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素人と読む旧約聖書⑩首を落とす
素人と読む旧約聖書シリーズは、筆者が、作家であり絵画など美術作品に詳しい中野京子大先生の本を読んで、歴史や美術に関心を持ち、その中でも特に興味を抱いた「聖書」の分野を、皆さんにも理解してほしいという思いから始まりました。ちなみに、筆者は万物において素人なので、どうか温かい目で記事をご覧願います。
参考にさせていただいた中野先生の著作はこちらになります。是非、購入をいただけたら私も嬉しいです。
Amazonリンク:中野京子と読み解く 名画の謎 旧約・新約聖書篇
著:中野京子・文藝春秋社
1.はじめに
前回までで、旧約聖書の『創世記』の36章までを紹介した。『創世記』は全50章であり、その後は『出エジプト記』へと物語は続いていく。
これまでの回で、世界の誕生の瞬間はをなんとなく理解できたのではないだろうか。「素人と読む旧約聖書」の最終回であり、番外編の今回は、『ユディト記』について取り扱いたいと思う。
2.『ユディト記』
ユディトについては、『ユディト記』に記載がある。ユディト記は旧約聖書の外典である。外典とは、聖書におさめるべき主張もあったが、正典からは除外された文書のことである。なので、『ユディト記』は、旧約聖書の聖典の39書に含まれていない。
しかし、ユディトという女性が、旧約聖書という男性が主役のものがたりでフォーカスされ、多くの絵画や劇などの作品のモチーフとして、現在まで記録で残されているのは、彼女の芯からの強さやカリスマ性があったからではないだろうか。
3.襲撃
ユダヤ人女性であるユディトは、夫を失い未亡人として生きていた。彼女は、神に対しての強い信仰心をもっていたために多くの人々から尊敬をされていた。
そのころ、アッシリアの王であったネブカドネザル2世は(歴史においては間違った記述である。新バビロニア王国の王という解釈が一般的である。)、敵との戦いにおいて、自分に協力しなかったものを攻撃するために、司令官のホロフェルネスをあらゆる町へ派遣していた。
ユディトの住んでいた町、「ベトリア」もホロフェルネスの襲撃にやられてしまい、降参の1歩手前まできていた。そこでユディトは神に祈り、自分がやらなきゃいけないと悟り、ある作戦を練り、実行に移すことを決意する。
そして、美貌の持ち主であったユディトは、侍女ひとりを連れて、アッシリア軍へ乗り込み、言葉巧みにホロフェルネスに取り入り、自分の民族を背き、敵へ寝返ったと信じこませることに成功した。
ユディトはエルサレムの進軍の道案内をしたいと申し出る。アッシリア軍はここまで言うユディトのことを信じてしまっていたのであろう。
一方、3日間軍から出された食事に手を出すこともなく(信仰心より)、ユディトはその時を待ち続けた。
4.英雄
3日間のユディトの態度や行いを信じ切ったホロフェルネスはユディトの虜になっていた。そして4日目に、ユディトとホロフェルネスの2人だけの夜を迎えることとなる。
ユディトは、ここで決意する。お酒がまわり泥酔状態のホロフェルネスを確認すると、彼の短剣を手に取り、彼の首を切り落とした。
待ち構えていた侍女は、血まみれのその首を食料袋に入れ、ユディトたちは夜に紛れ、颯爽とアッシリア軍を飛びぬけた。その足でベトリアの街へと戻っていった。
すぐに事の次第を確認し、落とした首を確認したユダヤ人たちは、チャンスを逃さず、大将を失ったアッシリア軍の隙をついて反撃を仕掛けた。アッシリア軍は、大将を失い、力が弱まっていたため、敗走するのに精一杯であっただろう。
こうして、外部からの攻撃から町を守り、これ以降、ユディトが亡くなるまでの間、ベトリアの平和は守られた。
5.ユディトのつよさ
ユディトの行動は、神への強い信仰心がその源となっており、それを力に変え、国を救った旧約聖書で唯一の女性の英雄として、描かれている。
ここからは、ユディトがホロフェルネスの首をとったシーンのユディトの強さを感じられる有名な絵画を3枚紹介する。
①アッローリ『ホロフェルネスの首を持つユディト』
ユディトの功績を賛辞するように強調されており、首に血は描かれていない(血が描かれるのが一般的であった)。また、右手の剣は正義を表す象徴の意味がある。
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②カラヴァッジョ『ホロフェルネスの首を斬るユディト』
なんとも躍動的なシーン。実際に首を斬る最中のユディトを描く。注目すべきは3人の表情のコントラストである。最中の情景がよりリアルに伝わってくる素晴らしい作品である。
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③クリムト『ユディト Ⅰ』
2019年に行われたクリムト展にも来日した作品のため、見たことがある人も多い作品ではないだろうか。クリムトの黄金様式を示す代表作であることは間違いない。ホロフェルネスの首を採り、恍惚な表情をするユディト、この作品の一番の特徴であろう。
これまでのユディトを描いた作品と比べ、クリムトらしいアレンジが加えられた、すばらしく美しい1枚である。
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6.セルティ
今回のサムネイルに選んだ画像は、アニメ『デュラララ!!』に登場するセルティ・ストゥルルソンと岸谷新羅というキャラクターである。
左側のセルティは、通称首無しライダーと呼ばれ、頭のヘルメットをとると首がない。彼女は、デュラハンというアイルランドに伝わる物語の伝説上の生き物である。デュラハンは、通常、腕に自信の首を持ち、死者の訪れる家へと尋ね、その死を予言するという役割を果たす。
セルティは他のデュラハンと違い、首をどこかで失い、ひょんなことから首を探すために日本に渡った。そして、東京の池袋で岸谷新羅という医者の男性と共に同棲をしており、相思相愛な状況であった。
しかし、アニメ最終回では、セルティが首を取り戻し、本来の職務を全うするために故郷へ帰ろうとする。そこで、セルティとこれからも一緒に暮らしたいという気持ちの強かった新羅が、「罪歌」という妖刀の力を用いて、彼女の首を斬り落とした。セルティはそこで、新羅の愛の強さを確信し、彼と暮らす選択をする。
新羅とユディトの首を斬り落とすシーンは、事情は全く違うものの、同じような覚悟や強さを感じられる。
ちなみに、今回の題名「首を落とす」はセルティが首を落として失くしてしまったことと、2人が首を斬った意味での落とすのダブルネーミングである。
7.最後に
以上で、『素人と読む旧約聖書』のシリーズは終了する。ここまで読んでくれた読者の皆さんには、感謝しきれてもしきれないだろう。今後も気分で『素人と読む新約聖書』シリーズの寄稿を考えているので、楽しみにしていただけたら嬉しいと思う。
改めてここまで、読んでいただいた方には最大限の感謝を送る。