけど勝訴する人もいます。だけど、それには凄く凄くエネルギーがいる。ただでさえお子さんを失って無気力なのに、あなた、戦うことが出来ますか?」
弁護士さんよりも、当事者であるゆみさんの意見の方がシビアだなと思った。強く手を握っていたので、受話器が汗ばんでいる。
確かに、立つこともままならないこんな状態で、戦うことなんて出来るのだろうか。
「とにかくね、裁判は凄く時間がかかる。お金もね。だから、よく考えたほうがいいよ。」
「あの・・、ゆみさんは裁判はしなかったんですか?」
ゆみさんは、息子さんに会えなくなってから旦那さんと祖父母に説得を続けたが没交渉で、やむを得ず裁判を起こしたと言った。けれど、なかなか会えず、やっと会えたのは7年後の法廷で。なんとその時、息子さんは開口一番に「お金は持ってきていますか?」と聞いたそうだ。
母親と引き離されている間に、息子さんは父親から母親の悪口を吹き込まれ、自分を守るためにも同居親の心情に従順するという、心理学用語でいう「片親疎外」になってしまったらしい。
「それ以来、息子とのことは、半ば諦めてるんだ。」
ゆみさんは力無く言った。
・・・なんてことだ。会えないだけでも辛いのに、やっと再会したと思ったら、今度はそんなことを言われたなんて。しかも、裁判所という、触れることもできない場所で。
このままだと、可奈も「片親疎外」になってしまうのだろうか?
「困ったらいつでも電話していいからね。」
ゆみさんはそう言って電話を切った。優しそうな声で、受け答え全てに誠実な人柄がにじみ出ていた。想像を絶するような辛い思いをしてきたのに、ボランティアでサポートする側に回り、当事者を励まされている。なんて強く優しい方なんだろう。
それと同時に、「なんでこんなに優しい人が辛い思いをしなくてはいけないんだろう。」と、やるせない気持ちが沸き上がってきた。
私が知らなかっただけで、元々世界はこんなにも理不尽だったのか。
17年、、。途方もない年月だ。想像を絶する。
1ヵ月会えないだけでこんなに苦しいのに、もしもあと17年、この生き地獄が続いたら、私は耐えられるのだろうか?
・・胸が痛い。
とにかく、できることは何でもやろう。可奈のためだ。
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