妻のターン。

長男が生まれて、夫婦で子育てに苦戦しつつも楽しんでいた頃、僕の体調に変化があらわれた。

妻に付き添われて病院で検査した結果、白血病と診断された。直ぐに精子を凍結して、今夜から入院して化学療法を始めたいと言われたけれど、この週末は家族と過ごしたいと、一旦帰宅した。

僕が泣いても妻は泣かなかった。妻の胸で泣いていたら「凍結精子はいらないと思う。でももう1人いたらもっと幸せよね…クリスチャンじゃないけれど自然に授かれると良いな」と言われ、文字通りその晩妻に抱かれた。

僕も妻も医療には詳しい立場だったけれど、治療の事も、薬の事も、妻の方が圧倒的に詳しくて頼りになった。

健康が服を着て歩いてた僕は、いきなりの大病のストレスと薬の副作用で、内臓がボロボロになり、毎日高熱で寝込んで、泣きたくないのに自然に涙が流れる様な日々を過ごしていた。

妻はいつもキレイに髪を整え、不織布のカバーで隠れてしまうのにバッチリオシャレして、化粧も抜かりなかった。

キレイだと言えば「これはオーガニックのファンデーションとリップなのよ…また泣いたの?目の周りが赤い…うさぎさんみたいで可愛い」と、子供にする様に僕にキスをしてくれた。

クリーンルーム内での肌の接触は禁止されていたし、僕も妻もダメだと分かっていたけれど、妻は毎日僕の瞼にキスを落としてくれた。

そしてそれはあの頃の僕にとって一番幸せな時間だった。

ベッドで寝ているだけの僕より、長女を妊娠して、元気にはいはいする長男を、親族の手伝いがあるとは言え、殆どの時間をひとりでこなす妻は大変だったと思う。

今思えば本当は髪を整えたり、化粧したり、服を選ぶ時間に寝たり休んだりしたかったと思う。

病室で僕を甘やかしながら、妻はいつもコックリコックリ船を漕いでいた。

妻の愛情も努力も理解していたのに、脱毛が始まり、体重がみるみる減って行く事が怖くて、妻に八つ当たりした。何度もキツイ言葉を掛けたけれど、妻は「ごめんね、ツライね。あなたも子供に会いたいよね」と謝ってくれた。

ある日「僕がいなくても大丈夫だね。全然問題ない」と言ってしまった時に「そう見える様に頑張ってる、でもあなたがいなくて寂しいし、あなたみたいに出来ないし、色んな人に迷惑掛けてる。毎日辛そうなあなたに何もしてあげられないし、きっとあなたの方が育児も上手に出来る、わしが代わりに…代われるなら代わりたいと思ってる、何も上手くいかない。自分が情けない。消えてしまいたい。でもあなたにガッカリされたくない」と妻が泣いた。

…思い出しながら書いていたら、妻に申し訳なくて、本当に酷い言葉を掛けてしまった後悔で涙が出て来たので、続きは後日。

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