「闇取引の代償」
第一章：依頼
東京の喧騒から少し外れた場所に、小さな探偵事務所がある。その看板には「御茶ノ水探偵事務所」と控えめに記されている。事務所の主、御茶ノ水 透は23歳。若くして私立探偵となった彼の鋭い洞察力と、人を惑わすマジックの腕前は、この業界でも一目置かれる存在だった。
梅雨の晴れ間、事務所の扉が静かに開いた。
「お待たせしました、田中様。どのようなご用件でしょうか？」
御茶ノ水は、椅子に座った中年の女性クライアントに向かって丁寧に尋ねた。彼の鋭い目は、来訪者の些細な動きも見逃さない。
「実は…夫の浮気を疑っているんです」田中さゆりは俯きながら話し始めた。「最近、帰りが遅くなったり、休日に外出したりすることが増えて…」
御茶ノ水は黙って頷きながら、クライアントの話に耳を傾けた。典型的な浮気調査の依頼。しかし、彼の直感は何か違和感を感じていた。さゆりの手が微かに震えている。単なる不安からくるものだろうか、それとも…。
「夫婦関係に変化はありましたか？例えば、急に優しくなったとか、逆に冷たくなったとか」
さゆりは少し考え込んだ後、答えた。「そういえば…最近、夫が私の体調を気遣うようになったんです。今まではあまり…」
御茶ノ水は眉をひそめた。これは典型的な浮気のパターンとは少し違う。
「分かりました。調査を引き受けさせていただきます」
第二章：追跡
調査は翌日から始まった。御茶ノ水は田中の夫、健一の行動を慎重に追跡した。オフィス街で働く平凡なサラリーマンに見えたが、確かに不審な動きがあった。
昼休みに、健一は同僚たちと別れて一人で歩き出した。御茶ノ水は帽子とサングラスで変装し、後をつける。健一が向かったのは、近くの高級ブティック。そこで彼は婦人服を物色し始めた。
「浮気相手への贈り物か」御茶ノ水は心の中でつぶやいた。しかし、健一が手に取ったのは、明らかにさゆりの年代向けの服だった。
3日目の夜、健一は会社帰りに六本木の高級クラブに入った。御茶ノ水は店の外で待機していたが、1時間後、健一が慌てた様子で店を出るのを目撃した。そして、彼は予想外の場所へと向かった。
六本木ヒルズの裏手にある古い雑居ビル。健一は周囲を警戒しながら中に入っていく。御茶ノ水は慎重に後を追った。
第三章：闇の取引
ビルの中は薄暗く、静寂に包まれていた。しかし、その静寂を破るように、突然の物音が響いた。御茶ノ水は音の方向へ身を隠しながら進む。
そこで目にしたのは、予想もしなかった光景だった。
健一は別の男性と向かい合っており、緊張した面持ちで何かを渡していた。それは…機密書類のようだった。
「これで最後だ。もう関わりたくない」健一の声が震えていた。
「甘いな、田中。お前はもう戻れないんだよ」相手の男は冷たく言い放った。「それに、お前の可愛い奥さんのこともあるしな」
御茶ノ水の目が鋭く光った。さゆりも関係しているのか？
彼は息を潜めて様子を窺っていたが、不意に足を滑らせてしまう。その音に、二人の男が振り向いた。
「誰だ！」
御茶ノ水は瞬時に判断し、得意のマジックを使って煙幕を張った。ポケットから取り出した特殊な粉末が、瞬く間に周囲を白い霧で包み込む。
混乱に乗じて、彼は素早く逃走を試みた。しかし、追手は執拗だった。御茶ノ水は六本木の街を全力で駆け抜ける。暗い路地、人混みの中、追手との緊迫した追走劇が繰り広げられた。
彼は人混みの中で素早く変装する。帽子を脱ぎ、上着を裏返して着る。そして、通りがかりの女性に向かって演技を始める。
「あら、久しぶり！元気にしてた？」
女性が困惑する中、追手たちは御茶ノ水を見失い、走り去っていった。
第四章：真相への糸口
やっとのことで追手を振り切った御茶ノ水は、安全な場所に身を隠し、これまでの出来事を整理し始めた。これはただの浮気調査ではない。健一は明らかに何かの違法行為に関与していた。しかし、それは何なのか？そして、依頼主のさゆりは本当に何も知らないのだろうか？
翌日、御茶ノ水は慎重に調査を進めた。健一の会社、取引先、そして六本木の高級クラブ。徐々に真相が見えてきた。健一は大手IT企業の中間管理職。彼が渡していたのは、自社の機密情報だったのだ。
御茶ノ水は、健一の会社の外で待機していた。昼休みに健一が出てくるのを見計らって、さりげなく声をかける。
「田中さん、ちょっとよろしいでしょうか」
健一は驚いた様子で御茶ノ水を見た。「あなたは…」
「昨晩のことで、お話があります」
健一の顔が蒼白になる。御茶ノ水は続けた。「奥様の心配をされているようですね」
健一は周囲を見回してから、小声で答えた。「警察ですか？」
「いいえ、私立探偵です。奥様に依頼されました」
健一は一瞬、安堵の表情を見せた。しかし、すぐに緊張が戻る。
「妻には何も言わないでください。彼女を守るためなんです」
御茶ノ水は静かに頷いた。「詳しく聞かせてください」
しかし、なぜ彼はそんなリスクを冒したのか？答えは意外なところにあった。
第五章：隠された真実
さゆりとの再度の面会で、御茶ノ水は重要な情報を得た。
「実は…私も夫に隠していることがあるんです」さゆりは泣きそうな顔で打ち明けた。「私、難病なんです。治療費がかかって…でも、夫に心配をかけたくなくて…」
そこで全てが繋がった。健一は妻の治療費を捻出するために、会社の機密情報を売っていたのだ。しかし、それは犯罪組織との取引だった。一度関わってしまえば、簡単には抜け出せない。
御茶ノ水は決断を下した。この事件を解決するには、警察の力が必要だ。しかし、それは依頼主の夫を犯罪者として裁くことになる。
彼は慎重に証拠を集め、匿名で警察に情報を提供した。そして、健一夫妻には真実を告げ、自首を勧めた。
「私にはもう選択肢がないんです」健一は肩を落とした。
「いいえ、まだあります」御茶ノ水は静かに言った。「真実を明かし、正しい道を選ぶことです。それが、あなたの奥様のためにもなる」
さゆりは夫の手を握り、涙ながらに語った。「私も全て話します。一緒に乗り越えましょう」
第六章：解決への道
数日後、健一は自ら警察に出頭した。御茶ノ水の助言と、彼が集めた証拠のおかげで、健一の刑は軽減された。さゆりは夫の真意を知り、二人で困難に立ち向かう決意をした。
事件解決後、御茶ノ水は警視庁の刑事、佐藤から連絡を受けた。
「御茶ノ水さん、今回の件では協力に感謝する。実はな、田中が関わっていた組織、我々も以前から目をつけていたんだ。お前の情報で、一網打尽にできそうだ」
御茶ノ水は静かに頷いた。「人々を守るのが私の仕事です」
佐藤は笑みを浮かべた。「また協力を頼むかもしれないぞ。探偵と警察、手を組めば怖いものなしだ」
事件は解決したが、御茶ノ水の心には複雑な思いが残った。正義とは何か、人を救うとはどういうことか。彼の探偵としての旅は、まだ始まったばかりだった。
エピローグ
六本木の街に夜が更けていく。御茶ノ水は事務所の窓から、きらびやかな街の明かりを見つめていた。そこには、まだ多くの謎が、そして救うべき人々が待っているはずだ。
彼はポケットからコインを取り出し、指の間で器用に操る。それは彼の決意の現れだった。どんな難事件も、必ず解決してみせる。
コインが空中に舞い、御茶ノ水の手の中に消えた。新たな事件の幕開けを予感させるかのように。
そのとき、事務所の電話が鳴った。御茶ノ水は受話器を取る。
「もしもし、御茶ノ水探偵事務所です」
電話の向こうから、困惑した声が聞こえてきた。「助けてください。私の夫が…消えてしまったんです」
御茶ノ水の目が鋭く光る。「詳しくお聞かせください」
新たな謎が、彼を待っていた。
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