孫子の兵法1/4 原文

第1章 始計

一  孫子曰わく、
 兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。
 故にこれを経[はか]るに五事を以てし、これを校[くら]ぶるに計を以てして、其の状を索[もと]む。
 一に曰わく道、二に曰わく天、三に曰わく地、四に曰わく将、五に曰わく法なり。
 道とは、民をして上と意を同うし、これと死すべくこれと生くべくして、危[うたが]わざらしむるなり。
 天とは、陰陽・寒暑・時制なり〔、順逆・兵勝なり〕。
 地とは、〔高下・広狭・〕遠近・険易・死生なり。
 将とは、智・信・仁・勇・厳なり。法とは、曲制・官道・主用なり。
 凡そ此の五者は、将は聞かざることなきも、これを知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。
 故に、これを校ぶるにするに計を以てして、其の情を索む。
 曰わく、主 孰れか賢なる、将 孰れか能なる、天地 孰れか得たる、法令 孰れか行なわる、兵衆 孰れか強き、士卒 孰れか練[なら]いたる、賞罰 孰れか明らかなると。
 吾、これを以て勝負を知る。

二 将 吾が計を聴くときは、これを用うれば必ず勝つ、これを留めん。将 吾が計を聴かざるときは、これを用うれば、必ず敗る、これを去らん。計、利として以て聴かるれば、乃ちこれが勢を為して、以て其の外を佐[たす]く。勢とは利に因りて権を制するなり。

三 兵とは詭道なり。
 故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓[みだ]し、〔〔卑にしてこれを驕らせ、佚にしてこれを労し、親にしてこれを離す〕〕。其の無備を攻め、その不意に出ず。此れ兵家の勝にして、先きには伝うべからざるなり。

四 夫れ未だ戦わずして廟算[びょうさん]して勝つ者は、算を得ること多ければなり。未だ戦わずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少なければなり。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るを況や算なきに於いてをや。吾れ此れを以てこれを観るに、勝負見[あら]わる。

第2章 作戦

一 孫子曰わく、
 凡そ用兵の法は、馳車千駟・革車千乗・帯甲十万、千里にして糧を饋[おく]るときは、則ち内外の費・賓客の用・膠漆の材・車甲の奉、日に千金を費やして、然る後に十万の師挙がる。
 其の戦いを用[おこ]なうや久しければ則ち兵を鈍[つか]らせ鋭を挫く。城を攻むれば則ち力屈[つ]き、久しく師を暴[さら]さば則ち国用足らず。
 それ兵を鈍らせ鋭を挫き、力を屈くし貨を殫[つ]くすときは、則ち諸侯其の弊に乗じて起こる。智者ありと雖も、その後を善くすること能わず。
 故に兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久を睹[み]ざるなり。それ兵久しくして国の利する者は、未だこれ有らざるなり。故に尽く用兵の害を知らざる者ば、則ち尽く用兵の利をも知ること能わざるなり。

二 善く兵を用うる者は、役は再び籍[せき]せず、糧は三たびは載[さい]せず。用を国に取り、糧を敵に因る。故に軍食足るべきなり。 国の師に貧なる者は、遠師にして遠く輸[いた]せばなり。遠師にして遠く輸さば、則ち百姓貧し。近師なるときは貴売すればなり。貴売すれば則ち財竭[つ]く。財竭くれば則ち以て丘役に急にして、力は中原に屈[つ]き用は家に虚しく、百姓の費、十にその七を去る。公家の費、破車罷馬、甲冑弓矢、戟楯矛櫓、丘牛大車、十にその六を去る。 故に智将は務めて敵に食む。敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾に当たり、キ[艸己心]カン[禾干]一石は吾が二十石に当たる。

三 故に敵を殺すものは怒なり。敵の利を取るものは貨なり。故に車戦にして車十乗以上を得れば、其の先ず得たる者を賞し、而してその旌旗を改め、車は雑[まじ]えてこれに乗らしめ、卒は善くしてこれを養わしむ。是れを敵に勝ちて強を益[ま]すと謂う。

四 故に兵は勝つことを貴ぶ。久しきを貴ばず。 故に兵を知るの将は、生民の司命、国家安危の主なり。

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