LGBTを軸に社会問題を描く、青春ロマコメ「Love,ヴィクター」
※ストーリーの本筋に関わる大きなネタバレはありません。
Love,ヴィクター
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配信元:Disney+
配信日:(S1)2020年7月17日 / 全10話
(S2)2021年7月11日 / 全10話
(S3)2022年7月15日 / 全8話 完結
出演:マイケル・チミーノ、レイチェル・ヒルソン、ジョージ・シアー他
あらすじ:新生活に期待を寄せ、クリークウッド高校へと転校したヴィクター。自身の恋愛指向に悩んでいたヴィクターだったが、校内で伝説となっている先輩・サイモンとのやり取りや、新たな同級生たちとの出会いをきっかけに、自分の心を探っていく。
映画「Love,サイモン 17歳の告白」のスピンオフ
「Love,ヴィクター」は、同じくDisney+で配信されている「Love,サイモン 17歳の告白」の1年後を描いたスピンオフ作品だ。
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もちろん「Love,ヴィクター」からでも問題なく話は理解出来るが、前作の主人公・サイモンも登場するため、是非前作から楽しんでもらいたい。
「Love,ヴィクター」はドラマとして製作され、全3シーズンが配信されているが、「Love,サイモン」は2時間弱の映画として配信されている。
舞台はどちらもアトランタにあるクリークウッド高校。
恋愛的指向、性的指向に悩む高校生を、時に真面目に、時にコメディも交えて、真っ向から描いた作品だ。
オープンリーゲイとして生きる理想と現実
この作品の面白さは、LGBTQの当事者として、その家族や友人や知人として生きていく、理想と現実の描き方にあると思う。
今やLGBTQに属する人たちの存在を知らない人はいないであろう世の中で、差別をしてはならないという認識が当たり前になっている。
しかし、WHOの精神疾患リストから”同性愛”が消えたのはたった30年前。
理解ができない人、受け入れられない人、知るのが面倒な人、口には出さないけれど気持ち悪いと思っている人、実際に面と向かって差別をしてしまう人、理解あるつもりで傷つけてしまう人、様々いるのが現状だ。
あなたの周りでLGBTQ当事者であると公表している人は何人いるだろうか。
おそらく、思い浮かんだ人数の何倍もの当事者が、あなたの周りには存在する。
もし自分が当事者だったら、家族や友人に打ち明けたい、打ち明けられると思うのだろうか。
この作品の主人公であるヴィクターも、前作のサイモンも、オープンリーゲイとして生きる憧れや開放感と、家族や友人との関係、周りの目線という現実に向き合うこととなる。
ヴィクターが引っ越し前に住んでいたテキサスでは、「男は男らしく」という差別の意識が強く、自分の恋愛指向に悩みながら肩身の狭い思いをしていた。
環境が変わることで、心機一転、自分らしく生きていくことを夢見て新生活に期待を寄せている。
しかし、まだ自分を定義するには材料が少なく、シーズン1では、ヴィクターの恋愛指向を探る様子が描かれていた。
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さて、過去更新のnoteでは、私はカミングアウトは必ずしも必要なものではないと思う、と書いている。
近しい人にはカミングアウトしたい、オープンに生きたい、自分という人間を知って欲しい、同じ境遇の人たちに勇気を与えたい、などの理由からカミングアウトがしたい人もいるだろう。
でも、家族や友人との関係を壊したくない、ヘイトを向けられたくない、社会的立場が危うくなる可能性がある、プライベートを探られたくない、わざわざオープンにする必要性がわからない、とカミングアウトをしたくない、出来ない人が多数いるのも現実だと思う。
これはパートナー同士や当事者同士の友人間でも考え方が違うのは当然だし、家族、友人の考え方や社会的立場、環境、地域性、宗教、色んな要因がかけ合わさっている。
ただ、好きな人、パートナーが異性じゃないってそれだけなのに、なぜ家族や周りから「理解」を得る必要があるのか。
しかし現実問題、異性以外を好きになる感情が理解ができずに気まずくなる人も差別的に捉える人もたくさんいて、そうした苦悩もこの「Love,ヴィクター」では描かれていた。
もちろん、現実の延長線上にある理想の世界の表現も忘れない。
フィクション過ぎず、現実的苦しさばかりでもない、絶妙なバランスで保たれる世界の描き方がこの作品の魅力だ。
完璧な家族って何?
この作品には様々な家族が登場する。
端から見たら問題のなさそうな素敵な家族、と思えても、人には言いにくい問題を抱えているのかもしれない。
本当は行政などの手助けが必要なレベルなのに、申告がないから見過ごされていて、毎日ギリギリを生きているのかもしれない。
「Love,ヴィクター」はロマンスやLGBTQを描くのはもちろん、ティーンエイジャーの子どもたちと家族の関わり方もメインの要素として描いている印象だ。
子どもたちには直接関係のない、親同士のやりとりを描くシーンもかなり多かった。
親だってみんな一人の人間。
・完璧じゃないと子育てしちゃいけないの?
近年SNSなどでは、ちゃんと育てられないなら子どもを産むな、という意見を見かける。
でも、完璧な人も完璧な親も完璧な家族も、この世には存在しない。
親は常に子どもを監視するべきで、公共の場での迷惑行為や不慮の事故がすべて親の自己責任、それでいいわけがないと私は思う。
そういう世間の風潮が、どんどん子どもを産み育てにくい環境を作り上げていく。
「Love,ヴィクター」に出てくる親たちは、みんな不完全。
家族だから、理解されたいし支えたいし、だけど時には強く当たってしまうこともあるだろう。
それでも、家族内はもちろん知人や友人や恋人など、たくさんの人の力を借りながら、支え合って生きていく姿が印象的だった。
・色んな親子の形
この作品のテーマにもなっている、ゲイの息子との関係性はもちろん、他にも色々な形の親子が登場している。
ここからは少々ネタバレになるが、中でもヤングケアラーの子が印象的だった。
未成年が一人で親を支える、その状況は明らかに手助けが必要な状況なのに、お互い共依存関係になっていて、中々人を頼ることが出来ない。
きっと世間に見つかっていないだけで、同じように苦しむ世帯は日本にも世界にも数え切れないほどあるだろう。
そうした家族がこのドラマを見て、ひとつでも一人でも救われて欲しい。
そうでなくても、自分と同じように戦っている仲間がどこかにいる、こういう家族は現実にもたくさんいるんだろうなと、誰かが知るきっかけになって欲しいと思う。
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・ドラマにおける家族の描き方
話は少々変わるが、日本のBLドラマでは(BLドラマに限らずだけど)、家族の存在というのは描かれないことが多い。
日本が一番顕著ではあるけど、アジア圏の作品はこの傾向が強めな印象だ。
学生の間は親と同居している人がほとんどだろうし、家族ときっぱり縁を切っている人はごく少数派なはずなのに、一人暮らししていたり、実家暮らしでもほとんど登場しなかったりする。
おそらくメインで描くロマンスを際立たせるためや、尺や脚本の都合で描かれないのだろう。
逆に、アメリカやヨーロッパでは家族との関係性に重点を置いて描かれている作品が比較的多いと思う。
これは、そもそも該当作品がBLドラマとして作られたのではなく、あくまでドラマの一部の要素として同性愛カップルが登場するパターンが多いからではないかと推測している。
どちらが良い悪いという話ではなく、メインのロマンスに焦点をばっちり当てて楽しめる良さと、ロマンスは少なくなるけど、主人公を取り巻く環境を多角的に見て掘り下げる良さと、どちらが好みなのかという話だ。
登場人物たちの人生を立体的に、リアルに描く手段として、家族の存在はかなり大きい。
私は青春ドラマなら尚更、親子関係を描いてくれている方が嬉しいので、「Love,ヴィクター」はかなり好みの作品だった。
あなたも私も今がパーフェクト
私がこの作品の中で、一番好きな台詞がある。
「取り除きたい部分こそが君を君にしているんだ」
タップ数回で自分よりも優秀な人達をたくさん見つけられるこの時代、きっと誰もがコンプレックスを抱えている。
だからこそ、努力をし続け、より良く、より優れた人になるだけが正しいわけじゃないと気づかなければならない。
そもそも、何が「良い」かなんて、誰にもわからないのだ。
痩せてるとか太ってるとか、勉強や運動が得意とか苦手とか、内向的とか外交的とか。
その、変えたい、と思っているものを変えてしまったら、もう今の自分じゃなくなる。
もちろん、コンプレックスを解消するために努力をするのも、成し遂げるのも、素晴らしいことだ。
長く生きていれば、改善を余儀なくされる場面も数多くあるだろう。
だけど、必ずしもすべてを変える必要なんてない。
いつだって今の私や今のあなたは最高だって、このドラマを見ていると強く感じた。
子どもたちも、親たちも、色んな良い面、悪い面、たくさん持ち合わせていてたくさん失敗して、それでもみんなが伝え合う。
「君はそのままで最高なんだよ」って。
前作も切り込んだ表現が多かったものの、シーズンものとなった「Love,ヴィクター」は、それ以上に、様々な社会問題を真正面から描いていく作品だった。
誰もが生きづらさを抱える現代社会で、ありのままの自分も他人も受け入れて、みんなが自由に楽しく心穏やかに、過ごしていけるといいな。
あなたも、私も、ヴィクターも。
-Love, M.