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【閲覧注意】呪物と共に生きる男 - 怪談師・田中俊行の異形の人生


幼少期から始まる不思議な縁

田中俊行は1978年9月30日、兵庫県神戸市に生を受けた。幼い頃から母親の影響でオカルトや怪談に興味を持ち始め、その後の人生を決定づける出来事が待ち受けていた。

実家は魚屋を営んでいたが、客は猫しかいないような状況だったという。この不思議な環境が、後の田中のオカルト的な感性を育んだのかもしれない。

運命を変えた衝撃の事故

中学2年生の時、田中は友人との自転車レース中に赤信号で国道に飛び出し、車に轢かれるという重大な事故に遭遇する。約1ヶ月の入院生活を余儀なくされ、そのうち2週間は記憶喪失の状態に陥った。医師からは「息子さんの脳細胞はめっちゃ死にました」と告げられるほどの重傷だった。

この事故を境に、田中の人生は大きく変わる。それまで野球部に所属し、チームプレイを重視していた彼が、オカルトや怪談に深く傾倒していくのだ。まるで事故によって、彼の中に眠っていた不思議な力が目覚めたかのようだった。

高校時代の奇妙な生存戦略

高校時代、田中は治安の悪い工業高校に進学する。クラスには学年一のヤンキーがおり、他のクラスのヤンキーたちを制圧していた。田中は「どうにかせんと3年間カツアゲされるだけや」と焦り、ヤンキーから逃れるために「陰者ユニット」を結成する。

このユニットには、パンク好きですぐにベロを出し、カバンに100個ほど安全ピンを付けている同級生や、探偵学校に通い、常にイヤホンで盗聴の音を聞き、授業中は耳栓をして読唇術でメモを取る生徒などが含まれていた。この戦略は効果的で、ヤンキーからの攻撃を避けることができた。しかし、その代償として、このユニットが不気味すぎて誰からも相手にされなくなり、先生を含めて孤立してしまったという。

大学受験の失敗とインド逃亡

高校卒業後、田中は京都の美大を受験する予定だったが、運命の悪戯か、受験当日に寝坊してしまう。試験をほとんど受けられず不合格となった彼は、家族には「受かった」と嘘をつき、入学金として預かっていたお金を使ってインドに逃亡する。

実際には、タイ、ネパール、インドにそれぞれ1ヶ月滞在し、インドでは自分探しではなく、職を探していたという。約3ヶ月後にお金が尽き、帰国した田中は家族に謝罪し許してもらった。家族からは「あと少しで捜索願を出すところだった」と言われたそうだ。

この経験は、後の田中の人生に大きな影響を与えることになる。異国の地で見聞きした不思議な出来事や文化が、彼のオカルトへの興味をさらに深めたのだろう。

怪談グランプリ優勝と怪談師としての道

2013年、田中は「稲川淳二の怪談グランプリ」に出場し、見事優勝を果たす。この成功が彼の怪談師としてのキャリアを確立するきっかけとなった。彼の語る怪談は、自身の経験や収集した呪物にまつわる話など、リアリティのある内容で人々を魅了した。

呪物との出会いと上京

2021年、42歳で神戸から東京に上京し、一人暮らしを始めた田中。この時期、彼は「チャーミー」と名付けた呪いの人形をきっかけに、呪物コレクターとしての活動を本格化させる。

チャーミーは、田中が怪談ライブに参加した際に、観客から「可愛がる人を次々に不幸にする人形」として渡されたものだ。彼はその後、特に気にせず自宅に持ち帰ったが、人形を持ち帰った後、奇妙な現象が起こり始めた。田中はこの経験を通じて、「モノには何かが宿ることがあるんだ」と信じるようになり、呪物の収集に本格的に取り組むようになったのだ。

呪物との共生

現在、田中は約150体の呪物と共に生活している。彼のコレクションには、いわくつきの人形や絵画、宗教儀式で使用された神具など、さまざまなアイテムが含まれている。

彼は呪物に対して感謝の意を表し、帰宅するたびに「今日もありがとうございました。お疲れ様でした」と声をかけることを習慣にしている。また、呪物にお菓子を供えたり、呪文を唱えたりすることもあるという。

田中の家は、文字通り呪物で溢れており、これらのアイテムは彼の生活の一部として機能している。彼は、呪物を集めることが仕事になっており、これらのアイテムを通じて多くの人々に興味を持たせる活動を行っている。

不思議な現象の数々

田中の周囲では、さまざまな不思議な現象が報告されている。例えば、彼の実家では、事故物件として知られ、奇妙な肉塊や騒霊現象が起こるとされている。

田中自身が体験した怪奇現象の一つには、家に持ち帰った呪物が原因で、部屋の電気が激しく明滅し、音声認識機能が誤作動するという出来事がある。また、彼の実家では、夜中に階段を誰かが上り下りする音や、玄関で大きな水をぶちまけたような音が何時間も続くといった現象が報告されている。

さらに、田中の実家の2階では、深夜に祭りのような騒ぎが起こることがあり、数人が楽しく踊っているような音が聞こえるという。この現象は、特にリビングで発生することが多いとされている。

自衛隊での経験と怪談

田中の怪談の中には、自衛隊にまつわる不思議な話も含まれている。彼は自衛隊員としての経験を活かし、硫黄島での慰霊行事に関する怪現象についても語っている。上皇さまと上皇后さまが硫黄島を訪れた際、謎の足音などの怪現象が収まったという話が伝えられている。

オカルトコレクターとしての活動

田中は現在、オカルトコレクターとして多くの呪物を収集し、YouTubeやイベントでそのコレクションを紹介している。彼のコレクションには、実際に怪異を引き起こしたとされる呪物も含まれており、視聴者や参加者にとって興味深い内容となっている。

彼のYouTubeチャンネルでは、呪物の紹介や怪談の語りを行い、視聴者との交流を深めている。また、イベントやトークショーにも参加し、直接ファンと交流する機会を持っている。

未来への展望

田中は今後も呪物や怪談に関する活動を続け、さらなるコレクションの拡充や新たなイベントの開催を計画している。彼の活動は、オカルト文化の普及にも寄与しており、多くの人々に不思議な世界への興味を抱かせている。

彼は自身のYouTubeチャンネルを通じて、視聴者からの体験談を集め、これらを基に新たな怪談を創作することも行っている。この活動は、単なる怪談の語り手にとどまらず、視聴者とのインタラクションを通じて新たな物語を生み出す場ともなっている。

結びに

田中俊行の人生は、まさに怪談そのものだ。幼少期からの不思議な縁、運命を変えた事故、呪物との出会い、そして怪談師としての活躍。彼の人生は、常に不思議な力に導かれているかのようだ。

彼の活動は、単なるエンターテイメントを超え、人々に「この世界には説明のつかないことがある」という気づきを与えている。田中俊行という存在自体が、現代社会における一つの怪談となっているのかもしれない。

これからも彼は、呪物たちと共に生き、新たな怪談を紡ぎ出し続けるだろう。そして、彼の語る物語は、私たちの想像力を刺激し、この世界の不思議さを再認識させてくれるはずだ。



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