2007東京大学/国語/第一問/解答解説
【東京大学/2007年/国語/第一問/解答解説】
東大第一問の解説をアップする理由は以下の三点です。①難度は高いが良問であること。②標準的な形式で他大学への応用がきくこと。③公開されている解答に改善の余地が大きいこと。
それで、より良い解答を世に提起し議論の俎上に載せようと思っている訳です、が実際はなかなか反応がありせん。笑
解答を作成、提示するにあたり心掛けていることは以下の二点です。①より洗練された解答であること。②無理のない根拠より導かれた、生徒にも再現可能な解答であること。できれば、こうした解答を提出することで、自らも含めて学ぶものの知の向上に寄与したいと思っています。
〈本文理解〉
出典は浅沼圭司『読書について』。芸術論だが、読書については一切触れていない。表題から主題を探るなどというセコいやり方はやめた方がいい。本文の表現に着目して重要な箇所を抽出する。
①段落。「一方」で対比される冒頭の2文を承け、3文目「かけがえのない個性的ないとなみと作品、それらすべてをつつみこむ自律的な一固有の法則によって統御された一領域」。「しかし」この二つは矛盾する関係にある。「したがって」近代的な芸術理解にとっては、この二つ、個と全体を媒介する集合体を想定するのが不可欠だ。「芸術のジャンルが、近代の美学あるいは芸術哲学のもっとも主要な問題のひとつであったのも、むしろ当然だろう」(傍線部ア)。個別的な作品と全体的な領域の間に、多様なジャンルを介在させ、そのジャンルの間に一定の法則的な関係を設定することで、芸術はひとつのシステム(体系)として捉えうる。
②段落。個々の作品は、ジャンルに属することで芸術という自律的な領域に位置づけられるが、この自律性こそが芸術に特有の価値の根拠であるから、ジャンルへの所属は作品の価値の根拠となる。
③段落。近代と区別された現代の特徴として、基準枠・価値基準のゆらぎ・消滅があり、芸術も例外ではない。「かつては、芸術の本質的な特徴として、その領域の自律性と完結性があげられ」(傍線部イ)、とくに日常との差異が強調された。しかし現在、芸術の全体領域が曖昧になりつつあり、その内部のジャンルにおいても、かつての区分が意味を失っている。しかしすべてのジャンルが意味を失ったのではなく、無数の作品が、何らかの集合を形づくりながら、いまなお共存している。(グールドとデュシャンの例)。現代においても、理論的な営みが個別具体に埋没せず普遍的法則を求めようとするかぎり、「分類」(むしろ「区分」)は「欠かすことのできない作業(操作)のはずである」(傍線部ウ)。
④段落前半。(グールド/音楽家/聴覚、デュシャン/美術家/視覚)。社会の構造、思想的な枠組みが変動しても、「感性」に基づき、「感性」に満足を与えることを第一の目的とする文化領域が形成され、その領域が「『感性』の基礎となる『感覚』の領域にしたがって区分される」(傍線部エ)のは自然なことである。ところで、同じ視覚的性質でも、用いる画材によってかなりの違いが生じる。感覚的性質とそれを支える物質を基準とする芸術の分類は、時と場所の制約をこえた普遍的なものだ。
④段落後半。もっとも普遍的であるとともに、歴史のなかで微妙な変動をみせるジャンル区分は、芸術の理論的研究と歴史的研究に新たな融和をもたらすかもしれない。(一方)個別と普遍を媒介するジャンルの把握には「厳密な理論的態度とともに、微妙な変化を識別する鋭敏な歴史的まなざしが要請される」(傍線部オ)。いずれにしろ、近代的なジャンル区分に固執してアクチュアルな現象を排除するのも誤りだし、分類の近代性ゆえジャンル研究の現代的意義を否定するのも間違いである。
〈設問解説〉
設問(一)「美術のジャンルが、近代の美学あるいは芸術哲学のもっとも主要な問題のひとつであったのも、むしろ当然であろう」(傍線部ア)とあるが、なぜそういえるのか、説明せよ。(60字程度)
理由説明問題。ザックリ「AがBの主要な問題であった」理由は、「BはAを必要とするから」となる。後は、BとAをそれぞれ説明して両者をつないで、一丁上がり。
Bについては、①段落の初め3文を参考に「近代は芸術に個別性と全体性を求める」。その「矛盾する二項を媒介」(5文目)するのが「(中間領域の)ジャンル」であるから(必要)、となる。
<GV解答例>
近代が芸術に要請する唯一無二の個別性と自律的な文化領域としての全体性という矛盾する二項を解消に導くのが、中間領域のジャンルだから。(65字)
<参考 S台解答例>
個を普遍へと媒介するジャンルを設定することで、作品は個性を保持しつつシステムのうちに連続化されるから。(51字)
設問(二)「かつては、芸術の本質的な特徴として、その領域の自律性と完結性があげられ」(傍線部イ)とあるが、どういうことか、説明せよ。(60字程度)
内容説明問題。傍線部の要素を並び替え整理すると「かつて(近代)の芸術は/その領域の自律性と/完結性を/本質的な特徴とした」。後は芸術領域の「自律性(それだけ)」と「完結性(閉じている)」を分けて説明したら、一丁上がり。
「自律性」については、傍線部直後を参考に「日常を始めとした他領域から独立」とする。「完結性」については、見えにくいが、①段落でまだ使っていない傍線部アの直後の文から「(ジャンル間の法則的な関係によって成立する)体系」とする。
<GV解答例>
近代の芸術は、日常を始めとした他領域から独立した、ジャンル間の法則的関係により成立する体系として定義されるものであったということ。(65字)
<参考 S台解答例>
近代において芸術は、個々の作品を各々のジャンルに包摂することで、日常世界とは異なる価値の体系をもち得たということ。(57字)
設問(三)「欠かすことのできない作業(操作)である」(傍線部ウ)とあるが、それはなぜか、説明せよ。(60字程度)
理由説明問題。傍線部を伸ばし「理論的ないとなみが…普遍的な法則をもとめようとするかぎり、「分類」は一むしろ「区分」といったほうがいいかもしれないが一欠かすことのできない作業…」となる。ならばその理由は「(ジャンル)区分により普遍的な法則をもとめる必要があるから」となるだろう。
それでは、なぜ「区分により普遍的な法則をもとめる必要がある」のか?根本理由として「現代は価値基準がゆらいでいること」(③段落冒頭文)と、「(法則的な関係を設定することで)芸術はひとつの体系としてとらえうる」(①段落7文目)、つまり「芸術がひとつの体系であるために(法則性をもとめる)」を指摘する。
<GV解答例>
価値基準がゆらぐ現代においても、芸術が体系として志向される以上、個別的作品をジャンルで区分し、普遍的法則性を見出す必要があるから。(65字)
<参考 S台解答例>
境界を越える現代の芸術現象に対しても、個々の作品を位置づける普遍的な芸術理論には、集合による区分が必要だから。(55字)
設問(四)「『感性』の基礎となる『感覚』の領域にしたがって区分される」(傍線部エ)とあるが、どういうことか、説明せよ。(60字程度)
内容説明問題。主語を補い、分けて言い換える。「その領域(a)が/『感性』の基礎となる(b)/『感覚』の領域(c)/にしたがって区分される」。(a)については、直前の部分を圧縮して「感性に訴える文化領域」とする。(b)については、「『感性』の導入部となる」ぐらいでいいだろう。(c)については、傍線直後の文から「感覚の性質」と「素材の感じ(質感)」を指摘する。これで言い換えは完了。
その上で、前③段落の前提に戻って、「現代においてジャンルの溶解が進んでいること」を指摘する。傍線部は、そうした中で、どういったジャンル区分ができるかという位置づけであった。
<GV解答例>
ジャンルの溶解が進む現代においても、感性に訴える文化領域を、その導入部である感覚の性質や素材の質感で分けることができるということ。(65字)
<参考 S台解答例>
作品を社会の構造や思想的な枠組みから切り離し、純化された感覚によってのみ、ジャンルに分けるということ。(51字)
設問(五)「厳密な理論的態度とともに、微妙な変化を識別する鋭敏な歴史的まなざしが要請される」(傍線部オ)とあるが、どういうことか、全体の論旨に即して100字以上120字以内で述べよ。
内容説明型要約問題。基本的な手順は、
1⃣ 傍線部自体を簡単に言い換える。(解答の足場)
2⃣「足場」つながる論旨を取捨し、構文を決定する。(アウトライン)
3⃣ 必要な小要素を全文からピックし、アウトラインを具体化する。(ディテール)
1⃣ 省略箇所を補うと「ジャンルの把握には/…理論的態度とともに/…歴史的なまなざしが/要請される」。「因→果」の順に言い換えると「…理論的態度と/…歴史的まなざし(の協働)により/ジャンルの把握ができる」。「理論的態度」「歴史的まなざし」という言葉自体は、特に言い換えるほどでもない。では、どんな「ジャンル把握」が可能になるのか?
2⃣ 傍線部のある④段落は、長い段落の前半に「ジャンル区分が困難な現代においても、人間普遍である感覚に基づく区分が可能である」ことが述べられている。これは設問(四)で考察した通り。
それで傍線部に直接つながる論旨として「もちろん」以下の内容、つまり「人間の感覚は、時と場所、新たな材料により変化するものだから、感覚に基づくジャンル区分は、理論的研究(普遍性と対応)と歴史的研究(変化と対応)の融和をもたらしうる」を押さえる。
加えて、傍線部直後の本文の最終文の吟味も忘れないようにする。つまり「アクチュアルであるとともに、理論的態度も保たねばならない」ということだろう。
以上より「ジャンル研究は/人間普遍で/かつ時処と材料の流行に伴い変化する/感覚に基づく点で/理論的研究と歴史的研究の融和を可能にするが/逆に/理論的態度を保ち変化に柔軟に対応することで/(新たな)ジャンル把握が可能になる」と構文が決まる。
3⃣ では、どんな「ジャンル把握」が可能になるのか?もうお分かりだろう。この文章は、近代(①②段落)と現代(③④段落)の芸術把握を対比し、特にその後者における困難性を述べてきた。③段落より、現代は価値基準がゆらぎ、芸術の全体領域の画定と、その内部のジャンル区分が曖昧になっている。そうした中で「理論的で、かつ変化に柔軟な研究態度」こそが「現代における新たなジャンル区分」を可能にする。
さらに、そのジャンル区分が「個と全体を媒介し、連続性をもたらす」(①段落5文目)ことで「現代的な」芸術理解をもたらすはずだ。以上の理解より完璧な解答ができる。
<GV解答例>
ジャンル研究は、人間普遍でかつ時処と対象の流行に伴い変化する感覚に根差す点で、理論と歴史研究の融和を可能にするが、価値基準がゆらぐ現代、逆に理論に立脚しながら現実に柔軟に処することが、新たなジャンル区分による現代的芸術理解を促すということ。(120字)
<参考 S台解答例>
個々の作品と普遍的価値を媒介するために、ジャンルを規定する理論的探究を行わねばならないが、近代の分類に固執せず、時代によって変化する感覚的性質と作品の材質とを内実とする普遍的な区分によって、現代の芸術現象を歴史的に把握するべきだということ。(120字)
設問(六)
a. 通念 b. 統御 c. 流布 d. 融和 e.排除