見出し画像

翌日、タイミング良くハワイで知り合った友人の俊平くんから電話がきた。

「紗英ちゃん、どうしてる? 今度東京に行くんだけど、時間あったらランチでもしようよ。」

俊平くんの声を聞くと、あの、可奈と一緒に通っていたヒロのビーチを思い出し、泣けてきた。

お互いの歳が近いこともあって俊平くんとは良く遊んだ。まさに「健康そのもの!」というタイプのサーファーで、暇さえあれば海に出ていたし、波がないときは地元で評判のオーガニックレストランで働いていた。

良く食べ良く笑う彼の周りにはいつもたくさんの人がいた。みんな俊平くんのことがとても好きだった。

新宿に泊まってると言うので「そっちに行くよ!」と言うと、「うーん、久しぶりに井の頭公園に行きたいから、俺が行くよ。」と言うので、私たちは公園入口にある老舗の焼き鳥屋で待ち合わせをすることにした。

お店に着くと、俊平君は窓際の、公園がよく見渡せる席に座っていた。
まだ昼過ぎなのに混んでいて、食器を運ぶ音や、人々の笑い声が心地よく響く。私はこの音が、わくわくして大好きだ。

隣に座ると俊平くんは、「今日は俺のおごりだから!」と言って、生を2つと、焼き鳥の盛り合わせを頼んだ。そして、いつもの調子で爽やかに、さらりと切り出した。

「何か大変なことになってるらしいね。」

「・・うん、そうなんだよね。」

再会に気が緩んだところにいきなり核心を突かれ、泣きそうになってしまった。

「ハワイにいた時からうまくいってないのは知ってたけど、まさかこんな事になるなんてなぁ。」

俊平くんはジョッキを美味しそうに飲んで、そう言った。

「こないだ裕太と電話で話したんだけどさ、紗英ちゃんが、ハワイでどんどん世界を広げてるのが寂しかったみたいだよ。そのうちハワイを出て、どこか遠くに可奈ちゃんを連れて行ってしまうんじゃないかって、怖かったみたい。」

俊平くんは言った。

「そんな・・・。そんなこと、考えたこともないよ。」

私は言った。
 
「・・俺はその辺は良く分からないけどさ、紗英ちゃんが虐待してた、とも言ってたよ。そこはまあ、躾か虐待か、っていう問題になってくると思うけどさ。」
 
「虐待」という予期せぬパワーワードが出てきて、さっきまで聞こえていた雑音が突然、まるでミュートした様に消え、心臓がドクン、と音を立てた。

虐待?

私は可奈を虐待していた事になってるの?

「・・そんなこと言われてるの?私。俊平くんなら分かると思うけど、私が可奈を虐待なんてするなんてあり得ないよ。そりゃあ、厳しく叱ってしまったことはあったけどさ・・。可奈のことは逆に皆んなに「甘やかすな!」ってよく注意されてたし、裕太だっていつも「紗英はよくやってる」って言ってたよね・・。」

肩が震えたけど、なんとか声を振り絞って反論した。

「うん、俺は、正直良く分からないけどさ・・。裕太があそこまでするってことは、何か事情があったんじゃないかな。まずは2人でちゃんと話し合ってみたら?」

私はテーブルに目を落として答えた。

「私だって話し合いたいけど、完全に無視されちゃって、話し合いも出来ない状態なんだよ。会いに行っても、自分の言いたいことだけ言って、いなくなっちゃうし。裕太は確かに悩んでいたのかもしれないけど、だからといって、無断で子どもを連れて行って良いって事にはならないよね?ましてや会わせないなんて・・。」

「うん・・。それはダメだよね、親として、人として。」

俊平くんはそう言い、厳しい表情で公園を歩く人達に目を落とした。

なんとなく気まずいまま私達は店を出た。俊平くんは、私のことを虐待したと疑っているのだろうか。

柔らかい夕焼けが公園を照らし始めた。ふと、ハワイのサンセットを想い出す。あのマジカルな色彩が大好きな私は、時間が許す限りビーチに可奈を連れて、サンセットを良く見に行った。

(可奈も今、この夕陽を見ているのかな・・。)

いまは何を見ても、可奈を重ねてしまう。

他愛のない話をしながら公園を一周した私たちは駅で別れた。

「俺はいつだって2人の味方だから。どっちにも付かないよ。また会おうね。俺からも裕太に連絡してみるし。」

俊平くんはそう言って、人混みの中に消えていった。

彼は、神さまが遣わした天使だわ、と、後ろ姿を見ながら思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?