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あじさいの小径

 月も星も出てこなかったこの夜。雨だけ綿々と降っている。

 薄暗い街灯がちかちかと点滅し、それに合わせて時計台の針もこくこくと動いている。今の時間だときっと誰も来ないだろう、とそう思いきや、遠くから足音がだんだん聞こえてきた。
    懐中電灯の光で、夜の坂道は異常に明るく照らされた。そのまぶしい光を手で少し遮れば、一人の女の子の姿がぼんやりと見える。

 ポツン、ポツン…。

 水たまりを踏みながら、こっちへと近寄ってくる。

 ポツン。 

 街灯の光に照らされたあじさいは静かに咲いている。彼女はあじさいの前に足を止めた。

 すると、公園の向こう側から一人の男の子が走ってきた。

「ごめん。遅くなって…」

「ううん、大丈夫だよ」

 さらさらと吹かれた木の葉の音とともに、二人はなにかをしゃべりはじめた。 

「トントン、時間になったよ…。」

 携帯からアラーム音が流れてきた。いつもならまったく気にしなかったが、どうやら既に十一時になったようだ。

「じゃ、そろそろ帰ろう。またね」

「うん、また…」

 手を振ったら、男の子は帰り道へ進んでいく。その後ろ姿が見えなくなるまで、彼女はあじさいの前で佇んでいる。 
    あしたになると、彼と離れ離れになるのだ。そして、この気持ちもとうとう伝えなかったね。
    ふと、目からなにかが湧いてきた。
    あじさいのせいで、今年ははじめて花粉症にかかったかもしれないね。

➤2019年5月初稿・はじめてあじさいに出会ったあの夏より

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