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poison

大学に入ってすぐ好きな人が出来た。

彼女からはいつも良い香りがした。インカントシャイン、アリュール、ドルチェビータ、サマームーン、そしてプワゾン。

もう既に廃盤になってしまったプワゾン。(リニューアルされてプワゾンガール等、シリーズ化されて残っているけれど、僕の思い出とは違う)※先程調べたら復刻してた。

自由でセクシーな女性。一瞬で虜になる甘く危険な罠。

DIORの広告が謳うキャッチコピーそのままに、僕はその人に夢中になってしまった。

その人は夏休みと冬休みに、僕の友人夫婦のところに遊びに来る。いつでも会える訳じゃ無い限定的な条件に燃え上がる。

ある日チャンスが訪れる。友人夫婦からチケットが4枚あるから4人でディズニーランドに行こうぜと誘われた。

人が多くてはぐれるから、理由をこじつけて手を繋ぎ、少しでも僕といると楽しいと思って欲しくて、お揃いのカチューシャをつけて、沢山写真を撮って…パレードを見ながら気持ちを伝えようと心に決めた。

手を繋いでも彼女は嫌がらず、カチューシャも「お揃いだね、可愛い、似合ってる」と笑顔で言う。彼女の指先が僕の耳に一瞬触れて、ドキドキした事を今でも覚えている。

真っ白いアンティークミッキーのぬいぐるみをふたつ買って、ひとつをプレゼントすると、彼女はとても喜んでくれた。その笑顔に脳が痺れる様な感覚を覚えた。何故だか泣きたくなって、涙を堪えて鼻を赤くする僕に「寒いね」とココアを買ってくれた。

彼女が風邪を引かない様に、着ていたジャケットを差し出して、全然寒く無いと強がる。

パレードを見つめる横顔がキレイで、時々寒さで指先を気にする彼女の手を、自分の手で包み込む様に、これまで温めてきた気持ちを伝えた。

じーっと僕を見つめ返す彼女の表情が読めない。沈黙が長過ぎて、パニックになった僕は肩を掴んで勢いだけのキスをした。

唇が離れて彼女を見ると、まだ僕の顔をじーっと見ていて、いよいよどうしたら良いのか分からなくなった頃、目を伏せ「ごめんなさい、私、誰にも話したくなくて…しあわせじゃないから…結婚してるの…気持ちに応えられない。でも嬉しい。ありがとう。」と、長い睫毛を涙で濡らし、言葉を詰まらせながら話す彼女は、今迄出会った誰よりも美しく見えた。

そして逃げる様に、前方でパレードを楽しむ友人夫婦のところに走り去った。

一緒に遊んだ日は、そのまま新宿の友人夫婦宅に泊まっていたのに、その日はどうやって松戸のアパートに戻ったのか、全然記憶にない。ジャケットからはプワゾンのラストノートが香った。でも翌日には元通り、ほんのり革の香りがする普通のライダージャケットだった。

彼女は僕とひとつしか歳が変わらなかったけれど、彼女と同じオリエンタルな香りのする女性は、大抵僕より10は年上の女性だった。その頃から僕が好ましく思う女性はひとまわりほど年上の女性ばかりになった。

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