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紅葉と椿

 椿ちゃんは時々、窓の外をじっと見つめている。

 空高く、風清く、まるで夕べの嵐がこの土地を恐れ、一晩足を留めて、またすぐ遠くへ逃げてしまったようだ。

 ふと風が立ち、二階の窓の隙間から、一枚の紅葉が机の上に寄ってきた。

 また、彼の季節がやってきた。

 小さい頃から、椿ちゃんには不思議な幼馴染がいた。顔立ちのいい爽やかな少年に見えるが、左手にはいつも紅葉の枝を握っている。それで、彼のことを「紅葉君」と呼んでいる。

 初めて紅葉君に会った時、椿は彼が変だと思った。

「なんでいつも紅葉の枝を握っているの」

「握らないと、僕は紅葉になっちゃうよ」

 えっ、紅葉になる?何のおとぎ話なの?

 しかし、それを聞いた時、紅葉の枝に触れようとするのを諦めた。

 その日以来、椿ちゃんは毎日、公園に寄るのが日課になった。もしちょうどそこに彼がいたら、二人は小さな丘の上に座って、学校であった面白いことを話したり、数学難しいなぁと悩みを吐いたりしている。

 いつも椿ちゃんがいっぱい話して、紅葉君はただ微笑みながら、彼女の話を聞いていた。

 だんだん大きくなるにつれ、椿ちゃんはあることに気付いた。紅葉君は秋にしか現れないことだ。紅葉の季節になると、彼は必ず家の近くの公園にいる。毎年十一月の二十五日間だけ、紅葉君に会える。

 いつの間にか、毎年、秋が来るのを楽しみにしてきた。

 ある日の放課後、椿ちゃんはいつものように、公園にやってきた。少し暗い顔をしている。

「どうしたん。誰かにいじめられたか」

 紅葉君は心配そうに、椿ちゃんを見ている。

「大好きなおばあちゃんが、おばあちゃんがなくなったの」

 ボロボロと泣き始めた椿ちゃんを見て、どう慰めていいかわからない紅葉君は、

「ここでちょっと待ってね」

 そう言うと、紅葉君はどこかへ消えた。

 すると、不思議なことが起きた。

 紅葉の葉っぱの一枚一枚が、小さな妖精になって、椿ちゃんに挨拶してくる。黄金色のマシュマロや、蜂蜜に塗られたパン、赤色のキャラメルなど、色々なお菓子やジュースを運んできて、目の前にはお菓子がいっぱい並んだ。

「どうぞ」

 ツインテールをしている紅葉の妖精が、芳ばしい匂いを発散しているガラスの入れ物を差し出した。

「あ、ありがとう」

 それを飲むと、甘酸っぱい味が口から広がり、あっという間に飲み干した。

「おいしい、これは何?」

「これはね、紅葉のジュースだよ。」

「紅葉君に頼まれたの。飲んだら、少しでも元気だしてね」

「椿ちゃん、元気出た?そうだ、紅葉君の小さい頃の話をしよう」

 妖精たちが椿の周りを飛んだり、色々な面白いことを話したり、必死に椿に元気を出させようとした。

 またしばらくたってから、「そろそろ時間だ」と言った妖精たちは、椿ちゃんにバイバイと言いながら、また紅葉になった。

 すると、紅葉君がそっと現れた。

「少し落ち着いてきた?」

「本当にありがとう。面白い話を聞いた。色々ね。紅葉君の話もね」

「えっ、彼女たち何言った?」

「教えてあげない」

「教えてよ」

 笑顔になった椿ちゃんを見て、紅葉君も少しほっとした。


 だんだん夜が暮れてきて、椿ちゃんも、だんだん沈黙してきた。

「今日は、二十五日目かぁ」

 明日になったら、また一年待たなければならない。

 椿ちゃんは、やはり毎年この日がやってくるのに慣れていなかった。

 紅葉君は、毎年この日になったら、どう思うのかな。

 そう言おうとする時に、突然頭の上に何かが載せられた。

「えっ、なに?」

 頭の上からそれを取って、手に載せたら、夕日に勝るぐらいの茜色のベレー帽だった。よく見てみると。墨のような黒い縁に、紅葉が二枚飾られている。

「もうすぐ椿ちゃんの誕生日でしょ。しかも、だんだん冬になるじゃん」

 紅葉君は、ベレー帽を取って、椿ちゃんの頭の上にかぶらせた。温もりが頭から体に伝わり、まるで焼き芋を抱えているように、椿は幸せな気持ちに包まれた。

「あ、ありがとう」

 少し恥ずかしそうに紅葉君の暖か赤色の瞳を見つめた椿ちゃんは、ドキドキし始めた。

「じゃ、私もそろそろ帰ろうかな。また、来年会おう」

 椿ちゃんが少し名残惜しそうに、公園を出ると、紅葉君が視界から去るまで、何度も振り返った。

 紅葉君はただ微笑みながら、左手を振っていた。その枝から、最後の紅葉の一枚が地面に落ちた。


➤2018年10月初稿・文学フリマへの出展

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