2020/02/28 さようならヒロシのラジオ/GOODBYE OUR FLAG RADIO
京都のラジオ局α-stationの番組に「FLAG RADIO」がある。日替りで京都にゆかりのあるミュージシャンがDJを務める。
我らが高野寛さんは、京都精華大学ポピュラー学部の教員になったことが縁で、2015年から5年間、偶数月の金曜日に登場した。今日が最終回だった。
学生の頃のように毎度欠かさずというわけにはいかなかったけれど、自分もかつて暮らした京都の街に高野さんが親しみを持ってくれるのは嬉しい気持ちもあって番組を聞いていた。
最後のリクエスト、何がいいかと考えてみたけれど、結局は自分の好きな曲を選んだ。ライブ終演後のサイン会ではいまだに緊張して、伝えたいことの半分も言えないから、リクエストにメッセージを添えた。番組内で紹介されることはなかったけれど、高野さんが読んでいてくれたら嬉しい。そのメッセージの文面は、次の通り。
高野さん、こんばんは。長く続いたFLAG RADIOが最終回とのことで、寂しくはありますが、いい番組を長く楽しめてよかったなという満足感が強いです。ありがとうございます。長い間お疲れさまでした。
高野さんはミュージシャンなので自身の素敵な曲もたくさんありますが、それと同じくらいによいリスナーでもあって、ラジオを通して今まで本当にたくさんの素敵な音楽と出会わせてくれました。高野さんを追いかけていれば、2倍いい音楽に出会えます。いつもありがとう。大好きです。
高野さんの音楽の中でも、わたしは過ぎてゆくものに向けられた眼差しを歌ったものが好きです。失われてゆくもの、これから出会うもの、そういうものに思いを馳せるときのちょっと切ない感じ。それが一番よく表れている「海抜333mからのスケッチ」をリクエストします。このずっと大好きな曲を、ctiy folkloreとして高野さん自身が出会い直してくれたことも嬉しいです。
これからもまたライブで素敵な音楽に出会わせてください。
高校生のとき、レコード屋、音楽雑誌と並んで、ラジオは新しい音楽と出会うきっかけとして大事な位置を占めていた。(テレビは流行のものばかりがかかるので別物だ。)今のようにインターネットが気軽に使える環境ではなかったから、まず聞けるメディアの影響力は大きい。
大学生の頃、高野さんは「FAR EAST SATELLITE」というラジオ番組を持っていた。当時のわたしにとっては、その番組がライブの他に高野さんの声に触れられる貴重な機会で、豊かな音楽への入口だった。熱心にリクエストを送り、手紙が読まれては喜んでいた。
今は様々な発信手段が増えて、音楽との出会いかたも随分と変わった。簡単に情報を得られるようになったからか、昔ほど熱心に毎回エアチェックできていたわけでもない。それでも、最後の放送を聴きながら、ライブ以外で定期的に大好きなミュージシャンの肉声に触れられる機会は貴重だったのだと改めて思った。またどこかでこんな出会いがあるといい。