47. 夫との再会と交換条件
駅前の喫茶店の窓側のテーブル席に座っていると裕太がやってきて、お茶を頼んだ。裁判中とは違い、ラフな格好をしている。
何を言われるかと身構えていたけど「歩いてきたの?」なんて軽く雑談を始めたので、少し拍子抜けした。
裕太は「もう大変だよ、俺、裁判のせいで痩せちゃったよ。」なんて言う。私はどのように返していいかわからず、苦笑いをした。苦労したのはこっちなんだけどなぁ。
昨日まで書面で罵り合っていたのに、向かい合って普通に話しているなんて妙だった。
特に大事な話題をする気配はなく、共通の知人の近況などを話して時間は過ぎていった。
お茶を飲み終えると裕太は、車に移動しようと言った。密室に2人きりになるのは怖かったけど、私は覚悟を決めてお店を出て、助手席に座った。外は軽く雨が降り出していた。
大丈夫。何かあったら警察を呼べばいいし、レコーダーがあるから証拠も残る。流石に傷つけるようなことはしないだろう。
スカートが少し濡れてしまったのでハンカチで拭いた。
気分は完全に『誘拐犯との接触』だった。だけど、相手は「よく知っている夫」なのだ。懐かしいやら怖いやら、妙な気分だった。
4年ぶりに突然日本に戻された私からしたら、裕太だけが、良く知った懐かしい顔だった。それが、不思議と親密さを感じさているのだろう。
白いトヨタも懐かしかった。ハワイに行く前の生活が頭をよぎる。よくこの車でドライブしたな。今はこんな事になっちゃったけど。というか、まさかこんな事になるとは、夢にも思わなかったよな・・。
待っていたかのように、裕太が切り出した。
「ところであの書面、一体何?」
突然不機嫌になったので、私は焦った。
「あの意見書を書いた赤木さんって誰なの?何あれ。分離不安って俺との分離不安なんだけど、あいつおかしいんじゃないの。」
裕太はかなり怒っている様子だった。私はいきなりそれ言うんだ、結構効いたんだな。。と思ったけど、怒らせてはいけないし、つとめて冷静に「あの方は片親阻害の専門家の方で…」なんて説明をした。
(嫌だなぁ、密室でこんな話されるなんて。私の方が立場弱いのに。下手な事言えないし。)
雨ににじむ窓に目をやりながら、思った。そういえば誰かの助手席に乗るなんて、久しぶりだな。
「紗英の弁護士も変じゃね?あいつ変だよ絶対。」
私は苛立ちを抑え、「そうかな」なんて曖昧な返事をした。こんなこと言うために呼んだの?私は何て言えばいいのだろう。
「しかし、あの裁判官もおかしいよな。」
「・・そうだよね!あの人、おかしいよね。」
妙だけど、ここで初めて2人の意見が一致した。途端、急にホッとした。 『共通の敵ができると仲間意識が芽生える』状態だったのかもしれない。
「もうさ、こんな茶番やめようぜ。茶番だよ茶番。ぜんぶ茶番。可奈の大事な人生を、あんな奴等に決めさせるのはやめよう。」
裕太は意外にもそんなことを言い出した。
「審判は、申し立てた人しか取り下げられないだから、紗英が取り下げろよ。そんで、これからの事は2人で決めよう。家族なんだから。」
私は浜田弁護士からの提案を裕太に伝えた。
「それなら、お互いの弁護士を挟んで、どちらかの弁護士事務所でミーティングを開いて、面会交流などの取り決めをした公正証書を作るのがいいんじゃない?」
だけど予想外にも、そんなものは不要だ、と一蹴された。
物事を大げさにして審判なんて申し立てた私が悪いのだから、誠意を見せて取り下げること。公正証書は作らないけど家族として二人で今後の事を考える。話し合うのは審判を取り下げてから。
それが裕太の示した条件だった。
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