僕がバツイチになった理由。

成田離婚…Divorce shortly after honeymoon.

最初の妻は小柄で丸顔で情熱的な人だった。

失恋からなかなか立ち直れない僕を熱心に励ましてくれた。気が付けば彼女が隣にいる事が当たり前になる程に。

大学卒業年度に彼女の父親が末期癌になり、彼女の花嫁姿を一目見たかったと告げられ、僕は義父となる彼の為に卒業と同時に彼女と結婚しようと決心した。

学生の僕には大した収入もなく、金銭的に厳しかったけれど、披露宴もした。

彼女は僕にとって、アルコール依存(一歩手前の状態)から救ってくれた恩人でもあったから、友人からの「あの子はお前と付き合う前に、違う男にも迫ってた、辞めた方がいいよ」と言う忠告は無視した。

一緒にいる時間も長く、浮気する暇なんて無い様に思った。彼女はモテる。嫉妬してるんじゃないか?とも思った。

姉が僕を案じて素行調査をしていた事を知ったのは披露宴の日だった。

僕以外の男に腕を絡める彼女の写真や、文章で2人がどんな風に過ごしていたかを目の当たりにしても僕は、どこかぼんやりと「結婚前の事だから、これからは違う筈だ」と現実を受け入れる事が出来なかった。

披露宴後、二次会もそこそこに退場し、そのまま深夜の便でインドネシアに向かった。

飛行機の中で、妻となったその人の寝顔を見つめていると、何かが弾けた。この人は結婚後も変わらずあの男と会うのだろう。披露宴に呼ぶ位なのだから。

スカルノハッタ空港で「もう一緒にいられない、このままひとりで帰国して欲しい。理由は分かるよね?」

僕はそのままヤケクソで、ひとりで新婚プランを完遂した。

コテージのベッドは天蓋付で、プルメリアの花が散り、湯船にも花!花!邪魔!

美しい筈のエメラルド寺院は涙で霞み、見ず知らずのおっさんに慰められ、バジャイ(タクシー)に乗せられ、しっかりぼったくられ、良い女がいるから遊んで行けよと言われた先には、甥っ子より幼い小学生?中学生?とにかく子供を紹介されて絶望して、花だらけのベッドで寂しく一人寝。

愛する人に贈る為にフレグランスを調合なんてプラン、誰が組んだんだ!淡い桜色の瓶に詰められた香水は、帰国途中にゴミ箱に投げ捨てた。

帰国後もヤケクソモードで、最後の共同作業。2人で仲良くご祝儀の返済行脚。

子供部屋が3つもある新居でひとり寂しく、ローンを返す為に馬車馬の様に働く毎日。

こんな筈じゃなかった。20代の内に結婚して、子供は3〜4人。専業主婦の妻。夢は潰えた。

今の妻は、僕をそんな孤独から救い出してくれた人。再び結婚したいと思わせてくれた人。

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