秘密の大部屋
私が異動したばかりの精神科病棟での話です。
9:00~16:00までが外出OKという開放病棟でした。
16:00になると、夜に家の鍵をかけるのと同じように、
病棟の入り口が施錠されます。
ここまでは他の病院と同かと思います。
ただ、ちょっと違うのは…
ある大部屋だけ、
なぜか内側から開けられる大きな窓があったんです。
今考えると不思議な設計ですが、
当時は古い建物を、そのまま利用して増築されていたので、
その部屋もそのまま使われていたんですよね。
この大部屋、
夜になると、ちょっとした出来事が起こるんです…。
夜間なので、定期的に看護師が巡回しますよね?
でも、その出来事は、
看護師が来ない時間を見計らって起こるんです…。
しかし、たま~に、
いつもの巡回時間以外に病室を訪れることもあります。
そうなると、いない患者さんが・・・。
ベテラン看護師は
「あれ?〇〇さんは?」と尋ねます。
同室の患者さんたちは、
「コーラを買いに行ったんじゃないかな~」
と、ふつうに答えるんですよね~。
しかも、その看護師も
「そっか」と言って、
たいしたことじゃないみたいに了承。
「え!いいの?」
私はビックリですよ。
患者さんがいないんだから!
でも、
これが普通のことだったんです…。
そうです。
わかりましたか?
夜の出来事とは、
患者さんがこっそり、
外の自販機にコーラを買いに行っている、
ということです。
日中に買っておけばいい話だと
思いましたよね?
しかし、
当時は今のように
一人一人に冷蔵庫がありませんでした。
冷たいコーラを飲みたいな~と思ったら、
普通に外に買いに行くんです。夜に。
そしてちゃんと戻ってくる。
たかがコーラと思うでしょうが、
されどコーラ。
当時の患者さんたちには、絶大な人気商品でした。
自販機は大部屋のすぐそば。
ベテラン職員達も、
ここなら大丈夫だなという認識でした。
しかも、買いに行く患者さんも
だいたい決まっていて、
患者さん達全員が
知っているわけではないんです…。
それなりに秘密にしているんです。
看護師は患者の不在を確認して立ち去りますが、
その後、必ず戻ってきたかを確認しています。
いつもの光景とはいえ、
やはり命を預かる病院なので…。
ただ、この無断外出が成り立つのは、
患者さんとの信頼関係があってこそだな~
と思ったことと
患者さん達には、
ここが、安住の地なんじゃないか、
と感じました。
ちなみに、
この窓が使われるようになってから、
不思議と問題は起きていないそうです。
そして、病棟職員が昇進していくので、
この「秘密の部屋」は
病院内で暗黙の了解として受け継がれています…。