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骨(短編小説)


強酸の雨を浴びて死んだと思っていたら、いつのまにか異世界の子供の骨になっていた。状況を理解するのに大体二年くらいかかった。意味不明すぎて。
どうやら俺は「ニホン」という国の「オオウチユウリ」という子供の骨になったようだ。目は見える、耳も聞こえるが、体は俺の意志とは関係なく勝手に動く。そしてハッキリと俺は人間ではないことが分かる。誰かの中に勝手に入っている気味の悪い感じに慣れるのは大変だったし、体はあるのに思い通りに動かない(むしろ勝手に動く)というのはだいぶ混乱した。
俺が骨になった理由は一切不明。だがこの世界では「イセカイテンセイ」とやらが流行っているらしい。俺は流行りに乗ったのか? ユウリ君が「テレビ」なるもので「アニメ」を見ていて知った。よって比較的スムーズに納得した。嘘。死ぬほど驚いたし夢じゃないかと何度も疑った。今でも疑っている。
イセカイテンセイとやらは、この世界の少年や少女が、死んで異世界(俺が元いたところみたいな世界)に生まれ変わることらしい。なら逆もあり得るだろう、うん。まさか骨になるとは思っていなかったが……。それにしてもテレビを初めて見た時はビックリした。外国のことまでリアルタイムで分かるらしい。これが我が国にあったらどれだけ良かったか!
俺の生まれた国は、厳しい山岳地帯にも関わらず川があり、海があり、湖があり、広い面積があり、その分だけそれなりに豊かな土壌もあった。だがどこの土地にも一定の数生まれるはずの魔道士は不思議なことにほとんど生まれなかった。だから、大量の魔道士を引き連れた他国からの、土地を、川を、資源を求めた侵略戦争がひっきりなしに起きていた。しかし豊かな土地があるゆえに他国より三桁ほど多い一般兵たちで必死に退けてきたのでまだ侵略されたことはない。しかし……相次ぐ戦争に死んでいく兵士たち。国も民ももうボロボロだった。
俺はそんなとっても珍しい魔道士として生まれた。親の顔は知らない。生まれた時から国を守るためだけに育てられた。十五歳の時、軍に入った。そこでは徴兵された同い年の少年がたくさんいた。唯一の魔道士というだけで俺は歓迎された。
「イコ、いざとなったら俺を守るんだぞ」
「いやいや、イコ、俺だ。俺を守れ。ほら、俺の家は養蜂家だし。戦争が終わったらハチミツ分けてやるよ。甘いの好きだろ?」
「それをいうなら俺は近衛騎士兵になる男! 王女と結婚するんだ! イコを王宮魔道士にしてやる!」
「王女とけぇっこん? お前には無理だよ! うるせぇし!」
「なんだとぉ!」
懐かしい顔。結局俺は誰も守れず、みんな死んでしまった。
『魔道士は攻撃こそ命である!』
上官の顔が目に浮かぶ。
戦場は地獄だった。
血飛沫が舞い、敵味方関係なく人間の体が吹き飛び、死神が休みなく働いている。そんな毎日だった。
命を削ってでも相手魔道士を殺せ。そうすれば味方が死なない。また戦場に立てる! 国を守れる!
上官のそんな言葉を信じて、意識を失う寸前まで戦った。攻撃した。殺した。殺して殺して……仲間はいなくなった。
ある日、俺はついに魔力切れを起こして戦場で倒れた。
「魔力が切れたのか」
目ももう見えない。体も動かせない。真っ暗な視界で誰かが話してるのだけが、幕の向こう側のように聞こえる。
「仕方ない。置いていこう」
「魔法が使えない魔道士なんて一般兵以下の役立たずだもんな」
遠くなっていく足音。
待ってくれ!
俺はまだ戦える! もう一度戦場に立つ! みんなの仇を討つんだ!
だが口は動かない。
しばらくして、ぽつんと何かが頬に当たり、すぐに火のような熱を持った。
(なんだ?)
そしてザアザアと音がしてくる。身体中に何かがひっきりなしに当たり、それがすごく痛い。
(これは……敵国魔道士の……酸の雨)
回収し切れないほどの死体を処理するための……。
こうして俺は死んだ。十八歳だった。

が、ここではそんなことは何もない。ユウリ君は魔力も戦争も関係なく、ただスクスクと平和に育った。父も母も優しくユウリ君をただただ可愛がった。ここでは子供は戦争の道具ではなかった。
変化が現れたのは、ユウリ君が七歳の時。
ユウリくんは小学校とやらに入ったけど友達がちっとも出来なかった。
思えばユウリくんは子供の時から人見知りの激しい子で、お母さん以外の人に抱っこされたら骨(つまり俺)が折れそうなほど泣いていた。それがお父さんであってもだ。あたふたするお父さんを見て、愛されているユウリくんが俺は少し羨ましかった。
ユウリくんはその頃ようやくお父さんに懐き始めた。お父さんのプレゼント攻撃やら、ひっきりなしに話しかけたり、お風呂に誘ったりした努力が実ったのだ。同時に「悠里はもうすぐお兄ちゃんになるんだよ」としょっちゅう言われるようになった。俺は喜んだ。きょうだいが出来る! 弟だろうか。妹だろうか。
生きていた頃(今も生きていると仮定して良いとは思うが)は、十五歳で徴兵されてくる後輩を苦々しく見ていた。どうせ彼らは大人にならずに死ぬ。俺の同世代の友達も大勢死んだ。俺もきっと死ぬ。そんなつまらないことだけ頭にあった。
でもこの世界では違う!
子供は徴兵されず大きくなり、戦争はない。素晴らしいことだ!
でもユウリくんはそうでもなかったようだ。小学校の「セイカツノート」にお兄ちゃんになることを書いたら、担任の先生から花丸と共にお祝いのコメントが返ってきた。ユウリくんはそれを見て顔をぐしゃりとさせていた。あとは長風呂のお父さんより早くお風呂を上がると、洗面台の大きな鏡に向かって、「お兄ちゃん……」と自分に呼びかけ、やっぱり顔をぐしゃりとさせていた。
歓迎してないわけではない。きっと戸惑っているんだな、というのが俺の感想だ。
ユウリくんは人見知りで、変化が嫌いだ。それが苦手な算数から大好きな図工の授業への変更でも。
しばらくしてお母さんのお腹が大きくなり始めた。ユウリくんはソワソワしながらそれを見ていた。俺もソワソワした。あの中では命が育っている。この素晴らしい世界に命が産まれる。
ある日、ユウリくんはお母さんのお腹を触ってみたいと思ったようで、お腹が大きくなり始めて全然近寄らなかったお母さんの元へとテクテク歩いて行った。キッチンはカレーのいい匂いがした。
「おかあさん」
「あら、悠里。ご飯もうすぐできるよー」
「あのね、お腹を触ってみたい」
お母さんはびっくりしたようにユウリくんを見つめた。それから慌ててコンロの火を消した。
「うん、分かった。じゃあ手を貸してね」
さすが。お母さんはユウリくんのことを分かっている。お母さんはユウリくんの小さな手を握ると、ゆっくりと、ユウリくんが驚かないようにお腹に当てた。
ぺたり。手がお腹に触れた。何度も洗ったエプロンのザラザラした感触が手に触れる。
ぽこん。
その時お腹が動いた。中から蹴ったのだ。ユウリくんは反射的にピャッと手を引いた。
「悠里、お母さんのお腹には悠里の妹がいるんだよ」
妹だったのか!
俺はウキウキと踊りたいくらい嬉しかった。出来ないけど。
「……」
ユウリくんは不思議そうにお母さんのお腹を見つめていた。

妹が生まれたのはそれから三ヶ月後。十二月のことだ。
二十四日だった。なにやらこちらの世界では十二月二十四日は特別な謂れがあるらしく、世間もソワソワしていたし、オオウチ家もソワソワしていた。
ユウリくんは病院への付き添いを拒否した。
ユウリくんは雨が苦手だからだ。雨の日はあまり外に出たがらない。
お母さんは約一週間後に帰ってきた。
赤ん坊を連れて。
「ユウリ、妹のマキちゃんだよ」
お父さんがデレデレと表情筋の緩み切った顔でユウリくんに赤ん坊を見せた。
赤ん坊はユウリくんみたいなお父さんに似たカラスのような真っ黒の髪ではなく、お母さんに似た茶色い髪で、茶色い目だった。
ユウリくんはじっと赤ん坊を見つめている。
その時、赤ん坊と目が合った。
瞬間、衝撃が走った。
俺はユウリくんの妹……マキちゃんを見て、俺のかつての同期のミナを思い出した。強く強く強く。言うなれば花火のように。

ミナは女の子だ。男の子は十五歳でほとんど徴兵されるが、女の子は一応されない。ミナは志願兵だった。
男子と女子は別々の宿舎で過ごすけど訓練は一緒だ。俺たちはよく話した。
話すようになったきっかけは、ある日訓練が嫌でトイレに逃げたことだ。うまく魔法が使えないと殴ってくる上官だった。みんなの前で見せしめのように殴ってくるので嫌だった。
トイレの個室で体育座りしてただ時が過ぎるのを待っていた。
なぜ俺は魔道士なのだろう。なぜ戦争は始まり、なぜ続くのだろう。なぜ人は死ぬのだろう。なぜ俺には親が居ないのだろう。国のために生き、国のために死ねと上官は言った。俺が生きている理由は戦争のためなのか?
そんな答えの出ないことを考えていると、ドアがガタンガタンと揺れ出した。
見つかったか?
俺はビビりながらぎゅうと目をつむった。きっとひどく殴られる。俺の心臓はバクバクと音を立ていた。握りしめた拳が痛かった。
「みーっつけた!」
そんな心情とは場違いな明るい声が聞こえて、目を開ける。
ミナがトイレのドアをよじ登って、まるで神様のように俺を見下ろしていた。
「サボりだ!」
ミナが俺を指差して笑う。ケタケタと軽やかな笑い声に合わせてドアがガタガタと揺れる。
……女神様みたいだ。俺は真面目にそう思った。
そばかすの目立つ神様は、俺の憂鬱な気持ちなんか吹き飛ばした。
その瞬間、俺は物心ついた時から叩き込まれていた「戦争」の言葉を初めて忘れた。
ただミナをじっと見た。
兵士なのに、戦争中なのに、そんなことを知らない小さな子供よりも無邪気を笑うミナを俺はじっと見た。目を焼き付けておかないとと思った。
時間としてはきっと三秒もない。しかし俺はミナのまっさらでそれ故に衝撃的な笑顔をしっかりと目に焼き付けて、それは生涯消えなかった。

この女の子を守ろう。俺はその時心に決めた。この子を守ろう。魔道士として、この子のこの笑顔を守り、この子の生きるこの国を守ろう。そのために出来ることをやろう。
俺の心の鬱々とした気持ちは晴れ、固い決意が生まれた。
俺は涙が出そうになるのをグッと堪える。奥歯を噛む。どうあがいても戦争は続いている。それを思い出して悔しくなったのだ。
「サボってない! 腹が痛かったんだよ! てか男子トイレに入ってくんなよ」
「ここ女子トイレだよー? イコったら間違えてるよ」
「えっ!?」
「うそうそ! 男子トイレだよ! いないから先生に探してこいって言われたのー」
ミナは上官のことを先生と呼んでいた。先生にしては暴力的だが。
「えー……。殴られるかな」
「マジでお腹痛かったことにしちゃお! うめいてたって言うし!」
「ありがとう……」
「え、でも顔、本当に青いよ? 大丈夫?」
「大丈夫だよ」
ミナはピョンっとドアから降りて、「一緒に行ーこぉ!」とドアを叩いた。
俺はガチャリとドアの鍵を開けた。ドアを押し開けると窓から柔らかい朝日が目を刺した。ミナの色素の薄い茶色い髪がキラキラと光っていた。まるで透き通った水面に反射している光のようで、戦争なんて関係ない貴族の豪奢なドレスの刺繍のようで、なんだかハッと背筋が伸びる美しさだった。
「ちょっと気持ち猫背で行ったらいいじゃん? お腹痛そうに」
「そうするよ」
俺が背中を丸めて「いてて……」と言うとミナは「ぽい!」と笑った。
結局俺は殴られることはなかった。ミナの証言と演技指導のおかげだ。訓練を休むか聞かれたけど俺は出た。強くなりたかったからだ。その時強くなりたいと初めて思い、強くなる目的を持ったのだ。

でも、ミナも死んだ。十七歳だった。

マキちゃんはすくすくと大きくなった。
お腹の大きなお母さんにはあれだけ近寄らなかったくせに、ユウリくんはいざお兄ちゃんになったらマキちゃんをめちゃくちゃに可愛がった。
マキちゃんが欲しがったらお母さんの目を盗んでお菓子を与え、髪を櫛でといて可愛いゴムで結んでやり、積極的にテレビのチャンネル権を渡し、公園に連れて行きブランコを押した。両親が目を見張るくらいユウリくんはマキちゃんのために変わった。マキちゃんの見本となるために学校にきちんと行くしお風呂も入るし雨の日だろうと幼稚園に迎えに行った。
マキちゃんはそんなユウリくんにめちゃくちゃ懐いた。
ユウリくんがマキちゃんマキちゃんとずっと話しかけているので、マキちゃんが初めて発した言葉は『マキちゃん』だった。次が『お兄ちゃん』。お父さんが悔しがっていた。
マキちゃんはユウリくんに可愛いうさぎのゴムを渡して髪を結んでもらうのが好きだったし、ユウリくんと夕方のアニメを見るのが好きだったし、公園は一緒に行くものだと信じて疑ってなかった。
そしてマキちゃんもユウリくんも大きくなった。
ユウリくんは学校で徐々に友達も出来た。そして中学校に上がることになり、制服の採寸に行ったり、学校見学にいったり忙しそうだった。
俺はずっと考えていた。
俺はユウリくんの骨だが、マキちゃんの骨にはミナの魂がいるのだろうか。
なんとかして話したいと思った。骨は何もすることがない。話せず、動けず、そこにいるだけ。正直つまらない時もある。
なぜ俺は骨になったのだろう。
そもそもミナも骨になっているのだろうか。
俺とユウリくんは全く似てないのにマキちゃんはミナにそっくりだ。ってことはマキちゃんにミナはいないのだろうか。ミナの魂が輪廻転生(俺の世界にもこの価値観はあった)してこちらの世界に来て、偶然俺と再会したのだろうか。ミナのほうが先に死んだのに?
一体そんな偶然があるのだろうか?
「おにいちゃんー!」
制服を着て、お母さんに家の表札の前で写真を撮ってもらっていたユウリくんにマキちゃんが突撃した。マキちゃんは五歳だ。もう結構なめらかに喋る。
「おにいちゃん、ちゅーがくせいになるの!?」
「そうだよ」
「まきねぇ、おにいちゃんのらんどせるほしいっ!」
「ん?」
「あら、真紀ちゃん、お兄ちゃんのランドセルは青だよ? 青でもいいの?」
「あおでもいい! おにいちゃんのがいい!」
マキちゃんはユウリくんにぎゅーっと抱き付いてそう言った。お母さんはあらあらー、と言いながら写真をパシャパシャ撮った。
「やっぱり真紀といた方が悠里は笑うわね」
「ねーいいでしょー!」
「うん。いいよ」
「やったー!」
マキちゃんはユウリくんの周りをぴょんぴょこ跳ねながら喜んだ。
そしてユウリくんは中学校に入学し、マキちゃんも小学校に入学した。
そして、ユウリくんが十六歳になった頃、事件が起こった。

「あたしもう学校行かない!」
小学校三年生のマキちゃんが急にそんなことを言い出したのだ。
「あら、どうかしたの? お友達に意地悪された?」
夕飯の席だったのでお母さんがロールキャベツを食べながらそう聞いた。
ユウリくんはびっくりして口に入れたばかりのお米を噛まずに丸呑みした。体に悪いからやめたほうがいいぞ。
「べっつにー! そんなんじゃないけど!」
マキちゃんはそう言って、ロールキャベツをもぐもぐと頬張った。
お母さんの隣はユウリくんの席なので(お父さんがマキちゃんの隣を譲らなかった。その時は不在だった)お母さんがテーブルの下でユウリくんの服を引っ張った。ユウリくんがチラリとお母さんを見ると、お母さんがアイコンタクトを送ってくる。ユウリくんはマキちゃんに気付かれないように頷いた。

「真紀」
夕飯の後、ユウリくんはマキちゃんの部屋に向かった。
去年からマキちゃんはノックをしないとうるさく怒るようになったので、ちゃんとノックする。
「はーい」
マキちゃんの生返事のあと、ユウリくんはドアを開けた。
「あ、お兄ちゃん!」
マキちゃんがユウリくんの顔を見て、にぱ! と笑った。ベットに座ってティッシュ箱くらいの厚さの漫画雑誌を読んでいたようだが、横に置く。
「どうしたの? 遊ぶ?」
「うん。遊ぼう」
「やった! お兄ちゃんと遊ぶの久しぶり! じゃあゲームしよ! ボスが倒せなくてさあー」
「僕は下手だぞ」
「知ってる!」
マキちゃんは昨日下の前歯が抜けたばかりだ。ちょっと間の抜けた笑顔が可愛い。
「なあ、真紀。なんで学校に行かないんだ?」
ユウリくんの問いに、マキちゃんはほっぺたを膨らませ唇を尖らせて「だって!」と大きな声を出した。昔はユウリくんは大きな声が苦手でびっくりして固まっていたが、マキちゃんのおかげで克服していた。なにしろ赤ん坊は急に泣き出すので。
「カズくんが!」
「カズくん?」
「頭も悪いし顔も悪いクラスメイト! 真紀のランドセル、青は変だって言うんだよ!」
マキちゃんはすごく不満げだったが「まあ先生に怒られてたけど!」とあくどい笑みを浮かべた。
ユウリくんはこっそり肩の力を抜いた。俺も抜いた(気持ちが大事なのだ)。どうやら揶揄われて腹が立っただけのようだ。
「まあ真紀」
「なあに?」ゲーム機を持ったマキちゃんが振り返らず返事をする。
「絶対行きたくない?」
「……絶対ってわけじゃないもん。でもモヤモヤするんだもん。お兄ちゃんの色なのに……」
「分かった」
何を分かったんだユウリくん。
ハラハラする俺を尻目に(そもそも俺の存在は知らないが)ユウリくんはマキちゃんからコントローラーを受け取って、こう言った。
「明日、いつもの朝のテレビのお天気コーナーが終わったら真紀はトイレに行くんだ。僕が登校する直前に、トイレにいる真紀に話しかけるから、答えず、うーうー、ってうめいておくんだ。僕が行ってしばらく経ったら出て来ていいよ。ちょっとだけ猫背でね。それを見たらお母さんは、一日だけ学校を休んで良いと言うはずだよ」
俺は凍りついた。
それは、そっくりそのまま俺がミナに言われた言葉だ。俺の、柱となった救い。
「いいね! お兄ちゃん天才っ!」
「でも明後日からちゃんと行くんだよ」
「うん分かった!」
俺が凍りついている間、二人は楽しくゲームをしていた。ユウリくんはボスにボコボコにされていた。
しかし次の日に計画は実行されなかった。
マキちゃんが夜中に発熱して病院に行ったからだ。

お父さんもお母さんも、もちろんユウリくんも医者の話を真剣に聞いていた。
マキちゃんは実は病気で、危険な状態であることを聞かされた。
俺は、そこで何故、俺が骨として生まれたか、ようやく分かった。

俺はミナを救いたかった。ミナだけは死なせたくなかった。しかし、ミナは俺の目の前で死んだ。俺を庇って。
俺のためなのか、国のためなのか分からない。
目の前でミナの体が敵の魔道士によって真っ二つにされたのを見て、俺の心はただ絶望に染まった。そして、全ての存在を呪った。誰も彼も許せなかった。自分ですら。
俺はミナだけは絶対に死んで欲しくなかったんだ。
友達が次々に死んでいくなか、悲しみは見て見ぬふりするしかなくて、でもあの子にだけは生きてて欲しかったんだ。

なんの因果か、俺はその願いを叶えられることになった。
ミナとそっくりな姿をしたマキちゃんを救うには、俺……つまり骨から作られる骨髄液の移植が必要らしい。もちろんユウリくんは適合した。
骨髄液の摂取は全身麻酔らしい。
今までユウリくんが眠ったら俺の意識も眠っていたので、もうすぐ俺は眠りにつく。
医者は断言はしなかったが、俺には分かる。絶対マキちゃんは助かる。
なぜなら、俺の、『ミナを守りたい』という願いは叶わなかったからだ。俺はミナと一緒に生きていたかった。でもミナが死んで、自分も死ぬ時に思ったんだ。ミナに生きていて欲しかったなって。自分の皮膚や骨が溶ける音を聞きながら、ミナを助けたかったなって思ったんだ。
だから俺は生まれ変わった。今度こそミナを助けるために。
俺の願いはきっと叶う。
だから俺がここに……ユウリくんの体にいる必要性はなくなる。
だから俺の意識はユウリくんの体から消え去るかも知れない。どうかこれからもマキちゃんと仲良くして欲しい。
願わくば、次の人生もミナと会いたい。いっそどんな世界でもいい。また会いたい。
ああ、眠くなってきた……。
きっと俺は消えるだろう。
さようなら、素晴らしい世界。
俺は眠った。
今度は、痛みもない穏やかな眠りだった。

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